認知症の症状の一つである「理解力・判断力の低下」は、考えるスピードが遅くなったり、いつもと違う出来事や些細な変化によって混乱しやすくなったりと、ものを考えることに障害が出てくるようになります。
善悪の判断がつかなくなると、万引きや交通違反を起こしてしまうケースもありますが、当人には一切悪気はないため、家族や周囲の方は、理性的に受け止めサポートしていくことが必要になってきます。
今回は、「理解力・判断力の低下によって起こる障害、そして、認知症の早期発見や対応のポイントなどについてもご紹介したいと思います。

目次

認知症による理解力・判断力の障害とは

「理解力・判断力の障害」は、脳の病変により生じる認知症の中核症状の一つになります。

認知症により理解力や判断力が低下してしまうと、以下のような障害が現れるようになります。

 ■具体例

◆あいまいな表現を理解することができない
「ちょっと待って」「ほとんどない」などの「ちょっと」や「ほとんど」という表現は、本人が混乱してしまう原因となります。
また、「暖かい恰好をしてください」、「何か甘いものをとってください」、「買い物に行きましょう」といった、あいまいな表現を理解することもできなくなります。「コートを着てください」、「チョコレートをとってください」、「今日はカレーを作るから、ニンジンとじゃがいもを買いに行きます」など、具体的な指示や表現が必要です。

◆目に見えないものを理解することができない
目に見えない部分で起きていることを理解することができないため、自動販売機や銀行のATM、駅の自動改札機、電化製品などを使うのが困難となります。

◆考えるスピードが遅くなる
理解力や判断力に障害が出ることで、考えるスピードが遅くなり、瞬時の理解・判断することが難しくなります。
時間をかければ、適切な理解や判断をし、自分なりの結論を出せる場合もあるため、周囲は急かさないようにすることが大切です。

◆2つ以上のことが同時にできなくなる
一度に処理できる情報の量が減るため、2つ以上のことが重なるとうまく処理することができなくなります。
一度に複数のことを話したり、念を押そうと長々と話したりするのは、本人が混乱する原因となります。簡潔に伝えることが大切です。

◆いつもと違うことに対応できなくなる
配偶者の入院や葬式、周囲の環境の変化など、いつもと違う出来事や予想外のことが起きると、混乱し、うまく対応することができなくなります。環境の変化にも敏感になり、入院や転居はもちろん、同じ部屋でも、家具の位置が変わっただけで本人にとっては大きなストレスとなります。

◆「良い・悪い」、「安全・危険」などの判断がつかなくなる
「悪」や「危険」の判断がつかなくなります。本人に悪気はなく、お金を払わずに店の商品を持ち帰る」、「信号を無視する」、「道路を逆走する」、「線路の中に入る」といった行為がみられることがあります。また、購入する必要のないものや、高額な商品などを勧められるままに購入してしまうのも、判断力の低下によるものです。

認知症による理解力・判断力の障害の原因

認知症の人の脳は、アルツハイマー型や脳血管性などの疾患によって脳の神経細胞の破壊が起こっています。 この脳の損傷により、「理解力・判断力の低下」などの中核症状が直接症状として現れるようになります。
健康な方でも、加齢による脳の老化により、60歳を過ぎたあたりから「理解力や判断力の低下」はみられるようになりますが、日常生活に支障をきたすほどではありません。
認知症の場合は、進行に伴い、理解する力や判断する力がなくなってくるため、日常生活や社会生活に与える影響は大きく、周囲の方のサポートが必要となってきます。

認知症の早期発見の為に家族ができること

認知症は、いかに早く対処できるかが、今後の経過を左右します。
理解力・判断力の低下により起こる出来事は、家族や周囲の方が、「認知症なのではないか」と疑うきっかけになります。
しかし、家族や周囲が気付いた時には認知症が進行しているというケースも考えられるため、日頃から、気にかけるようにしましょう。

以下のチェック表は、「公益社団法人 認知症の人と家族の会」の会員の経験から作成された、認知症の早期発見の目安になります。医学的な診断基準というわけではありませんが、日頃から、本人を観察する際に気を付けたいポイントとして抑えておくようにしましょう。

●もの忘れがひどい
□1今切ったばかりなのに、電話の相手の名前を忘れる
□2同じことを何度も言う・問う・する
□3しまい忘れ置き忘れが増え、いつも探し物をしている
□4財布・通帳・衣類などを盗まれたと人を疑う

●判断・理解力が衰える
□5料理・片付け・計算・運転などのミスが多くなった
□6新しいことが覚えられない
□7話のつじつまが合わない
□8テレビ番組の内容が理解できなくなった

●時間・場所がわからない
□9約束の日時や場所を間違えるようになった
□10慣れた道でも迷うことがある

●人柄が変わる
□11些細なことで怒りっぽくなった
□12周りへの気づかいがなくなり頑固になった
□13自分の失敗を人のせいにする
□14「このごろ様子がおかしい」と周囲から言われた

●不安感が強い
□15ひとりになると怖がったり寂しがったりする
□16外出時、持ち物を何度も確かめる
□17「頭が変になった」と本人が訴える

●意欲がなくなる
□18下着を替えず、身だしなみを構わなくなった
□19趣味や好きなテレビ番組に興味を示さなくなった
□20ふさぎ込んで何をするのも億劫がりいやがる

≪出典≫公益社団法人 認知症の人と家族の会

家族や周囲の方は、本人のもともとの性格や行動などを覚えておけば、いつもと様子が違うことに気付きやすくなります。
普段からこまめにコミュニケーションをとることも大切です。本人の表情を確認できるテレビ電話などを活用してみるのも良いでしょう。

