「口腔ケア」というと、口の中を清潔に保つことで、〝虫歯〟や〝歯周病〟などの予防や改善をする印象が強いのではないでしょうか。
しかし、実際のところ、それだけではありません。口腔内環境が悪化してしまうと、繁殖した細菌によって、誤嚥性肺炎などの病気を引き起こす可能性があります。また、認知症の予防や改善にも深く関わっているため、 近年は、認知症の増加にともない、重要なケアの一つとして見直されています。
そこで、今回は、口腔ケアがどのように認知症に関わっているのか、また、口腔ケアの重要性などについて、具体的にお話したいと思います。

目次

口腔ケアの目的

口腔ケアとは

「口腔ケア」は、「総合的口腔衛生状態および機能についての維持管理」を目的としており、実際の介護現場では、歯科医師および歯科衛生士といった専門的なスタッフ、あるいは歯科医師の指導のもと、看護師を中心として実施されています。

日本口腔ケア学会では、「口腔ケア」は以下のように定義されています。

口腔ケアとは、口腔の疾病予防、健康保持・増進、リハビリテーションによりQOLの向上をめざした科学であり技術です。具体的には、検診、口腔清掃、義歯の着脱と手入れ、咀嚼・摂食・嚥下のリハビリ、歯肉・頬部のマッサージ、食事の介護、口臭の除去、口腔乾燥予防などがあります。

食事を安全に美味しく食べるためには、口腔内に痛みや傷がないこと、残存歯があること、義歯の調整が正しく行われていることなど、口腔状況を良好に保つことが必要不可欠となります。口腔状況が悪化してしまうと、噛んだり飲み込んだりする動作が難しくなるため、食べることのできる食物の種類が制限され、栄養をバランス良く摂取していくことが困難となります。また、痛みが気になってしまうと、食事も楽しみづらくなります。

口で物を噛む運動(咀嚼)は、脳の機能に深く関与しており、ストレス解消や身体機能や精神状態に良い影響を与えることが知られています。

【咀嚼によりもたらされる身体への効果】

胃腸の働きを促進させる
よく噛むことで唾液に含まれる消化酵素(アミラーゼ)の分泌が盛んになり、食べ物も細かくかみ砕かれるため、胃腸での食べ物の消化吸収を促し、消化器官の負担を和らげる。

むし歯・歯周病・口臭を予防する
唾液の分泌が盛んになることで、唾液に含まれている免疫物質により口内の清掃効果が高まる。

脳を活性化させる
咀嚼により骨や筋肉が動くことで、脳血流が増加する。おいしい・まずい、熱い・冷たい、固い・軟らかいなどを感じることなどで脳神経が刺激される。

がんや老化を予防する
唾液に含まれているペルオキシターゼという酵素には、発がん性物質の発がん作用を抑制する効果や老化を促す活性酸素を抑制する働きがあるとされている。

ストレス解消
咀嚼を行うことでストレスホルモンの分泌が抑えられるため、ストレス解消の効果が期待できる。

しかし、咀嚼を行う以前に、歯が汚れている、義歯のメンテナンスが不十分である、舌に汚れが溜まっている、 口腔機能が低下しているなど、口腔環境が悪化している状態であると、食欲がなくなることに繋がったり、味覚が感じにくくなったりします。高齢者の健康長寿の目安として、日本歯科医師会が推進している、「80歳で 20本以上の自歯を残す」という運動もあり、口腔ケアは食支援の一環であると言えます。

認知症と口腔ケア

口腔環境は、高齢者の全身の健康と密接に関連していることから、「口腔ケア」は、単に口の中を清潔に保つということだけでなく、全身の健康を維持するために重要なケアの一つです。認知症の高齢者にとっても、〝咀嚼〟は脳の活性化を促すことから、症状の進行抑制や認知機能の改善に繋がるといわれています。

