自分が排泄した便をいじってしまう「弄便」は、認知症の方にみられることが多い症状の一つです。弄便は、部屋に汚れと臭いを残し、衛生的にも問題があるため、介護する側だけでなく、介護される側にとっても大きなストレスとなります。しかし、認知症の症状である、この弄便行為には理由があります。
今回は、介護する側とされる側の双方の負担が少しでも減るよう、弄便が起こる理由、対処法や予防法についてご紹介したいと思います。

目次

認知症による弄便とは

弄便とは

〝弄便〟とは、自分が排泄した便をいじってしまうことで、認知症高齢者に多くみられる行為です。弄便は認知症だけでなく、精神発達遅滞や総合失調症が原因で起こることもあります。
具体的に以下のような行動がみられます。

  • 手についた便を、ベッドの柵や部屋の壁、衣類などにこすりつける
  • 手についた便を口に入れてしまう
  • 便を大切に保管しようとする  など

認知症による弄便症状でよくあるのが、排便による不快感を取り除こうとオムツの中に手を入れてしまい、手指に便がついてしまうということです。本人は手についた便を〝便である〟と、認識することができないため、近くにあるもので手を拭おうとします。
また、便の色や感触が「あんこ」と似ていることから、それと勘違いし、手についた便を口の中に入れてしったり、こねたりするということもあるようです。

認知症の方は、症状が進行するにつれ、嗅覚や味覚が鈍くなってきたり、便が不潔なものであると思わなくなったりなど、便に対する認識が薄れてきます。弄便の直接的な原因は便失禁(自分の意思とは関係なく、便が漏れてしまう症状のこと)ですが、実は、それだけで弄便が起こるというわけではありません。

弄便の原因

  • おむつの中の不快感
    おむつの中が蒸れたり、便が皮膚に付着したりすることによる不快感や、排便したことを介護者にうまく伝えられないなどの理由から、おむつの中に手を入れたり、おむつ自体を外そうとしたりします。
    また、加齢に伴う腸の機能の低下や、薬の副作用などにより、便が緩くなることで、自覚がないまま排便をしている時があり、本人に排便感覚はありませんが、おむつの中に違和感があることや、〝便〟という認識が本人にないことから、弄便行為が起こることもあります。
  • 自分で処理をしようとしている
    便は不潔なものという認識が本人にあり、排便後、自分で処理をしようとして便に触れることがあります。
  • 介護者に対する不満
    排泄のことで介護者に叱られたことに対し反発しようとしたり、日頃のケアに対して不満があったりすることで、便をこすりつけようとします。
  • 失禁してしまったという羞恥心
    便を漏らしてしまったという恥ずかしさから、便を隠そうとすることがあります。
  • 便秘による不快感
    高齢者の方は、加齢に伴う直腸知覚の低下により、排便障害が起こりやすくなります。便秘や残便による不快感があると、手で便を取り出そうとする行動がみられることがあります。

認知症による弄便の対処法

怒らない

弄便行為を故意でやっているわけではないと頭では分かっていても、介護者の方は、この行為に対して怒りがこみ上げてくることもあると思います。ここで、つい感情的になって怒ってしまったとしても、本人はなぜ怒られているのか理解することができませんし、認知症の記憶障害により、しばらく時間が経つと、怒られたこと自体も忘れてしまいます。
しかし、認知症の方は、怒られた内容を忘れてしまっても、怒ってきた相手に対する恐怖心や不快感はずっと残っています。そのため、怒られたことによるストレスで、介護拒否やその他の認知症の症状が悪化してしまう可能性があります。
介護をする側は、弄便が起きても、まずは便による本人の不快感を取り除いてあげることを優先し、叱らずに対処するよう心がけるようにしましょう。

まずは手の汚れをとり、その後お風呂場へ

弄便は自分の排泄物をいじる行為ですから、当然、本人の手は汚れますし、自分の身体にもこすりつけることがあります。弄便行為を目撃したら、まずは、それ以上周囲を汚さないように、本人が持っている便の処理を行い、すぐに手や身体に付着した便を取り除くようにしてください。その後、「気付くのが遅くなってごめんね」、「きれいにしようね」と声をかけながら、お風呂場まで誘導し、きれいに洗い流しましょう。
お風呂場まで歩ける方の場合は、足で便を踏んでいないかなども必ず確認し、床に便の汚れが広がらないように気を付けましょう。
この時、本人が入浴を拒否しているのにもかかわらず、無理やりお風呂場まで連れて行こうとすると、本人の中でお風呂場のイメージが悪くなってしまい、今後の入浴拒否に繋がってしまう可能性があります。無理強いは避け、本人の様子をしっかり伺いながら、お風呂場まで誘導するようにしましょう。

汚れた服や寝具などは、殺菌も含め、汚れを落としやすくするため、洗面器などに入れて上から熱いお湯をかけておくと、その後の始末が楽になります。
※火傷には十分注意するようにしてください。
部屋を掃除する際は、除菌スプレーや次亜塩素酸水を利用するなど、衛生面の管理も忘れずに行いましょう。

