さまざまな介護を受けたがらなくなる「介護拒否」は、食事や入浴、着替え、排泄の介助など、私たちの生活には欠かすことのできない行動ですら強く拒否することがあります。介護者側は「毎日の介護が報われない」という気持ちになり、悩んでしまうため、精神的に追い詰められていく場合があります。
しかし、この「介護拒否」はただのわがままではなく、本人なりに理由があるケースがほとんどです。
今回は、認知症による「介護拒否」の原因や対処法、介護する際の話し方などについてご紹介したいと思います。

目次

認知症による介護拒否とは

認知症が進行してくると、食事拒否や入浴拒否、着替え拒否、服薬拒否といった、さまざまな「拒否行為」がみられることがあります。この拒否行為は、いわゆる「介護拒否」と呼ばれており、認知症のBPSD(周辺症状)の一つとされています。

BPSD(周辺症状)とは、脳の機能低下が直接関係する「中核症状(記憶障害や見当識障害など)」に、本人のもともとの性格や本人を取り巻く環境などが影響することにより引き起こされる、二次的な症状のことをいいます。

認知症になると、脳の機能が障害されることにより、記憶力や判断力、理解力などが低下してくるため、「食べ物を食べ物と認識できない」・「お風呂の入り方が分からない」・「薬で病気を治すということが理解できない」 というような状態が、日常的に起こるようになります。
また、認知症の中でも、「アルツハイマー型認知症」などの場合、本人に、病識がないことが多いため、自分の状況が分からず、介護の意味を理解することができなかったり、周囲の人とコミュニケーションをとるのが難しくなったりします。
これらの認知症による症状が、結果的に「介護拒否」を引き起こす原因となります。

また、認知症になると、何事に対しても無気力・無関心になる「アパシー」の症状がみられることがあります。 このような意欲低下(アパシー)も、介護拒否の原因の一つとして考えられています。

「介護拒否」は、家族や周囲の方を悩ませてしまう症状の一つです。
拒否の仕方にも個人差があり、やんわり穏やかに断る方もいれば、暴言・暴力を伴う激しい拒否をみせる方もいるなど、人によりさまざまです。
この「介護拒否」には、大抵、本人なりの理由があります。しかし、本人はその理由を他者にうまく伝えることができないため、介護者は、なぜ拒否行為が現れているのか、原因を探っていかなければなりません。
日常生活を送るために必要な動作ですら頑なに拒否する方もいるため、何か一つの動作を行ってもらうにしても、介護者の知恵と工夫も必要となります。

認知症の方の気持ち

一見、ただのわがままのようにみえてしまう「介護拒否」ですが、実際は、本人の複雑な思いから引き起こされていることがほとんどです。
認知症の進行に伴い、自分のお世話を他人に委ねるようになると、

・「自分の思い通りに物事を進められなくなる」
・「手を煩わせてしまい申し訳ない気持ちになる」
・「自分好みのやり方でなくても文句を言えず、受け入れざるを得ない状況になる」

など、さまざまな葛藤を抱えることになります。
認知機能の低下により、「これは食べ物だ」という認識や、薬の必要性を理解することなどが難しくなってくると、食事や服薬の際に、「何か得体のしれないものを無理やり食べさせようと(飲み込ませようと)している」 と、本人が恐怖を覚えてしまうこともあります。

たとえ生活するうえで必要な介護であったとしても、本人からすれば、「あなたにはできない」と言われているように感じしまうことがあります。これは、介護者の付き添いやお世話に対し、嫌悪感を抱くようになる場合もあるということです。

認知症の方は、記憶力は低下しても、感情は残像のように残ります(感情残像の法則)。
本人の健康や安全を考え、時には、強引に進めざるを得ない状況の時もあると思いますが、命にかかわることでなければ、基本的に無理強いはせず、しばらく様子を見るようにしてみましょう。

認知症による介護拒否の対処法

先ほどからお伝えしているように、「拒否行為」には、ほとんどの場合、理由があります。
認知症による「介護拒否」を対処するうえで大切なポイントは、どうしてそのような行動が現れているのか原因を探り、本人の意思を尊重することです。

例えば、「食事をしましょう」、「お風呂に入りましょう」とただ声をかけても、本人からするといきなり物事を強制させられているというように感じてしまいますし、本人が嫌がることを無理にやらせようとすることも、 さらに拒否反応が強くなるため、逆効果です。暴言や暴力に繋がる可能性もあるため、危険ですし、無理強いさせることでストレスを溜め込んでしまい、認知症を悪化させる原因にもなります。

介護する方は、思わず助けたくなってしまう場面もあるかもしれませんが、本人ができることはなるべく自分でやってもらうようにし、本人の自尊心を尊重するようにしましょう。

