前頭葉や側頭葉が萎縮することにより発症する認知症を「前頭側頭型認知症」といいます。認知症というと、「物忘れ」といった記憶障害のイメージが強いかもしれませんが、前頭側頭型認知症の場合は、比較的、記憶障害が目立ちにくく、行動障害や言語障害といった症状が出やすいと言われています。
そのため、本人は自覚がないまま、社会生活に支障をきたしてしまうことが多くあります。
しかし、周囲の人の接し方やケア次第では、前頭側頭型認知症による、周りへの迷惑行動や他人を困らせる行動を防ぐことも十分可能となるため、周囲の病気への理解が非常に重要となります。また、ある程度知識があれば、万が一発症してしまった場合でも、早期発見に繋げることもできます。
そこで今回は、前頭側頭型認知症の特徴的な症状や具体的な対策などについて、ご紹介させていただきます。

目次

前頭側頭型認知症とは

前頭側頭葉変性症(FTLD)

大脳の前頭葉や側頭葉を中心に脳が委縮していき、あきらかな人格変化や行動障害などがみられる変性性認知症を、総称して「前頭側頭葉変性症(FTLD)」と呼んでいます。
「前頭側頭葉変性症(FTLD)」の前頭葉や側頭葉は、異常なタンパク質の蓄積がみられるため、これが、脳を委縮させる原因として考えられています。しかし、なぜ前頭葉や側頭葉にこのような異常なタンパク質が蓄積されてしまうのか、といった発症のメカニズムは、今のところ解明されておりません。

脳の一部「前頭葉」は、人格や理性、言葉、感情、思考、自発性、知能、手足の動きなどを、「側頭葉」は、言葉を理解する、言葉の記憶、音楽の記憶などをそれぞれ司っています。そのため、「前頭側頭葉変性症(FTLD)」は、人間らしい活動を支えるための前頭葉や側頭葉の機能が正常に機能しなくなることにより、性格の変化や異常行動が顕著に表れるようになります。

「前頭側頭葉変性症」は、「前頭側頭型認知症」・「進行性非流暢性失語症」・「意味性認知症」の3つのタイプに分類されており、このうち、「前頭側頭型認知症」と「意味性認知症」は、厚生労働省により、「指定難病」に認定されています。

3分類される「前頭側頭葉変性症(FTLD)」のうち、有名なのは、ピック病を含む「前頭側頭型認知症(FTD)」です。
「ピック病」は、変性した神経細胞内に「ピック球」とよばれる病理組織の発生がみられ、感情や理性をつかさどる前頭葉に、特に強い委縮がみられます。楽しくないところで笑ったり、集団行動ができたりなど、人格が変化したような症状が現れるのが特徴です。

前頭側頭型認知症の特徴

前頭側頭型認知症は、前頭葉と側頭葉が萎縮していく進行性の認知症です。特に、人格の変化と行動障害が顕著に現れますが、本人に病識はありません。知能検査の数値はそれほど低くはなく、記憶や空間的能力等の機能は比較的保たれていることから、精神病に間違われるなど、誤った診断を受けやすく、適切な対処が遅れてしまうケースもあります。

一般的には、40~50代の初老期と比較的若い世代で発症し、徐々に症状が進行していきます。認知症専門外来を受診する方の約7%は前頭側頭型認知症であるというデータはありますが、頻度については明らかにされていません。

また、若年性認知症(65歳未満で発症する認知症)では、血管性認知症、アルツハイマー病に次いで、3番目に多い認知症の原因疾患となります。

欧米では、30~50%の方に家族歴(遺伝性)が認められていますが、国内では家族歴のある方はほとんど認められていないため、前頭側頭型認知症は遺伝するものではないと考えられます。

主な症状は以下の通りです。

前頭側頭型認知症の特徴的な症状(例)

  • 身だしなみに気を使わなくなる
  • 万引き行為や信号無視など、抑制のきかない反社会的な行動をとる。
  • 周囲への配慮に欠け、集団行動に適応できず、自己本位な行動をとる。
  • 相手の話を聞かず、一方的に喋る。
  • 感情(喜怒哀楽)が乏しくなる。
  • 穏やかだった方が怒りっぽくなるなど、人格が変わったようになる。
  • 病的な規則正しさを持つようになる。(時刻表的生活パターン)
  • 同じ行動や言動、動作を繰り返す。
  • 毎日同じものを食べる。   など

このように、前頭側頭型認知症は、

‣感情が乏しくなることで意欲が低下し、無気力状態となる「アパシー」
‣自分の行動を抑制できなくなる「脱抑制」
‣いったん開始した動作をいつまでも繰り返したり、特定の食品にこだわって毎日同じものを食べ続けたりする「常同的行動」
‣万引き、窃盗、痴漢、信号無視といった犯罪行為、暴力・暴言、遠慮のなさ、徘徊などの「社会的行動障害」

