認知症になると、薬を飲むことを拒否する「服薬拒否」がみられることがあります。「病気ではないから飲みたくない」と思っている要介護者も多く、中には認知症からくる妄想によって「毒を盛られている」と思い込み、それが原因で「服薬拒否」になっている場合もあります。
しかし、介護者である家族からすれば〝本人の為〟と思って服薬を勧めている訳ですから、思わず苛立ってしまうこともあるのではないでしょうか。
今回は、認知症による「服薬拒否」の原因や対応の仕方などについてご紹介させていただきます。

目次

認知症による服薬拒否

認知症は、脳の機能の故障により起こる「中核症状」と、この「中核症状」の不自由さや本人の性格及び周囲の環境などにより起こる「周辺症状」の2つの症状が現れます。
二次的にもたらされる「周辺症状」は、「BPSD(行動・心理症状)」とも呼ばれており、人によって、出現する症状の種類や程度は異なります。「拒否行為」は、この「周辺症状」に分類される代表的な症状の一つです。食事や服薬、入浴、着替えといった行為の拒否だけでなく、介護者自体を拒否することもあり、家族や周囲の方にとっては悩ましい症状といえます。
認知症になると、自分自身や自分の身の回りのこと、日常生活の活動などに対し、無気力・無関心になりやすい傾向にあります。いろいろな行動を面倒だと感じてしまい、生きるために必要な日常の動作ですら本人がかたくなに拒否するため、介護者にとっては大きなストレスとなります。
拒否行為の原因としては、認知症になると現れる「無気力・無関心」「妄想」の他に、他人のみならず、家族に迷惑をかけたくないという気持ちや、失敗の経験が重なることでその行為を避けるようになってしまうなど、本人の複雑な感情が背景にあると考えられています。
さまざまな拒否行為の中でも、特に「服薬拒否」は、認知症の人すべてに起こり得る症状と言っても過言ではありません。

服薬拒否が現れてしまう原因としては、以下のようなことが考えられます。

・自身が病気であるため、薬を飲まなければいけない状況にあるということを理解できていない。
・信頼関係が気付けていない介護者から渡された薬である。
・薬に対して否定的な固定概念がある。
・薬を飲まされるということに自尊心が傷つけられている。
・食後などのゆっくりしたい時間帯に服用を勧められた。
・飲みこみづらい
・薬の副作用による影響 など

薬を飲んでもらうためには、まず、本人に、薬をなぜ飲まなくてはいけないのか、これから飲む薬にはどのような作用があるのかなどを知ってもらう必要があります。
薬に副作用がある場合、「この薬を飲むと具合が悪くなる」という理由が拒否に繋がっている可能性もあります。拒否行為には、本人の本当の気持ちが隠れている可能性もあるため、本人の訴える症状を素直に聞くことも大切です。

認知症による服薬拒否の対応

「服薬拒否」は、他の拒否行為と比べて、一筋縄ではいきません。
服薬を無理強いして食事拒否に繋がってしまう場合や、飲食物に薬を混ぜたことに気付かれて本人と介護者との信頼が大きく損なわれる場合もあります。服薬拒否の解消には、本人と介護者との信頼関係も重要です。慎重に対応していくようにしましょう。

●薬を理解する

服薬拒否にどう対応していくかの前に、まずは、介護者側が、本人に処方された薬についての理解を深めておかなければなりません。本人に病気の自覚がなく、何のために飲むのか、何に効果があるのか分からない薬であれば、服薬する気になれないのは、言うまでもありません。服薬に納得してもらう説明をするためにも、介護者側は、薬の効果や副作用などについて、しっかり理解しておくようにしましょう。
薬の情報は、お薬手帳で確認する他、薬の名前でネット検索することもできます。疑問点があれば、医師や薬剤師に相談してみるのも良いでしょう。

●薬を上手にすすめる

服薬拒否が現れる理由はさまざまですが、まずは本人が納得して薬を飲めるよう、薬を飲む動機付けを行う事が大切です。
「薬を飲むことで、どのような症状に効果があるのか」、「健康になると、どのようなメリットがあるのか」といったことが分かるような説明をしたり、「○○さん(本人が信頼している先生の名前など)から出された薬ですよ」といって勧めてみたりすると、服薬に応じてくれることがあります。ラムネ菓子などを用意して、本人と一緒に薬を飲むふりをしてみるのも良いでしょう。
ただし、「薬を飲まないと症状が悪化する」といった脅しは認知症の方には通用しませんし、無理に飲ませようとすると逆効果となるため、注意してください。
「毒を盛られている」などの被害妄想により服薬を拒否する場合、本人にとってはそれが真実であり、それを間違いだと否定することはできません。この場合、ケアマネジャーや訪問看護師、医師、介護スタッフなどから本人勧めてみると話を聞いてくれることがあります。

●薬が飲みやすい環境を整える

・薬を飲むタイミングをずらす
・薬の形状や摂取方法、服用頻度を変えてもらう
・「おくすりカレンダー」や「服薬ボックス」などの活用
・訪問薬剤管理指導を利用する
・「薬は飲みましたか」といった内容のメモを、テーブルの上に置いておく  など