しかし、人は加齢に伴い、口腔内に以下のようなさまざまな問題が出てきます。

  • 唾液の分泌量が減少する
  • 歯肉や粘膜が衰えてくる
  • 口腔内が乾燥しやすくなる
  • 詰め物をしている場合が多くなる

このような加齢に伴う変化は、口腔内の自浄作用が弱まり、食べ物が歯の間に挟まりやすくなるといったトラブルが、口腔内で起きやすくなる原因となります。そうなると、口腔内で雑菌が繁殖しやすくなるため、虫歯や歯周病、口臭が発生しやすくなります。
認知症ケアの一つに、「社会的な交流や、他者とのコミュニケーションを積極的に図る」ことが、認知症の予防や進行の抑制に繋がるとして推奨されています。しかし、口腔内トラブルの中でも口臭は、他者との接触に対する意欲を低下させ、人と接する機会が減る原因となります。さらに、歯や義歯の不具合・欠損は、発音に関わってくることであるため、コミュニケーションの障害に繋がります。つまり、口腔ケアは、衛生的な面だけでなく、認知症患者の社会的活動にも大きく関わってくる部分になります。

また、口の中で繁殖した菌があたえる影響は、口腔内だけではありません。歯周病菌などは、唾液や血液で運ばれることにより、動脈硬化などの全身疾患を引き起こす原因となることから、全身の健康を脅かす可能性があります。
さらに、加齢による嚥下機能の衰えや、認知症による嚥下障害などにより、食べ物をうまく飲み込むことができず誤嚥してしまうと、口腔内で繁殖した菌が肺に入ってしまい、肺炎を引き起こす原因となります。(誤嚥性肺炎)
高齢者の死亡原因の上位に入る誤嚥性肺炎の予防にも、要介護高齢者の口腔ケアは重要視されています。

介護が必要となった高齢者に対する口腔ケアは、大きく2つに分類することができます。口腔の清掃により不潔因子を除去し、口腔の衛生を保つ「器質的口腔ケア」と、食べる力や飲む力といった口腔機能の維持・向上を図る「機能的口腔ケア」です。これら2つの口腔ケアの実施が、口腔疾患や「誤嚥性肺炎」をはじめとする感染症の予防、認知症高齢者の食事や社会的活動の支援に繋がります。
結果的に、虫歯や歯周病、口臭、口腔内細菌による感染症の予防や、口腔機能を維持することは、認知症高齢者のQOL(生活の質)を向上させることにもなります。

口腔ケアで認知症予防

これまで、認知症と口腔ケアの関連性についてお話させていただきましたが、次に、口腔ケアを行うことで、どのような認知症予防に繋がるのかなどについて、具体的にご説明したいと思います。

■自分の歯を保つことで認知症の予防に
平成22年度の厚生労働科学研究会で、入れ歯を使用しない人は、歯が20本以上ある人に比べ、認知症の発症リスクが1.9倍にもなるということが明らかとなりました。また、歯周病などの口腔疾患は、歯を失う原因となるだけでなく、脳に直接悪影響を及ぼす危険性も考えられています。
噛める歯を維持することは、認知症の予防に効果があるという研究結果が出ていることや、日本歯科医師会でも、80歳で20本以上自分の歯を残すことを推進していることから、できるだけ自分の歯が維持できるように、普段から意識して口腔ケアを行うことが大切です。
もちろん、入れ歯などで歯を補うこともできますが、自歯が20本以上残っている場合と比較すると、やはり認知症のリスクは少し高くなります。また、義歯は、調整や定期的なメンテナンスを怠ると、かえって口腔環境が悪化する原因となるため、注意が必要です。

■噛めなくなることは認知症のリスクを高める
同じく平成22年度の厚生労働科学研究会で、あまり噛むことができない人は、なんでも噛める人に比べて、認知症の発症リスクが1.5倍になるという分析結果がでています。先ほど、『口腔ケアの目的』でもお伝えしましたが、よく噛んで食べることは、味覚や嗅覚、触覚、視覚、聴覚の五感からさまざまな情報が脳に伝わることになるため、脳の神経が刺激され、脳のあらゆる部位を活性化させることになります。
歯周病などで自分の歯を失ってしまうと、食べ物をしっかり噛むということが困難になり、脳へ刺激を与える機会が少なくなってしまうため、脳が委縮し、認知症のリスクを高めることに繋がります。定期的な口腔ケアで、何でも噛むことができる口腔状態を維持していくことが大切です。

