健常者ではないが認知症まではいかない、両者の間に位置している状態を「軽度認知障害(MCI)」といいます。「軽度認知障害(MCI)」は、将来的に認知症に移行する可能性がありますが、あくまで、可能性の話であり、必ずしも認知症になってしまうという訳ではありません。
今回は、認知症の予防、そして、進行を遅らせるためにも、軽度認知障害(MCI)の特徴や、診断された場合の対処法などについてご紹介させていただきます。
軽度認知障害(MCI)とは
軽度認知症(MCI)とは
「物忘れ」などの軽い記憶障害はみられますが、日常生活に支障をきたすほどではなく、認知機能の障害も軽度であり、健常と認知症の中間にあたる状態のことを、「軽度認知障害(MCI:Mild Cognitive Impairment)」といいます。
1.年齢や教育レベルの影響のみでは説明できない記憶障害が存在する。
2.本人または家族による物忘れの訴えがある。
3.全般的な認知機能は正常範囲である。
4.日常生活動作は自立している。
5.認知症ではない。
≪出典≫厚生労働省 生活習慣病予防のための健康情報サイト e-ヘルスネット
厚生労働省によると、軽度認知障害(MCI)と診断された高齢者のうち、年間10~30%の方は認知症に進行すると言われています。
しかし、軽度認知障害(MCI)と診断されたすべての高齢者が認知症へ移行するということではありません。この段階で、適切な対応・治療を行うことにより、認知症の発症を遅らせたり、認知症を発症しないまま正常なレベルに回復したりすることもあります。
特徴
加齢に伴い、脳の機能は徐々に衰えてくるため、ちょっとした「物忘れ」は誰にでも起こり得ることです。軽度認知障害(MCI)の場合、物忘れ等の記憶障害は認められても、日常生活や社会生活に支障をきたすほどではないことから、「加齢による物忘れ」と間違われやすい傾向にあります。この状態を気付かないまま放置していると、1~数年後に認知症を発症するリスクが高くなっていきます。
軽度認知障害(MCI)は、記憶障害がみられる「記憶障害タイプ」と、記憶障害以外の認知障害(見当識の障害、高次機能の障害等)がみられる「非記憶障害タイプ」に分けられます。
この2種類は更に分類することができ、将来的になる可能性が高い認知症を予測することができます。
【記憶障害タイプ】
▶記憶領域のみ障害・・・アルツハイマー型認知症
▶記憶領域及び他の領域の障害・・・アルツハイマー型認知症、脳血管性認知症
【非記憶障害タイプ】
▶記憶以外の単一領域のみの障害・・・前頭側頭型認知症
▶記憶以外の複数の領域の障害・・・レビー小体型認知症、脳血管性認知症
軽度認知障害(MCI)の正確な診断には、病院での診察と専門的な検査が必要となりますが、以下のような症状や兆候が見られる場合には、かかりつけ医や専門医にいち早く相談するようにしましょう。
☑ 同じ質問を繰り返す
☑ 物を置いた場所やしまい忘れが増える
☑ 同じ話を何度もする
☑ 何度教えても覚えられない
☑ 段取りが立てられない
☑ お店でお会計をする際に、小銭が使用できない
☑ 外出時など、身だしなみに気を遣わなくなった など
軽度認知障害(MCI)の検査
軽度認知障害(MCI)を疑うような症状がみられた場合には、「物忘れ外来」や「老年病科」、「脳神経外科」、「精神科」などを受診するようにしましょう。
軽度認知障害(MCI)であるかどうかは、さまざまな検査方法をもとに、総合的に判断することになりますが、 診断の補助となる検査の一つに、「神経心理検査」というものがあります。一般的には、「改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)」や「ミニメンタルステート検査(MMSE)」がよく活用されていますが、これらの検査方法は、軽度認知障害(MCI)の段階では、容易に満点を取ってしまう場合があります。
この軽度認知機能障害(MCI)の診断に有効とされているのが、「MOCA-J(モカジャパン)」という認知機能スクリーニングテストです。約10分という短い時間で、注意機能や集中力、実行機能、見当識、記憶、言語、視空間認知、概念的思考など、多領域の認知機能を評価することができます。より正確な診断を行うためにも、今後、「MOCA-J(モカジャパン)」は普及していくのではないかと考えられています。
「問診」や「神経心理検査」以外に、軽度認知障害(MCI)の診断では、以下のような検査が行われます。
【一般的な身体検査】
血液検査、内分泌検査、胸部X線写真、心電図検査、尿検査 など
【MRI検査、CT検査】
脳の状態を見る検査。脳の萎縮の度合いや脳梗塞や脳腫瘍があるかどうかなどを調べる。MRI検査の方が脳の細部まで明確にみることができるため、アルツハイマー型認知症や脳血管性認知症の判別に役立つが、ペースメーカーや人工関節等がある場合、検査を受けられないこともある。
