高齢化が進むにつれ、今後も増えると予想される認知症患者。現在のところ、認知症には根治治療がないため、進行を遅らせたり、症状をできるだけ軽くしたりする治療法が中心となります。そのため、普段から認知症予防を意識した生活を送ることが大切です。予防を意識した生活を送ることで、万が一認知症になった場合でも、症状の進行をゆるやかにすることも期待できます。
今回は、認知症の予防に役立つポイントについて、いくつかご紹介させていただきますので、今後の健康づくりにぜひ役立ててみてください。
認知症予防の必要性
「認知症」とは、一度、正常に達した認知機能が、後天的な脳の障害により、持続的に低下していき、社会生活を送るのに支障が生じる状態のことを指します。病名ではありません。「認知症=物忘れ」というイメージを持っている方も多いかもしれませんが、物忘れのような症状はあくまで認知症の代表的な症状の一つであり、認知症になると、日常生活や社会生活に支障をきたす、さまざまな症状が現れます。
〔中核症状〕
脳の障害による脳の機能低下により、直接的に表れる症状を中核症状といいます。中核症状には、記憶をなくしたり物事が覚えられなくなったりする「記憶障害」や、今いる場所や日時、身近な人物が分からなくなる「見当識障害」、物事を総合的に判断できなくなる「高次脳機能障害」、コミュニケーションをとるのが困難となる「実行機能障害」などがあります。
〔周辺症状(行動・心理症状(BPSD))〕
周辺症状は、「妄想」や「徘徊」、「暴言・暴力」、「錯覚・幻覚」といった、中核症状などによって起こる二次的な症状のことを指します。
周辺症状一例
◆妄想
「記憶障害」により、物をどこに置いたか、あるいは、物を置いたこと自体記憶に残っておらず、誰かに盗まれたと勘違いしてしまう「もの盗られ妄想」など。
◆徘徊
「見当識障害」により、自分の家が分からなくなり、徘徊に繋がるなど。
◆暴言・暴力
「実行機能障害」により、会話が困難となることで、ストレスが溜まり、暴力的になるなど。
医学や治療方法は日々進歩しており、認知症も薬の開発は進められてはいるものの、冒頭でもお伝えしたように、現代の医学では根治治療は難しい状況です。特に周辺症状は、以前は「問題行動」と呼ばれていたこともあるように、認知症の介護が極めて困難となる原因になります。介護する家族にとっては、身体的な負担や時間的な負担だけでなく、精神的な負担も大きくかかるでしょう。
さらに、認知症は進行性の障害であるため、時間が経過するにつれて症状が増えてきたり、重くなってきたりします。
将来、介護を受けないようにする、あるいは家族の介護の負担を少しでも減らすためにも、日頃から認知症予防を意識した生活が重要となってきます。
認知症の種類
認知症を予防するためにも、まずは認知症について理解することが大切です。
まずは、認知症の種類や病型別の原因などについてご説明させていただきます。
認知症の原因として大半を占めているのは、主に、「アルツハイマー型認知症」、「レビー小体型認知症」、「脳血管性認知症」、「前頭側頭型認知症」の4つになります。
〔アルツハイマー型認知症〕
「βアミロイド」などの異常なタンパク質が、数年かけて脳に蓄積されていくことで、脳の神経細胞が徐々に破壊されていき、認知機能が低下していくとされる認知症です。現在、認知症患者の原因疾患として、アルツハイマー型認知症が最も多いと言われています。記憶をつかさどる「海馬」を中心に委縮していくことから、物忘れといった記憶障害が目立ちますが、その他にも、見当識障害や実行機能障害などもみられます。およそ5~20年かけて徐々に進行していくのが特徴です。
〔レビー小体型認知症〕
脳内に、「レビー小体」といわれる異常なタンパク質が蓄積し、大脳皮質や脳幹の神経細胞が破壊されることで認知機能が低下する認知症です。主な症状としては、妄想・幻視、手が震える・歩行困難といった身体的な障害などがあります。多彩な症状で、パーキンソン病と似た症状が現れるのが大きな特徴です。症状の現れ方や進行具合は個人差があり、アルツハイマー型認知症やパーキンソン病などに間違われるケースもあります。
〔脳血管性認知症〕
脳卒中(脳梗塞、脳出血、くも膜下出血など)で、脳の血管が詰まったり破れたりすることにより、脳細胞が死滅し、障害を受けた部分の機能が低下する認知症です。脳血管障害がどこで発生するかによって、現れる認知症の症状も異なります。徐々に進行していくのではなく、疾患の再発を繰り返すことで、段階的に症状が重くなっていきます。
〔前頭側頭型認知症〕