話を聞く

弄便では、本人が便を他のものと勘違いしている可能性もあります。基本的に、弄便は本人に自覚があってやっている行動ではないため、まずは、本人が何をしていたのか、あるいは何がしたいのかを聞き出し、それに合わせて、他に興味が移るような話に持っていくようにしましょう。

皮膚の状態を確認する

オムツを使用していると、湿気などで蒸れやすく、皮膚がかぶれやすくなりますが、便失禁により、さらにオムツの中の状態は悪くなります。かゆみが弄便に繋がることもあるため、オムツが当たっている部分の皮膚が赤くなっていないか、皮膚疾患はないかなどはこまめにチェックするようにしましょう。もともと肌が弱い方は、特に注意が必要です。

処理しやすい環境に整える

弄便が起こることを踏まえ、被害を最小限に抑えるために部屋を整えておくことも大切です。介護者側の負担を少しでも軽減させるため、本人の寝室では、常に、防水シートを床に敷いたり、ビニール製のシートを壁に貼っておいたり、便を処理する際に使用する掃除用具や濡れティッシュ、除菌スプレーなどを側に置いておくといった工夫をしておくと良いでしょう。

認知症による弄便の予防

トイレで排泄する習慣をつくる

なるべくトイレで排泄できるように、家族や周囲がサポートすることが、結果的に弄便の予防にも繋がります。
本人がトイレに行きたがるタイミングや回数を観察しながら、毎日のトイレの時間を決めて、習慣づけることも大切です。ポータブルトイレを利用するなど、なるべくオムツを使用する機会は減らすように意識していきましょう。

排泄処理を誰かに助けてもらったり見られたりするのは、認知症が進行していたとしても、本人にとっては非常に恥ずかしい行為です。そのため、介護者側は、この羞恥心を理解した上で、介護を行わなければなりません。
羞恥心を理解しない一方的な介護になってしまうと、認知症本人のトイレ拒否に繋がることもあります。
トイレに連れていく際は、洗面所に用事があるなどトイレの前を通過する口実を作れる時にしたり、排泄時は、介護者が本人の視界から消えるようにしたりなど、対応をとるようにしましょう。

自然排便を促す

自然な排便を促すことも、弄便の予防の一つです。高齢になると、加齢に伴う身体のさまざまな機能の低下が目立つようになります。特に高齢者は、腸の機能の衰えなどが原因で便秘になりやすくなるため、日頃から消化に良い食べ物を摂取し、こまめな水分補給を心がけるようにしましょう。ストレッチやマッサージなども効果的です。
なるべく下剤を服用しない生活を目指しましょう。

オムツの取り換えはこまめに行う

弄便は、便失禁による不快感が原因で引き起こされるため、オムツの中に便が入っている時間をなるべく減らすことが大切です。排便があった場合には、すぐに始末するようにし、お尻もきれいに拭き取るようにしましょう。

眼鏡やマスクを着用させる

視力が悪いことにより、便がよく見えず、手についたものが何であるか確認をする行為が、弄便に繋がっている可能性があります。特に、日頃から眼鏡を使用していた方には、眼鏡を使用してもらうようにしましょう。便が目に入るリスクを減らすことができます。
また、便が口の中に入るのを防ぐだけでなく、感染症予防などにも効果的な、マスクの着用もおすすめです。

プロに頼む

弄便による介護者の負担が大きい場合には、専門家(医師やケアマネジャーなど)に相談したり、ショートステイやデイサービス等の介護サービスを利用したりするようにしましょう。このような排泄の問題は、非常にデリケートなことであるため、「身内のこんな姿を他人に見せたくない」と思う方もいるかもしれません。しかし、介護は、肉体的にも精神的にも負担が大きいため、「介護うつ」になる可能性があります。特に排泄の介護に関しては、介護者が辛くなってしまう前に、プロに頼ることをおすすめします。

  • 専門医に相談し、必要であれば(本人に)薬を処方してもらう
  • ケアマネジャーに、どのようなサービスを利用すればよいか相談する
  • ショートステイを利用し、介護する側の負担を抑える など

また、認知症の高齢者を介護している人同士の集まりや、病院などが主催する認知症の介護についての講演会が開催されることもあるため、そのような場に積極的に足を運んでみるのも良いかもしれません。
(認知症カフェなど)

誤った対策に注意

弄便の予防策として、ミトンをつける行為やつなぎ服を着せる行為は、身体拘束となる場合があります。
手の感覚を奪われたり、お尻の不快感を解消できなかったりすることは、本人にとってかなり大きなストレスであり、もがいたり、叫んだりすることもあります。このような強いストレスは、別の症状を引き起こしてしまう可能性もあるため、使用の際には注意が必要です。しかし、認知症の症状がひどいなど、やむ負えない場合もあるため、その際は医師に使用について相談するようにしましょう。