【SPECT検査、PET検査】
脳の働きをみる検査。SPECT検査は、脳の血流を調べることができ、比較的初期のアルツハイマー型認知症や、脳血管性疾患を判別することが可能。PET検査は、脳の糖代謝の様子を調べることができる。脳のどこの部分の働きが低下しているかが詳しく分かるため、比較的初期のアルツハイマー型認知症を診断することが可能。
【MCIスクリーニング検査】
アルツハイマー型認知症の原因とされているアミロイドベータペプチドの、排除や毒性を弱める機能を持つ、3種類のタンパク質(アポリポタンパク質、補体タンパク質、トランスサイレチン)が、血液中にどのくらい含まれているかを調べることで、軽度認知障害(MCI)のリスクを判定する血液検査。
【脳脊髄液検査】
脳脊髄液を採取し、脳脊髄液に含まれているタンパク質や糖の量、細胞の数や形態を検査し判断する。
軽度認知障害(MCI)と診断された場合の対処法
軽度認知障害(MCI)と診断された場合、すべての方が必ず認知症に移行するというわけではありません。しかし、そのまま放置しておくのは、認知症に移行するリスクを高めることになるため、適切な対処が必要となります。
認知症の発症や進行には、日頃の生活習慣が大きく影響します。軽度認知障害(MCI)と診断された場合、生活習慣の改善や認知機能トレーニングなどを行うことで、認知機能の改善や進行の予防を図ることが可能となります。
1.塩分と動物性脂肪を控えたバランスのよい食事をとる
2.適度な運動を心がけ、足腰を丈夫にする
3.過度な飲酒とタバコをやめる
4.高血圧・肥満など、生活習慣病の予防・早期発見・治療をおこなう
5.転倒に注意する
6.明るい気分で過ごす
7.考えをまとめて表現する習慣を身に着ける
8.いつも若々しさを忘れない
9.周囲には気配り、よい付き合いをする
10.興味と好奇心を大切にする
≪参考≫『認知症にならない、進ませない』
■食事内容の見直し
食生活を整えることは、脳の老化や生活習慣病を防ぐことに繋がります。さまざまな料理に挑戦してみたり、 食材にこだわったりして、食事が美味しく楽しいものになるよう、工夫してみるようにしましょう。慣れない料理を作ってみたり、その日に食べるメニューを考えたりすることなども、脳への刺激になります。最初は自分のできる範囲から始めてみると良いでしょう。
認知症予防に効果的な食品を中心に、さまざまな栄養素をバランスよく摂取できるよう心がけるようにしましょう。
魚の脂には、脳の炎症を抑えてくれる、ドコサヘキサエン酸やエイコサペンタエン酸といった不飽和脂肪酸が豊富に含まれており、認知症の予防に効果的とされています。特に、サバやイワシ、アジなどの青背の魚がおすすめです。
トマトやかぼちゃ、にんじんといった緑黄色野菜、緑茶、コーヒー、赤ワインなどは、強い抗酸化作用があるとされており、認知症の一因とされる〝活性酸素〟の働きを抑える効果が期待できます。活性酸素は、脳の老化を促進させてしまうだけでなく、がんや生活習慣病のリスクを高める原因にもなってしまうため、抗酸化作用のある食品は、普段から意識して取り入れるのがおすすめです。
また、緑茶には、高血圧を防いで脳の神経細胞を保護する働きが、コーヒーには、衰えた脳の神経細胞を回復させる働きが期待できます。
ただし、大量の飲酒は逆に認知症のリスクを高めてしまうため、過度の摂取は控えるようにしましょう。
ひじきやわかめなどの海藻類は、ビタミンB12とカルシウムが多く含まれているため、脳の神経細胞の働きを活発にし、イライラの解消にも役立つとされています。わかめの味噌汁や海藻サラダなどで、毎日摂取するのが望ましいです。
高塩分食は、脳血管性認知症の主な原因疾患である〝脳卒中〟のリスクを高めてしまいます。
赤身肉、ショートニング、マーガリン、チーズ、お惣菜、菓子パン、お菓子、ファストフードなどは、動脈硬化を促進させる飽和脂肪酸やトランス脂肪酸が多く含まれています。なるべく控えるようにしましょう。認知症だけでなく生活習慣病の予防にも繋がります。
人が物を食べると、食物の触感や味、香りなどによって、口腔内のさまざまな感覚神経が刺激されます。さらに、あごを使ってよく噛んで食べることは、消化に良いだけでなく、あごを動かす筋肉や関節も刺激することになります。このように、よく噛んで食べることは、大量の感覚刺激が脳に流れ込むことになるため、脳を活性化し、脳の健康を維持することに繋がります。
■適度な運動を心がける
身体機能の衰えは、認知症のリスクを高めることに繋がります。せっかく長生きしても、認知症や寝たきりになってしまっては意味がありません。適度な運動を習慣づけることは、認知症だけでなく、筋力の低下や循環器系の機能の低下、動脈硬化の予防になります。