■全身疾患の予防にも関わっている
歯周病菌などの口腔細菌が、誤って気道や肺に入ることや、唾液・血液で運ばれることにより、全身疾患を引き起こす原因となることは先ほどもご説明しましたが、具体的には、以下のような疾患が挙げられます。

【誤嚥性肺炎】
誤嚥性肺炎は、具体的には、食べ物が誤って気管に入ってしまうことが原因で発症するものと、唾液を飲み込んだ際に口腔細菌が肺に入ってしまうことが原因で発症するものがあります。加齢による自浄作用の低下や嚥下機能の低下、寝たきりや神経疾患などにより口腔内の清潔が十分に保たれていないなど、発症要因はさまざまありますが、高齢者の場合は、睡眠中に唾液を誤嚥してしまうケースが多くあります。適切な口腔ケアは、誤嚥性肺炎を予防することに大きく関わっています。

【動脈硬化】
歯ぐきから出血、あるいは、口の中の粘膜を傷つけてしまった際に、そこから歯周病菌が侵入して血中に入り込むことで、動脈硬化を起こす原因となります。動脈硬化は、血管が狭くなることで血液の流れが悪くなったり(狭心症)、血管が詰まったりする(心筋梗塞)状態のことを指します。動脈硬化は、不適切な食生活や運動不足、ストレスといった日頃の生活習慣が要因とされてきましたが、それとはまた別の要因として、歯周病原因菌などの細菌感染も考えられています。

【糖尿病】
九州大学病院口腔ケア・予防科の調査によると、歯周病の有無で比較して調べた際に、中程度の歯周病がある人は、歯周病が無い人と比べて境界型(糖尿病の一歩手前の状態)になるリスクが2.1倍に、重度の歯周病がある人は、歯周病が無い人と比べて境界型になるリスクが3.1倍という結果がでています。
また、歯周病菌は、血中に入り込むことにより、血糖値を下げる「インスリン」の作用を障害してしまうため、 糖尿病を発症・進行させる原因となることが、研究で明らかにされてきています。

口腔ケアグッズ一覧

良好な口腔環境を維持するためには、定期的に、歯科医師や歯科衛生士による検診を受けることはもちろんですが、自宅での口腔ケアも非常に重要となります。ここでは、口腔ケアにおすすめのサポートアイテムをいくつかご紹介させていただきますので、ぜひ、ご自身またはご家族の口腔ケアを行う際の参考にしてみてください。

歯ブラシ
柔らかい毛がおすすめです。毛束は2~3列になっている少なめのもので、ヘッドの大きさも小さめのものを選ぶようにしましょう。細菌の繁殖を防ぐため、使用後は流水でしっかりすすぎ、よく乾燥させます。1~2ヶ月に1回の頻度で交換するようにしましょう。

入れ歯専用ブラシ
一般的に入れ歯をお手入れするために使用するものです。毛は通常の歯ブラシよりも固めになっており、ブラシ部分の面積も広くなっているのが特徴です。磨く際に力を入れやすい形状になっていることから、力が弱い方でも頑固な汚れをしっかり落とすことができるようになっています。植毛部分が2ヶ所に分かれているタイプは、広い箇所と狭い箇所で使い分けをすることが可能です。一般的な歯磨き粉は研磨剤が入っていることから、専用のものを使う必要があります。

エンドタフトブラシ
歯ブラシを当てにくい、一番奥の歯と歯肉の境目に溜まった歯垢をピンポイントで落とすのに有効です。ブラシが小さいことから、ブラッシングをする際に舌に邪魔される心配がありません。

舌ブラシ
口臭の原因にもなる、舌苔(舌の表面に付着する汚れ)の除去に使用します。ただし、舌の粘膜を傷つけないように、やり過ぎには注意が必要です。

歯間ブラシ
歯ブラシでは届かない、歯間のプラーク(歯垢)や食べかすを除去するために使用します。L字型やI字型があり、サイズも豊富にあるため、使用する場所などに合わせて使い分けるようにしましょう。対象者に合わないサイズを使用してしまうと、歯茎が傷ついてしまう場合があります。