特に高齢者は、いくつかの疾患を抱えているケースが多いため、処方される薬の種類も複数である場合がほとんどです。指示された服用時間ごとに、何種類もの薬を飲み分け管理していくことは、認知症であるかそうでないかに関わらず、誰でも簡単なことではありません。服用する薬の種類が多い場合には、1日の服用回数を減らすためにも、なるべく一回にまとめて服用することはできないかなどを検討していくようにしましょう。薬を飲むタイミングや服用頻度などの調整に関しては、家族の自己判断ではなく、必ず担当の医師や薬剤師に相談するようにしてください。

薬には、細粒・顆粒、ゼリー、貼付など、さまざまなタイプのものがあります。認知症がまだ初期の頃は、錠剤やカプセルが処方されることが多いと思いますが、服薬の拒否が続くようであれば、薬の形状を変えてみるのも良いでしょう。散剤でむせるという場合には、市販にもある「服薬ゼリー」などを使用するのがおすすめです。
さらには、介護保険サービスの一つである「居宅療養管理指導」を利用する方法もあります。「居宅療養管理指導」のサービス内容には、「訪問薬剤管理指導」というものがあり、主治医の指示のもと、薬剤師が自宅に訪問し、治療効果を高めるための適切な服薬指導や管理などを行ってくれます。もちろん、本人への指導だけでなく、家族からの相談にも応じてくれます。「訪問薬剤管理指導」の結果は医師に報告されることになっているため、その際に、薬剤師が薬の選択に関する提案を処方医へ伝えることになります。

また、テーブルの上などに、「薬は飲みましたか?」というメモ書きが置いてあると、本人の視界に入った際に、服薬を確認しやすくなります。ただし、認知症の方は、自分の身の回りのことに興味や関心を持たなくなる傾向があるため、メモ書きが置いてあることに気付かなくなってしまうと、効果はなくなってしまいます。

認知症の方の服薬管理について

服薬拒否まではいかなくても、飲み忘れや飲み過ぎにも気をつけなければいけません。認知症になると、認知機能の低下により、薬の管理はより困難となります。

薬の管理がしやすくなる工夫の一つに、1度に服用する複数の薬を、まとめて1袋ずつパックしてくれる「一包化」があります。飲み忘れや紛失、飲み間違えなどを防ぐことができ、本人や家族はもちろん、介護施設のスタッフの方も、薬の管理がしやすくなります。また、認知症の方が、薬の服用時に、錠剤やカプセルが入っている包装シートを、そのまま飲み込んでしまうといった事故も防ぐことに繋がります。
一包化は調剤薬局で行ってもらえますが、一包化してもらうためには、医師の指示が必要です。調剤料も加算されるため、費用も少しかかります。さらに、処方される薬の種類が、途中で一部変更、あるいは中止となった場合、その種類の薬だけを抜き出す作業をしなければなりません。便利な面が大きい一包化ですが、このよう手間がかかることもあるということを理解しておきましょう。

また、「おくすりカレンダー」や「おくすりポケット」、「服薬ボックス」などは、積極的に活用するようにしましょう。空になった薬の包装シートは捨てずにとっておくと、残りの数が把握しやすいため、より一層管理しやすくなります。

認知症の種類によっては、薬に過敏に反応するものがある

認知症といっても、原因となる疾患はさまざまあり、いくつかのタイプに分けられます。
中でも、「レビー小体」という、特殊なタンパク質が脳内に蓄積されることにより発症する「レビー小体型認知症」は、薬に過敏に反応しやすい「薬剤過敏性」という特徴がみられることがあります。通常の摂取量を下回っても副作用が出てしまうため、どの種類の薬であっても、ごく少量から、十分様子をみながら使用しなければなりません。風邪薬や花粉症の薬の副作用により、1日中寝込んでしまうということもあるように、市販薬にも注意が必要です。服用時は、必ず誰かが付き添うようにしましょう。

レビー小体型認知症では、「物忘れ」よりも、「幻視」や「パーキンソン症状」、「レム睡眠時行動障害」といった特徴的な症状が目立ちます。しかし、薬剤に過敏であるため、症状を改善させるには、どこを治したいか、症状に合わせた薬をピンポイントで処方してもらうことになります
介護者は、薬の副作用を注意深く観察するのはもちろん、それと同時に、症状の改善に最適な量をみつけていくことも大切です。

治療は服薬だけではなく、生活の見直しも大切

認知症の方に処方される「抗認知症薬」は、あくまで進行を遅らせることを目的としたものであり、服用したからといって、認知症が改善されるということではありません。
認知症と診断された後、抗認知症薬を飲んでいながらも、毎日横になっていたり、テレビの前で座っていたりする生活を送っていては、脳の機能は低下していくばかりです。抗認知症薬には、脳の機能低下を一時的に改善したり、脳の神経細胞を守ったりする作用がありますが、目に見えるほどの大きな効果があるわけではありません。日常生活をどうやって過ごすかは、今後の進行具合に大きく影響してきます。「薬を飲んでいるから」といって安心するのではなく、薬以外のことにも目を向け、日常生活全体で治療に取り組む姿勢が大変重要となります。

まとめ

今回は、認知症による「服薬拒否」についてお話させていただきましたが、いかがでしたか。

服薬拒否の解消には、介護者と認知症の方との信頼関係がとても重要になってきます。服薬拒否が現れた際は、慎重に対応するよう心がけなければなりません。
拒否行為はただのわがままではなく、そこに本人の本当の気持ちが隠れている可能性もあります。話は聞き流さず、本人がどのような理由で訴えているのかなどを探るようにしていきましょう。分からないことがあれば、医師や薬剤師に相談するようにしてください。

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