「介護拒否」の理由は、認知症本人の口から説明することができません。日頃から本人と関わる介護者側であるご家族や周囲の方の洞察力が「拒否」の理由を見つける頼りとなります。

介護拒否が現れる主な理由には、以下のようなことが考えられます。下記を参考にして、一つ一つ原因を探り、 対処していくようにしましょう。

■介護拒否が現れる理由と、その対処法

〔食事拒否の場合〕

【考えられる理由】
◆認知機能の低下により、目の前に出されたものが食べ物であると認識できない
◆食事が自分にとって必要なことであるというのが理解できない
◆食べ方が分からない、箸やフォークの使い方が分からない
◆入れ歯が合わない、口内炎ができているなど、口腔内になんらかのトラブルが起きている
◆風邪やインフルエンザなどの感染症、便秘、下痢などの体調不良により、食事をする気になれない(自分の身体の状態をうまく伝えることができず、それが拒否行為として現れる)
◆毒を盛られているという被害妄想
◆嚥下機能の低下
◆食事以外の別のところに意識がいっている
◆薬の副作用(強い眠気や脱水状態)による影響 など

【対処法】
◆本人の好きな食べ物を出してみる
栄養バランスを気にしたいところですが、まずは食べてもらうことが最優先です。本人の好きなものや食べたいものを提供し、何かしら口に入れてもらうようにしましょう。
◆口腔内の状態をチェックする
入れ歯が合っているか、口内炎ができていないかなど、口腔内に不調はないかチェックするようにしましょう。歯科健診は、定期的に受けることをおすすめします。
◆食べやすい形状にする
食事の形態は、本人のその時の口腔状態に合わせ、安全で食べやすい大きさや硬さ、形状などを意識するようにしましょう。
「食べ方が分からない」というのが拒否の原因となっている場合は、手づかみで食べることのできる小さなおにぎりなどを出してみるのも一つの方法です。
◆排便コントロールを行う
便秘や下痢は、食欲低下の原因となります。介護者は、本人の排便の間隔などを常に把握しておくようにしましょう。下痢が継続する場合は、感染症の疑いもあることから、早めに医療機関への受診をおすすめします。
◆お皿を置く位置を変える
高齢者は、加齢に伴う視力の低下や疾患などにより、視野の一部が欠けていたり薄暗く見えていたりすることがあります。特に認知症の方は、見えづらくなってきているという自覚がほとんどないことから、周囲に不調を訴えないまま症状が悪化している可能性も考えられます。このような理由で、テーブルの上に置いたお皿(食事)が視野に入っていない場合は、お皿を置く位置を変えてみることで、食事拒否が改善されることもあります。
(お皿の上の残食が左右・上下どちらかに偏っている場合は、残っている側に視野の欠損が疑われます。)
◆医師に相談する
薬の副作用により、食欲不振に陥っていたり、味覚が変化していたりする可能性も考えられます。一度、医師に相談してみるようにしましょう。

〔入浴拒否の場合〕

【考えられる理由】
◆お風呂に入れば、さっぱりとして気持ちよくなるという感覚を忘れている
◆他人に裸を見られたり、洗ってもらったりすることに抵抗感がある
◆服を脱がされることへの不安や恐怖感
◆脱いだ服が盗まれていないか不安になる
◆お風呂に入るのは疲れる行為であり、面倒と感じる
◆入浴の重要性を理解できない、あるいは、入浴するという行為が理解できない
◆身体障害により、一連の入浴動作そのものが難しい
◆浴室に幻視が現れる(レビー小体型認知症、脳血管性認知症)
◆「きたない」「不潔」「くさい」といった言葉を使われることで、悪感情を抱き、入浴を拒否する
◆介助者が異性のスタッフである など