前頭葉や側頭葉に異常なタンパク質がたまり、委縮することによって引き起こされる認知症です。40~60歳くらいの初老期に発症し、徐々に進行していくケースが多い傾向にあります。前頭葉や側頭葉は、人格や理性、言語などをつかさどる部分であるため、障害を受けることで、性格の変化や意欲障害、反社会的な行動、喜怒哀楽の感情が乏しくなるなどの症状が目立つようになります。本人には全く病識がなく、周囲も認知症と気づかない場合も多いようです。
「アルツハイマー型認知症」、「レビー小体型認知症」、「前頭側頭型認知症」は、いずれも、「βアミロイド」や「レビー小体」といった異常タンパク質の蓄積によって引き起こされる認知症とされていますが、これらの異常タンパク質が脳内に蓄積されてしまう原因は、まだはっきりと解明されていません。現在の医学は、抗認知症薬による中核症状の進行抑制や、抗精神病薬、気分安定薬、睡眠薬などによる周辺症状の軽減、リハビリテーションなどの非薬物療法が中心となっています。
認知症予防のポイント
認知症を予防するためには、「食事」、「運動」、「睡眠」、「コミュニケーション」の観点から対策をしていくことがポイントとなってきます。
食事
認知症は、メタボリックシンドロームや糖尿病といった生活習慣病との関連が強いと言われています。これは、高血圧や高血糖状態が、脳梗塞や脳出血を引き起こしやすくなる原因となるため、結果的に脳血管性認知症を発症するリスクが高くなるためです。
厚生労働省では、島根県に住む高齢者を対象に、2004年の夏から1年間、食事の追跡調査を行いました。その結果、認知症が改善されたグループは、認知症が悪化したグループより、魚介類や緑黄色野菜の1日の摂取量が多いということが判明しています。
さらに、国立研究開発法人 国立長寿医療研究センターの、愛知県内の地域住民(60~81歳)を対象とした2016年の調査結果では、食品摂取多様性の高い人(バランスの良い食事を心がけている人)ほど、脳の認知機能が低下するリスクが低いことが示されています。
認知症を予防するためには、認知症予防に良いとされる栄養素を多く含んだ食品を積極的に摂取したり、バランスの良い食生活を心がけたりすることが大切です。
【魚を積極的に摂取する】
青身魚(アジ、イワシ、サンマ等)などに豊富に含まれるドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)といった多価不飽和脂肪酸には、脳の炎症を抑えたり、血液の流れを良くしたりする作用があります。そのため、脳内で慢性的な炎症を起こしているとされるアルツハイマー型認知症や、脳血管障害により引き起こされる脳血管性認知症のリスクを抑える効果が期待できます。
おすすめレシピ→アジのたたき、イワシのかば焼き、サンマの梅煮 など
【抗酸化作用のある食品】
野菜や果物などに含まれるポリフェノールや、緑茶中の主な成分であるカテキンなどは、体内の活性酸素による害を抑える作用があるため、間接的ではありますが、認知症の原因とされている異常タンパク質の蓄積を抑制する効果があるとされています。また、抗酸化物質を多く含む食品を意識して取り入れることは、脳の老化を防ぐだけでなく、生活習慣病やがんの予防にも繋がります。
おすすめレシピ→ほうれん草のナムル、蒸し鶏のアーモンド揚げ、かぼちゃの煮物 など
【塩分の摂りすぎに注意】
適度な塩分摂取は必要ですが、過度な量は高血圧の原因となります。血液中のナトリウム(塩分)の濃度が高くなると動脈硬化が進むため、脳出血や脳梗塞を引き起こす原因となります。また、減塩を心がけるとともに、塩分の排出を促す作用のある「カリウム」を多く含んだ食品(海藻類、果物等)を摂取するのもおすすめです。
おすすめレシピ→小松菜の昆布漬け、アボカドとトマトのサラダ など
食事の際は、よく噛んで食べることを心がけるようにしましょう。消化に良いだけでなく、脳が刺激され、脳の神経細胞の活動を高めることに繋がります。
また、偏食や、ビタミン・ミネラル不足、お菓子の食べ過ぎなどは認知症のリスクを高める原因となるため、注意するようにしましょう。
運動
適度な運動は、認知症のリスクを高めるとされる生活習慣病の予防に繋がります。特に有酸素運動には、インスリンの働きを良くして血糖値を下げる作用や、血行促進、脳細胞の活性化、筋肉を動かすことによる脳の前頭葉活性化といった効果も期待できます。
有酸素運動とは、ウォーキングやジョギング、ヨガ、サイクリング、水泳といった、長時間無理なく続けられる運動のことを指します。
有酸素運動を効果的に行うためには、「中等度の有酸素運動を少なくとも週5日、または、高強度の有酸素運動を少なくとも週3日、あるいは、中等度と高強度の有酸素運動を組み合わせた週3~5日の運動が推奨される」とされています。
また、国立長寿医療研究センターが開発した、しりとりや計算などの認知課題と運動を組み合わせた「コグニサイズ」という、認知予防を目的とした体操法もおすすめです。