などが、主な症状として現れるようになります。

ピック病のチェック方法

以下は、前頭側頭型認知症の一つに含まれているピック病の疑いがある際のチェックリストになります。40~70代の方で、3項目以上該当した場合は、早めに専門の医療機関を受診し、医師に相談するようにしましょう。

【ピック病を疑うチェックリスト】

①状況に合わない行動
身勝手な行為、状況に不適切な悪ふざけなど

②意欲減退
原因不明の引きこもり、何もしない

③無関心
服装や衛生状態に無関心で不潔になる。周囲の出来事に興味を示さなくなる

④逸脱行為
万引きなどの軽犯罪を繰り返す。反省しない

⑤時刻表的行動
散歩など決まった時間に行う。止めると怒る

⑥食物へのこだわり
毎日同じもの(特に甘いもの)しか食べない。際限なく食べる場合もある

⑦常同行動・反響言語
同じ言葉を際限なく繰り返したり、他人の言葉をおうむ返し。制止しても一時的にやめるのみ

⑧嗜好の変化
好きな食べ物が変わる。飲酒・喫煙が大量に

⑨発語障害・意味障害
無口になる。はさみ・めがねなどを見せても言葉の意味や使い方がわからなくなる。

⑩記憶・見当識は保持
最近の出来事は覚えているし、日時もまちがえない。道も迷わない

治療法

前頭側頭型認知症は、発症のメカニズムがまだ明らかにされていないことから、認知症を完治させる、あるいは進行を止める治療は、今のところ確立しておりません。
発症した場合は、アルツハイマー型認知症の方に処方される抗認知症薬を代用として使用したり、抗精神病薬などで症状の緩和を図ったりします。迷惑行為などが目立つ場合は、短期で入院するといった対策をとる場合もあります。

前頭側頭型認知症の診断

前頭側頭型認知症の疑いがある行動や言動等がみられた場合は、すぐに認知症専門の医療機関を受診するようにしましょう。
認知症の診断では、まず、問診・心理検査を行います。簡単な質問に答えてもらうことにより、行動障害や言語障害などの有無をチェックし、前頭側頭型認知症特有の症状が出ていないかを確認します。これは、本人だけでなく、家族にも同席してもらい、客観的な視点も含め総合的に判断します。
本人あるいは家族は、より正確な情報を伝えるためにも、これまでの病歴や治療中の病気、服用中の薬、気になっている症状や日ごろの生活習慣の様子、近親者の病歴などを書いたメモを事前に準備しておき、受診の際にもっていくのもおすすめです。

問診の結果、前頭側頭型認知症の疑いがある場合には、「CT検査」あるいは「MRI検査」を行います。前頭側頭型認知症は、前頭葉や側頭葉に限局した強い委縮がみられることから、画像診断でアルツハイマー型認知症と区別することが可能です。
しかし、認知症以外の病気が原因で症状が出ている可能性もあるため、血液検査や尿検査、胸部レントゲン、心電図検査など、一般的な身体検査も実施します。
場合によっては、脳の血流を調べる「SPECT検査」や、脳の代謝を調べる「PET検査」などを行うことがあります。
CTやMRI検査の画像診断では委縮があまり目立たない場合でも、SPECT検査やPET検査では、前頭葉や側頭葉に明瞭な血流低下や代謝低下が認められる場合があるからです。

また、PET検査では、がんを診断することも可能です。前頭側頭型認知症による行動異常や精神症状により、SPECT検査などが実施不可能なケースもありますので、あらかじめ念頭に置くようにしましょう。

頭部画像診断の主な種類

【脳の形を見る】

◆CT(コンピューター断層撮影)検査
もっとも広く利用されている検査になります。X線を使用し、脳を輪切りにしたように撮影することで、脳の断面を確認することができます。脳出血・脳梗塞・脳腫瘍などの病気の発見に適していることから、アルツハイマー型認知症や脳血管性認知症の診断にも多く利用されています。

◆MRI(磁気共鳴画像診断)検査
磁気を利用して撮影します。CT検査とは異なり、人体のあらゆる断層を撮影することができるため、縦や斜めの断面も確認することができます。検査に要する時間は30分程度と長めです。X線ではないため、放射被爆はありません。組織間コントラストに優れており、細胞の状態や質を細部まで明確に見ることができるため、脳の検査にはMRI検査が有効とされています。ただし、磁気を利用する検査であることから、時計やアクセサリーなど、磁気の影響を受ける金属を外す必要があります。また、ペースメーカーなどの機械類が体内に入っている場合や、人工関節、入れ歯がある場合は、検査に適しません。