【対処法】
◆本人の気分が良い時に声をかける
入浴は、声をかけるタイミングが大切です。散歩などで身体を動かした後や、機嫌が良い時を見計らってお風呂に誘ってみると、案外あっさり入浴してくれることもあります。「一緒にお風呂に入りましょう」、「お風呂が沸きました。一番風呂ですよ。」など、声のかけ方にも工夫が必要です。介護者が本人に、「お風呂に入らないと汚い、臭くなる」とうるさく言ってしまうと、拒否反応がますます強くなることがあります。「入浴するとさっぱりする・気持ちよくなる」ということを強調するようにしましょう。
◆手浴や足浴からはじめてみる
裸を見られることに抵抗がある方には、浴室で、手浴や足浴から始めてみるようにしましょう。まずは浴室に入ることや身体を温めることに慣れてもらい、徐々に入浴に繋げていきます。
◆家族以外の方に勧めてもらう
家族の言うことは聞かなくても、医師や看護師、介護士の方から「健康に良いよ」と勧められると、入浴してくれることもあります。自宅のお風呂になかなか入ってもらえない場合、友人や親戚から「温泉に行きましょう」と言って、銭湯に誘ってもらうのも一つの方法です。
昔銭湯を利用していたという方の場合
洗面器や固形石鹸、手ぬぐいなどを渡すと、進んで入浴してくれることもあります。
◆断られた場合は、すぐに引き下がる
入浴拒否された場合には、しつこく声をかけず、あっさり引き下がるようにしましょう。ただし、入浴するということが理解できていない方の場合には、本人にあえて何も告げずに風呂場に誘導するという方法もあります。
◆レビー小体型認知症や脳血管性認知症の方の場合
幻視が現れることで入浴を拒否する方もいます。壁や床の模様、浴室内に置いてある物が幻視を誘発している可能性もあるため、隠せるものや消せるものはできる限り対策していくようにしましょう。
◆身体障害がある場合
身体障害があることが原因で入浴を拒否する場合には、浴槽と同じ高さの台を用意し、浴槽の横に設置するという方法があります。ただし、浴槽の中は滑りやすく転倒しやすいため、注意が必要です。理学療法士や作業療法士に相談してみることもおすすめします。

〔着替え拒否の場合〕

【考えられる理由】
◆着替えの動作が難しいと感じる
◆ボタンやフック、ファスナーなどの使い方が分からない
◆同じ服を着続けることに安心感を得ている
◆認知症の記憶障害により、着替えたばかりと思い込んでいる など

【対処法】
◆認知症の実行機能障害により、服を着るための動作が分からなくなっていることも考えられます。しかし、着替えを全て手伝ってしまうと、本人の自尊心を傷つけてしまうことにもなりかねません。着替えのどの部分で躓いてしまうのかをよく観察し、できない部分だけをサポートしてあげるようにしましょう。また、前開きの洋服など、本人がなるべく着替えやすい衣類を用意しておくのもおすすめです。

〔服薬拒否の場合〕

【考えられる理由】
◆なぜ薬を飲まなければいけないのかが理解できない
◆(形状や味が原因で)飲み込みにくい
◆病人扱いされ自尊心が傷ついている
◆服用を勧めてくる人との相性が合わない
◆食後で一息ついている時に薬を飲まされ、嫌気が差している
◆薬の副作用の影響により、具合が悪い など

【対処法】
◆本人が納得する説明を
服薬の前に、「血圧が高いので血圧を下げるお薬ですよ」と、本人が納得しやすいような薬の説明を行うと、拒否反応が和らぐこともあります。
◆形状を変える
錠剤やカプセル状の薬が飲みづらいという理由で、服薬を拒否している可能性も考えられます。医師や薬剤師に相談し、可能であれば、本人が飲みやすい形状に変えてもらうようにしましょう。家族の方の自己判断により処方された薬を砕いたりすると、薬が効力を損なったり、薬の苦みが強くなり、余計に飲みづらくなったりすることもあります。必ず専門の方に相談するようにしてください。
◆一緒に飲んでみるふりをする
ビタミン剤やラムネ菓子などを利用し、〝本人と同じ薬を飲んでいるふり〟をすることで、拒否反応が和らぐことがあります。
◆なるべく一回にまとめる
薬を服用するタイミングは、融通をきかせられるものもあります。高齢者の方は、処方される薬の種類が多い傾向にあるため、なるべく複数の薬を一回にまとめて飲むことができないか、医師や薬剤師に相談してみるようにしましょう。何時間おきなら服用しても良いか、一番重要な薬は何かなどを確認しておくのと良いです。

〔トイレ拒否の場合〕

【考えられる理由】
◆トイレ介助が恥ずかしい
◆〝トイレ〟という言葉が理解できない
◆排泄がしたいのに、「どこかへ連れていかれそうになっている」と混乱している
◆本人をトイレに誘導するタイミングがずれている
◆排尿や排便の失敗により、「トイレ=嫌な思いをする場所」という認識がある
◆すでに失禁しており、それを隠そうとしてトイレ介助を拒否する など

【対処法】
◆トイレの雰囲気を変えてみる
本人の好きな写真や植物を置いてみたり、照明を変えてみたりして、トイレの雰囲気を変えてみると、拒否感が軽減されることがあります。
◆トイレという言葉を使わない
「トイレ」という言葉の意味が伝わっていない可能性があります。「お手洗い」や「便所」など、本人に伝わりやすい言葉で声をかけてあげるようにしましょう。
◆排尿や排便の間隔を細かくチェックする
日によって差はあると思いますが、「食事してから〇分後にトイレに行くことが多い」というように、排尿や排便の間隔をある程度把握しておくことで、本人が行きたいと思うタイミングに声をかけやすくなります。困ったときにいつも声をかけてくれるという印象も残りやすくなるため、トイレ拒否が自然と軽減されます。