認知症の方に接する際の対応ポイント

認知症の方は、理解力・判断力の低下以外にも、記憶障害や見当識障害などが生じているため、日々、不安でいっぱいの生活を送っています。この「不安感」や「ストレス」といったものは、認知症を悪化させてしまう原因にもなります。
認知症の症状の緩和や適切なケアには、家族や周囲の方が、認知症である本人の気持ちを理解しようとすることが大切です。

 ■認知症になってしまった方に対する対応

【怒らないようにする】

理解力・判断力の低下に伴い、必要のないものや高額なものを購入してしまったり、売り物を自宅に持って帰ってきてしまったりする行為がみられることがあります。
家族や周囲の方は、思わず怒りたくなるような場面もあると思いますが、病気だと割り切るようにしましょう。本人は、それが悪いことであると理解できていないため、たとえ注意しても、なぜ怒られているのかを理解することができません。また、認知症が悪化する原因にもなります。

【あいまいな表現をしない】

認知症の方と接する際は、あいまいな表現は避け、具体的に話すことを心がけるようにしましょう。
あいまいな表現は、認知症の方が混乱するだけでなく、ストレスがたまる原因となり、トラブルになるケースもあります。

【急かさない】

脳の機能が障害されることにより、考えるスピードは遅くなりますが、時間を掛けることにより物事を判断できる場合もあります。聞く側は、答えが出るまで、急かさずゆっくり待つようにしましょう。

【できるだけシンプルに伝える】

情報を処理する能力が低下するため、2つ以上のことが重なると、うまく処理できなくなります。
複数のことを伝えたいのであれば、一度に説明するのではなく、一つ一つを区切って、シンプルに伝えるよう心がけるようにしましょう。

【本人が外出する際は必ず付き添う】

判断力が低下することにより、万引きをしたり、信号無視などの交通違反を起こしたりすることがあります。さらに、認知症の中核症状である「見当識障害」により、慣れているはずの道や場所で迷子になり、結果的に徘徊へと繋がるケースもあります。
事故に巻き込まれるなど命の危険性もあるため、できるかぎり一人で外出させないようにすることが大切です。
ただ、介護者が1日中ずっと見張っているというわけにもいきませんので、もしもの時のことを考え、周囲の方や近隣のお店の従業員などにあらかじめ事情を説明しておくようにしましょう。

【本人ができることはなるべくやってもらう】

認知症になったからといって、急に全てのことができなくなるというわけではありません。認知症の進行を抑えるためには、残った能力をどれだけ長く保たせるかがポイントとなります。また、介護者が手を出しすぎると、本人の自尊心を傷つけてしまうことも考えられます。
介護者側は、できない部分だけをサポートするよう心がけましょう。前開きの着替えやすい服を用意する、介護食器を使用するなど、本人の自立を助ける環境を整えることも大切です。

〝最後まで自宅〟にとらわれず、〝施設介護〟も選択肢に

在宅介護は、介護者がどうしても自分一人で悩みやストレスを抱えることが多く、周囲の人や社会と接する時間も減少し、身体的負担や精神的負担が増していきます。
在宅介護と施設介護の違う点の一つに、例えば「入浴介助」があります。
在宅介護では、家の狭い風呂場で、少なくとも看ている家族の一人がつきっきりで入浴の世話をすることになりますが、施設介護であれば、広い浴槽で、複数のスタッフが担当してくれることになります。プロによる介助は受ける側にとって、安定感があり、怪我をする心配もありません。
また、施設介護は、医療従事者や介護の専門のスタッフによるケアを、自宅から足を運ぶことなく、受けることができるため、突然の体調の変化や夜間の褥瘡の処置・管理、リハビリ、服薬管理なども対応することができます。家族ではなく、他人だからこそ遠慮をしなくて済むような場面もありますし、高齢者の孤独死を避ける方法の一つとしても考えられます。
最近の施設は、共同生活や集団生活が苦手な方でも利用しやすいよう、個室化されている施設も増えてきているようです。

例えば、親の介護をする子ども側からすれば、親が住み慣れた自宅で介護を続けず、自身の事情(家事や仕事など)により施設介護の入居を検討するということは、「罪悪感」を抱かずにはいられないはずです。また、場合によっては、実際に介護をしていない親戚から施設介護を否定され、〝親不孝〟と言われてしまうこともあるかもしれません。
長寿国と言われている日本ですが、日本人の平均寿命が50歳を超えたのは1947年のことであり、かつては短命国でした。そのため、在宅介護を必要とする高齢者が少なく、寝たきりの期間が短かった時代もありました。
しかし、その後、国民の寿命は延びていき、日本はわずかな期間で「短命国」から「長寿国」へと大きく変化していきました。今では、医療技術の進歩などにより、寝たきりになっても長生きすることができるようになりましたが、それと同時に、介護期間の長期化が進んできています。
だからこそ、昔のように、〝自宅での介護〟がすべてというわけではないですし、施設に入れることが親不孝であるともいえないのです。
認知症の方を24時間見守るというのは、想像以上に大変なことです。症状の進行に伴い、徘徊などによって近所の方に迷惑をかけ、最終的には介護する側が自分の仕事を辞めざるを得ない状況になることもあります。
そのため、介護者である子どもが、親の在宅介護を続けるデメリットを考えた場合、施設介護を選択する決断が必要になることもあります。

まとめ

今回は、認知症による「理解力・判断力の障害」などについてお話させていただきましたが、いかがでしたか。
認知症によって理解力や判断力が低下すると、周囲とコミュニケーションをとるのが難しくなってしまったり、思いもよらない行動をとったりすることがあります。家族や周囲の方は、本人に悪気はないことを理解し、認知症の理解を深めることで、適切な対処をとるようにしていきましょう。

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