【脳の働きを調べる】

◆SPECT検査
微量の放射性同位体を含む検査薬を静脈に注射し、数時間待った後、脳の血流の状態を撮影します。初期のアルツハイマー型認知症や、脳血管性の疾患が判別できる他、MRI検査では難しかった、アルツハイマー型認知症とレビー小体型認知症の区別も比較的容易にできます。
検査が行える病院は徐々に増えてきてはいるものの、他の検査に比べると少ないのが現状です。患者が負担する検査費用は、保険適用しても3万円近くかかることもあるため、比較的、高額な検査になります。

◆PET検査
ブドウ糖に近い成分を静脈に注射し、検査薬が全身に行き渡るまでしばらく安静にした後、脳の代謝の状態を撮影します。これにより、脳のどこ部分の活動が低下しているかがわかるため、比較的初期のアルツハイマー型認知症も判別することができます。また、レントゲンなどの検査では発見しづらかった初期のがん細胞の発見も可能であるため、早期発見に繋げることもできます。ただし、全てのがん細胞を見つけられるわけではありません。検査が行える病院が少なく、保険外診療扱いとなるため、病院によって費用が異なります。

前頭側頭型認知症の対策

先ほどご説明したように、前頭側頭型認知症は、現段階では根治治療が確立されていないため、行動障害を改善することをメインに治療や対策が行われます。
初期の頃は、比較的、認知機能が保たれています。しかし、人格の変化やさまざまな異常行動が目立つことから、やっかいな認知症ともいわれており、現場では、薬物療法による治療が行われています。家庭内では、生活環境の調整など、周りの環境を変えることで異常行動の抑制を図ります。

自宅でも行える「ルーチン化療法」

前頭側頭型認知症の常同行動を利用した「ルーチン化療法」というものがあります。
この病気の特徴の一つ〝同じ行動や言動、動作を繰り返す〟という行動を、日常生活において、問題にならない程度の動作に置き換えていく方法です。医療機関等でも行われており、これは自宅でも簡単に行うことができます。

  • ビデオ鑑賞
  • パズル
  • 塗り絵
  • 読書
  • 縫物    など

例えば、同じものを食べ続けてしまうなど、同じことを繰り返している行動を、上記のような健康的及び精神的に日常生活に支障をきたさない範囲のものに変換します。認知症ご本人との相性の良い作業であれば、楽しく続けることによって穏やかでいる時間も長くなり、また、ご家族の精神的な負担を軽くすることにも繋がります。
前頭側頭型認知症は、時刻表的生活パターンになりやすい為、常同行動を行うタイミングに合わせて、他の行動への置き換えを試してみてください。

親が認知症であることを公表すべきか、しないべきか

自分の親が認知症になった時に、それを世間に公表したほうが良いのか、しないほうが良いのか、悩んでしまっているご家族も多いのではないでしょうか。
認知症に対する誤解や偏見が多かった時代では、特に社会的な立場が高い人達ほど、自分の身内の認知症を隠したがる傾向にありました。しかし、今では、認知症になったことを周囲に公表する方もたくさんいます。
実際のところ、「公表したほうが良い」か「公表しないほうが良い」かの白黒思考で判断できる問題ではないため、それぞれのメリットやデメリットを知って、周囲の環境などに合わせて臨機応変に対応していくことが大切になってきます。

公表するメリット

  • 公表することで、認知症であることを周囲に理解してもらえる。
  • 周りのサポートが得られ、介護者の心身の負担軽減に繋がる。
  • 同じ認知症の方の介護をしている人や認知症の方の介護を経験した人同士で、体験を分かち合ったり、情報を交換したりすることができる。

公表するデメリット

  • 認知症に対し誤解や偏見を持っている人には、いくら説明しても理解してもらず、公表したことを後悔する場合がある。
  • 必要以上に言いふらすことで、振り込め詐欺などにあう危険性が高くなる。

公表しないメリット

  • 周囲の人は、親が元気だった頃の姿のまま思い出が残る
  • 認知症に対する誤解や偏見から親を守ることができる。
  • 振り込め詐欺などに目を付けられるリスクが抑えられる。

公表しないデメリット

  • 結果的に本人を家に閉じ込めてしまうことに繋がり、認知症が余計悪化する原因となる。
  • 介護者の心身の負担が大きい。
  • 何かトラブルがあった際に、認知症であるという理解を得ることができない。

公表したほうが良いのか、公表しない方が良いのかは、人や環境など、自分の周囲をよく理解したうえで考えたほうが良いでしょう。
また、誰に打ち明けるか、公表する範囲を絞っておくのも一つの方法です

まとめ

今回は、「前頭側頭型認知症」についてお話させていただきましたが、いかがでしたか。

前頭側頭型認知症では、性格の変化やさまざまな行動異常がみられますが、認知症の代表的な症状である、「物忘れ」などの「記憶障害」や、場所や時間、人物が分からなくなる「見当識障害」といった認知機能の低下があ
まり目立たないことから、精神病と間違われてしまうケースも多くあります。前頭側頭型認知症が疑われる行動が気になる場合には、早めに専門の医療機関を受診するようにしましょう。

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