口腔ケアスポンジ/スポンジブラシ
その名の通り、先端がスポンジになっている棒状のブラシです。ほほの内側や歯茎、上顎など、口腔内の粘膜を清掃するために使用します。スポンジは星型など特徴的な形状になっており、適度な弾力があります。使い捨てのため、毎回新しいものを使用します。

口腔ケア用ブラシ
口腔内粘膜をやさしく効率よく清掃するため、非常に柔らかい毛と大きめのヘッドが特徴の歯ブラシです。義歯や経管栄養・流動食の方などの使用に適しています。

グローブ/ディスポーザブル手袋(使い捨て手袋)
口腔ケアを行う際の必須アイテムです。衛生面での問題はもちろん、口腔内のだ液や歯茎からの出血による血液などからの感染を予防し、介助者の手指を守ると同時に、介護者の手指に付着したウイルスや細菌が歯磨きの介助を受ける方に感染しないよう予防します。

口腔ケアウエッティー
口内の汚れを拭き取るためのウエットティッシュです。通常のウエットティッシュとは異なり、ノンアルコールで保湿成分が入っているものが多く、お口の中の乾燥も予防します。拭く時は指に巻いて使用します。使用後、うがいは必要ありません。

保湿ジェル
口腔内が乾燥している、あるいは乾燥を予防するのに使用します。また、歯の表面や口腔内全体の汚れを除去する成分も含まれているため、口臭や歯周炎、歯肉炎の予防にも効果が期待できます。

認知症の方に介助歯磨きを拒否されたら

認知症の方に介助歯磨きをする際に、なかなか口をあけてくれなかったり、指や歯ブラシが咬まれそうになったりなど、認知症のご本人が拒否するため、ご家族の方(介護者)が困ってしまうというケースは少なくありません。もちろん、認知症の進行度や種類によってそれぞれ差はあるものの、口腔ケアに関する悩みの多くは、この〝介助磨きの拒否〟になります。認知症高齢者の方が介助磨きを拒否する理由としては、以下のようなことが考えられます。

‣口腔内に痛みや傷があるため、触れてほしくない、痛みがあることをうまく伝えられない、あるいは、周囲がそれに気づいていない。
‣歯肉に歯ブラシの毛先が当たるのが不快に思う。
‣介助磨き(口腔ケア)が必要だと思っていない。
‣デリケートな部分(口の中)を他人に見られるのが嫌だ。
‣何をされるのか分からないという恐怖心や不安感がある。
‣口の中に異物(歯ブラシ等)が入ってくることに強い警戒心を持っている。
‣口腔ケアに使用する道具(歯ブラシ等)を見ても、何の目的に使用する物なのか分からない。

認知症の方が介助磨きを嫌がる場合は、無理に歯磨きを行おうとせず、まずはうがいをしてもらって口の中を清潔に保てるようにします。歯ブラシには少しずつ慣れてもらうようにし、最初は、本人の機嫌が良いときなどを狙って歯ブラシを持ってもらったり、歯ブラシを噛んでもらったりして、少しずつ触れていくのが良いでしょう。
歯磨きの徹底は、口腔疾患や全身疾患のリスクを低下させることに繋がります。
最低でも1日1回は介助磨きができるよう、家族に寄り添いながらケアを行っていくようにしましょう。

まとめ

今回は、「認知症の口腔ケア」についてお話させていただきましたが、いかがでしたか。
一見、認知症と関りがなさそうに思える口腔ケアですが、認知症の予防や、認知症を発症してからのケアに深く関わっていることが、最近の研究でも明らかとなっています。
口腔環境を清潔に保つことは、認知症以外にも、さまざまな疾患のリスクを下げることに繋がります。
認知症予防としても、日頃から適切な口腔ケアを心がけ、健康な身体を維持できるようにしていきましょう。

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