認知症の予防としては、手先の運動を行うだけでも、十分な効果が期待できます。
【認知症予防に行う運動のポイント】
ウォーキングや水中ウォーキング、サイクリング、エアロビクス、ヨガなど、ある程度の時間、無理なく続けられる軽い運動のことを有酸素運動といいます。有酸素運動では、心肺機能の向上や血圧の安定、脂肪燃焼、脳細胞の活性化などさまざまな効果が期待できることから、生活習慣病や認知症予防に良いとされています。
今まで車で移動していたところをなるべく減らして歩くようにしたり、散歩の時間を確保するように意識してみたりすると良いでしょう。
ウォーキングを行う際は、万歩計を活用し毎日の歩数を記録しておくと、長続きしやすくなります。お気に入りの散歩コースを探してみるのも良いかもしれません。
無酸素運動など、激しい運動は身体に過度な負荷を与えることになるため、活性酸素が蓄積されたり、持病が悪化したりする原因となります。
運動というと、先ほど紹介したウォーキングやサイクリングなどのスポーツをイメージする方も多いかもしれませんが、手先の運動だけでも認知症予防として十分な効果を期待することができます。趣味として編み物や楽器の演奏、園芸などを楽しむのもおすすめです。ただ、指先を動かせばよいというわけではなく、目的を持って工夫しながら取り組むことも、認知症予防には大切です。
■その他
先ほど、よく噛んで食べることは、認知症予防に効果的であるとお伝えしましたが、実際、残った歯が少ない人ほど認知症になりやすい傾向にあります。特に高齢者は、加齢による「自浄作用」の低下などにより、歯周病にかかりやすく、歯周病は歯を失う最大の原因となります。歯科検診は定期的に受けるよう心がけましょう。
〝会話〟は、ただ、自分が話すだけでなく、相手の話を聞いて理解し、それに対して適切な言葉を選ぶという作業を繰り返すため、脳の活性化に繋がります。
身近な人に話しかけるだけでなく、ボランティア活動などにも積極的に参加して、新しい人と会話をしてみましょう。
認知症のリスクを高める生活習慣病の一つに、糖尿病があります。糖尿病の人は、まだ認知症を発病していない場合でも、健康な人に比べて脳の「海馬」がすでに萎縮していることが分かっています。これは、糖尿病によるインスリン不足などが脳に影響しているのではないかとされています。認知症に移行させないためにも、糖尿病などの生活習慣病の予防を心がけた生活を送るようにしましょう。
タバコには、発がん物質や有害物質、化学物質など、身体に悪影響を与えるさまざまな成分が含まれています。
喫煙を続けると動脈硬化が促進されるだけでなく、活性酸素も増えるため、認知症になりやすくなると言われています
軽度認知障害(MCI)は軽い認知症のことではない
「軽度認知障害(MCI)」のことを〝軽度の認知症である〟と認識している方が多いのではないでしょうか。
しかし、「軽度認知障害(MCI)」は〝認知症〟ではありません。「軽度認知障害(MCI)」は、定義に〝認知症ではない〟という事項が含まれているため、実際には、認知症になる確率が高い「認知症予備軍」のことを指しています。
認知症は突然発症するものではなく、長い期間を経て徐々に進行していきます。「アルツハイマー型認知症」は、原因といわれている「アミロイドβ」が、数十年かけて脳へ蓄積され、認知症を発症する数年前から、「物忘れ」などの記憶障害が目立つようになります。
しかし、この段階では、まだ、すべての認知機能は保持されており、日常生活や社会生活に大きな支障がでることはありません。多少、物忘れがあったとしても、メモを取っておくなどの対策で問題なく暮らすことができます。この、認知症になるかならないかの状態を、「軽度認知障害(MCI)」といいます。
早期の段階で行う認知症予防の適切な対応と、正しい介入・介護は、今後の生活の質に大きく関わってきます。
「軽度認知障害(MCI)」の段階であれば、自分の記憶障害を自覚することができるため、認知症の発症を予防するための心構えをもって、生活習慣の改善に取り組むことができます。
「軽度認知障害(MCI)」は、診断されたからといって、必ず認知症になるというわけではなく、対策次第では、認知症から逃げ切る可能性もあるということです。
まとめ
今回は、「軽度認知障害(MCI)」についてお話させていただきましたが、いかがでしたか。
「軽度認知障害(MCI)」という診断は、いずれ、認知症になる可能性があるということです。しかし、「軽度認知障害(MCI)」には、認知症の発症や進行を遅らせる対策を行う時間があります。
早期発見できたことを前向きにとらえ、適切な治療や対策に繋げられるようにしましょう。