〔デイサービスや訪問介護、介護認定調査等を拒否する場合〕

【考えられる理由】
◆知らない場所に行くことや、知らない人たちに囲まれて過ごすことに、不安やストレスを感じる
◆集団行動が苦手
◆年寄り扱いされていることに不満を感じる
◆施設の対応や雰囲気に不満を感じる
◆家族が自分のことを邪魔者扱いしていると思い込み、外出を拒否する など

【対処法】
◆本人が施設に慣れるまで家族が一緒に付き添う
本人が施設に慣れるまでは、家族の方が一緒に付き添うようにしましょう。それと同時に、施設の雰囲気や対応などもチェックしておくと良いです。
◆施設に通うことが本当に必要であるか
本人が集団生活が苦手な性格である場合、施設に通うことが本当に必要なことであるか、家族が再度考える必要があります。
◆他の施設の入所も考える
施設によってサービスや雰囲気は異なるため、本人に合わないなと思うようなことであれば、他の施設を検討してみてください。

〔リハビリ拒否の場合〕

【考えられる理由】
◆リハビリによる効果がなかなか出ないことにより、気力が薄れる
◆リハビリ自体が楽しくない など

【対処法】
◆医師から説明してもらう
後遺症などの影響により無気力になってことがあります。家族の言うことを聞かなくても、医療従事者から説明してもらうことで、納得する場合もあるため、医師に相談するようにしましょう。

上記以外にも、「拒否」はさまざまな場面でみられますが、特に、羞恥心の強い方や自尊心が高い方は、介護されることに対して、「恥ずかしい」・「情けない」・「迷惑をかける」といった思いを抱えやすく、介護を拒否しやすい傾向にあるようです。

認知症の方は、脳の萎縮や変性が進行するに伴い、自分の感情を言葉や行動で伝えることが困難となってきます。そのため、介護されることに対して抱くさまざまな感情を、うまく消化することができません。その結果、 「拒否」の反応を示すようになり、場合によっては、「拒否」が暴言・暴力として現れることもあります。
認知症の方は、自分の置かれている状況や介護の必要性を理解できていない傾向にあるため、介助する際は、一つ一つの動作を簡単に説明しながら行うと、介護がスムーズにいきやすくなります。介助のタイミングを見計らうことも大切です。

また、「介護拒否」は体調不良や薬の副作用が影響している可能性もあります。本人の身体の状態や薬の服用状
況は、こまめに確認するようにしましょう。

認知症の高齢者に対する話し方

自身より年上で人生の先輩である高齢者の方に対し、まるで幼児と接するような口調の声かけや、敬語を使わない命令口調の声をかけは、あまりおすすめできません。
介護者の中には、認知症になった高齢者の方が、記憶障害(物忘れなど)や失語症(話す・聞く・読む・書くことに関する能力が低下する障害)などの影響により、言葉の理解に問題が生じるようになるせいか、まるで認知症高齢者を赤ちゃん扱いするような言葉で話しかけたりする人がいます。
例えば、認知症である本人が介護者は家族であると理解していれば、昔と変わらない親しみある声かけで問題ありませんが、本人が、家族であると認識できていない場合は、馴れ馴れしい口調の声かけはあまりおすすめできません。
認知症本人の性格によっては、その時にどんな言葉をかけられたのか記憶に残っていなくても、「若者にバカにされた」、「若者になめられた」といった不快な感情だけが残ってしまう可能性があります。

認知症の方は、複数のことを同時に理解するというのが苦手であるため、介護者は、常に簡潔でわかりやすい言葉を用いるようにし、ゆっくりとした口調で話すよう心がけるようにしましょう。
認知症の方とのコミュニケーションは、信頼あってこその声かけが大切です。親しみやすい話し方すべていけないというわけではありませんが、人生の先輩である高齢者の方を敬う姿勢は忘れないようにしましょう。

まとめ

今回は、認知症高齢者による「介護拒否」についてお話させていただきましたが、いかがでしたか。

介護拒否が続いてしまうことにより悩んでいる介護者の方が多いかもしれませんが、介護拒否には理由があるため、介護者側は「自分ならどう思うか」を想像することで、認知症の方の気持ちに寄り添いやすくなります。
本人の気持ちを尊重することを忘れずに、今回紹介した対処法などを参考にして、うまく対応していけるようにしましょう。

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