特定の運動だけを行うのではなく、他のトレーニングと組み合わせた方が、より、認知症予防に効果的とされています。
睡眠
睡眠不足は、認知症発症の原因とされている有害なタンパク質が、脳内に溜まるのを促してしまうという研究結果も報告されています。そのため、質の良い睡眠を十分にとることが、認知症予防にも繋がるとされています。夜眠くなる際に分泌される「メラトニン」というホルモンは、アルツハイマー型認知症の原因となる「アミロイドβ」が、脳内に溜まるのを防ぐ効果があるとされています。メラトニンの分泌を促すためにも、寝る前の2時間程度はスマートフォンの使用やテレビの視聴を控えたり、好きな香りのアロマをたいたりして、リラックスする時間を作るように心がけるようにしましょう。また、日中に短時間の昼寝をするのもおすすめです。
コミュニケーション
特に一人暮らしの高齢者の方は、他人とコミュニケーションをとる機会が少ないという方も多いかもしれませんが、家に引きこもりがちで孤独を感じてしまうことは、認知症の進行を早めてしまうともいわれています。言葉を発するだけでも脳は刺激されますから、まずは、ご近所の方との挨拶から始めてみるのも良いかもしれません。また、同じ趣味を持つ仲間同士で集まって交流したり、地域のイベントに積極的に参加してみるなど、社会的な交流を通じ、積極的にコミュニケーションを図ったり、社会の中で役割を持ったりすることは、認知症予防にも良いとされています。
軽度認知障害(MCI)とは
高齢化が進んでいる日本ですが、現在は、65歳以上の高齢者の4人に1人は軽度認知障害(MCI)、または認知
症であると言われています。
「軽度認知障害(MCI)」とは、認知症ではないが、認知機能が正常ともいえない、いわゆる「認知症の一歩手前」と言われる状態を指します。軽度認知障害(MCI)は、本人または家族から軽度の記憶障害や見当識障害が認められているものの、自立した日常生活を送ることができるのが特徴です。しかし、認知機能の低下が起きていることから、今の状態を放置しておくと、症状が進行して認知症へ移行してしまう可能性が高い状態ともいえます。
軽度認知障害(MCI)は、本人やその家族が見過ごしてしまうケースも多くありますが、早期に発見し対策を行うことで、症状を軽減したり、認知症への移行を遅らせたりする可能性もあります。以下の項目から少しでも思い当たる節があれば、できるだけ早めに専門の病院などで検査を受けるようにしましょう。
・何度も同じ会話をする、あるいは何度も同じことを質問してくる
・今までできていた家事や炊事がスムーズにできなくなる
・外出時に髪形や服装に気を使わなくなった
・身近な人の名前を思い出せない
・物をしまった場所や置いた場所を忘れることが多い
・道に迷うようになった など
記憶力や理解力、判断力といった認知機能の低下は、単なる老化が原因の場合もありますが、認知症であるかそうでないかの判断は、CTやMRIでの画像診断等の検査が必要となるため、少しでも当てはまる項目があれば、すぐに診断を受けるようにしましょう。
物忘れが気になったら一人で悩まず相談しましょう
日頃から認知症予防を心がけた生活を送っていても、必ずしも認知症にならないというわけではありません。 自身、又は家族の物忘れが気になり始めたら、一人で悩まず、早めに専門の窓口等に相談するようにしましょう。先ほどもお伝えしたように、認知症は早期発見がとても大切なポイントになります。
各市町村には、認知症や介護のことを相談できる窓口が設置されています。医療機関の受診や介護サービスの紹介・手続きの支援等について、医療や福祉の専門職の方が対応してくれる地域包括支援センターを利用するのもおすすめです。
自分または家族が認知症であるかどうかを確認したいという場合には、認知症専門の医療機関である、「認知症疾患医療センター」や、「認知症専門医療機関」を受診するのが良いでしょう。かかりつけ医に相談してみるのも一つの方法です。
また、認知症の方や認知症の方を介護している人同士が集まり、情報交換などができる「認知症家族会」や「認知症カフェ」などもあります。参加を考えている場合は、近くの地域包括支援センターに一度問い合わせしてみることをおすすめします。
まとめ
今回は、「認知症予防」についてお話させていただきましたが、いかがでしたか。
認知症予防といっても、何か特別なことをするというわけではなく、栄養バランスの良い食事や適度な運動、質の良い睡眠を心がけるなど、日頃の生活習慣の見直しや改善が主な対策となります。これらは、認知症の予防だけでなく、他の疾患のリスクを下げることにも繋がります。いきなりすべてを変えるのは難しいかもしれませんが、生活習慣を少し変えてみるだけでも、健康づくりに役立ちます。
健康寿命を延ばして、楽しい老後を送るためにも、ぜひ、認知症予防を意識した生活を心がけましょう。