認知症のトイレのトラブル

認知症高齢者の排泄問題は、〝弄便〟だけではありません。認知症が進行するにつれ、トイレのトラブルも増えていきます。
ここでは、主なトイレのトラブルと、その対応法についてご紹介します。

主なトイレのトラブル

トイレ以外の場所で排泄する

認知症の中核症状である「見当識障害」が主な原因です。見当識障害では、「場所」や「時間」などを認識する能力が低下するため、トイレの場所が分からなくなったり、別の場所をトイレと思い込んだりします。その結果、トイレに間に合わず漏らしてしまったり、トイレ以外の場所で排泄してしまったりするのです。
また、認知症が進行すると、尿意や便意を感じづらくなるため、尿が溜まっていることに気付かない場合もあり、これがトイレ以外の排泄の原因になることがあります。

〔対応法〕
トイレの場所が分かりやすいよう、矢印を描いた貼り紙などを利用し、部屋からトイレまで誘導したり、トイレのドアに「トイレ」や「便所」と書かれた紙を貼ったりして、トイレの場所を分かりやすくしましょう。トイレのドアを開けっぱなしにしておくのも一つの方法です。
また、壁に手すりを付けたり、廊下に物を置かないようにするなど、トイレまでの移動がしやすいよう、環境を整えることも大切です。
このような対処をしても、どうしてもトイレとは別の場所で排泄してしまうという場合には、トイレと間違われやすい部屋に、ポータブルトイレや使い捨ての防水シートなどを敷いておき、片付けの負担を少しでも減らすようにしましょう。
日頃から、どのくらいの頻度や間隔でトイレに行っているか、食後からどのくらいでトイレに行きたがるかなどを観察し、尿意を感じた時の様子を把握しておきましょう。(トイレに行きたそうな兆候が表れた場合に、そわそわする・目線が泳ぐ など)
早めにトイレに誘導することができるため、失禁の予防にも繋がります。

便器の中に手を入れてしまう

便器の水が溜まっている部分に手を突っ込んで、手を洗おうとします。水洗トイレが若い時になかった方は、 「これはトイレだ」という認識ができていない可能性があります。

〔対応法〕
トイレまで誘導する際に、「ここはトイレです」と、一言声をかけ、便座に座るまで見守ってあげるようにしましょう。
万が一、便座の中に手を入れてしまった場合には、その都度しっかり手を洗うなど、衛生面にも配慮するようにしましょう。

排便後にどうすればよいか分からなくなる

認知症により、排泄の仕方自体を忘れてしまうため、排尿や排便をした後、拭かずにそのままトイレから出てきてしまうというケースがあります。衛生的に良くないのはもちろん、特に便の場合は臭いも気になりますし、かぶれる原因となる可能性があります。

〔対応法〕
本人が排泄の仕方自体を忘れてしまっている場合は、トイレの付き添い時に声をかけても、きれいに拭き取ることは困難です。
この場合は、介護者が拭くようにしましょう。トイレに流せるタイプの大人用おしりふきだと、使いやすく、おすすめです。

汚れた下着などを隠してしまう

失禁したことを周囲にばれないようにするため、汚れた下着を、タンスや棚の引き出し、布団やベッドの中など、いろんな場所に隠そうとします。

〔対応法〕
隠した下着を発見しても、本人には言わずに片づけるようにします。汚れた下着を隠すという行為は、失禁を予防することでしか防ぐことができないため、タイミングを計りながら、定期的にトイレに誘導するようにしましょう。

排泄失敗後の衣類の臭い

尿や便が付いてしまった下着は、洗っても臭いが残ってしまい、香りが強めの洗剤や柔軟剤を使用しても、臭いをごまかすだけで、根本的に解消することができません。

〔対応法〕
50℃くらいのお湯に粉末タイプの酸素系漂白剤を適量溶かし、そこに、汚れた下着(衣類)を1~2時間ほど浸け置きしておくと、酸素系漂白剤の効果により、尿や便の臭いを抑えることができます。浸け置きが終わった後は、水でよくすすぐようにしましょう。
酸素系漂白剤を扱う際には、ゴム手袋などを使って、皮膚に直接触れないようにしてください。色落ちにも十分注意するようにしましょう。
汚れがあまりにもひどい場合には、新しいものに買い替えることをおすすめします。

まとめ

今回は、「認知症の弄便」についてお話させていただきましたが、いかがでしたか。

介護はただでさえ負担が大きいものですが、特に「弄便」は、家族に精神的な負担がかかりやすい傾向にあります。
本人の気持ちに寄り添い、弄便行為が起こる理由が少しでも見つけることができれば、今後の対策が立てやすくなることもあり
ますが、もし、今現在、家族介護の弄便行為に限界を感じているのであれば、一度、専門家に相談したり、介護サービスを利用したりしてみましょう。人に相談することや介護サービスを利用することは、介護の手を抜くということではありません。
介護を受ける側もする側も、双方が気持ちの良い毎日を送るために、その都度、最良の選択をできるよう心がけましょう。

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