介護者を困惑させてしまうこともある「被害妄想」は認知症の代表的な症状の一つです。被害妄想は、本人の思い込みが非常に強いため、周囲が否定すると、認知症の症状が余計に悪化する原因となります。
また、家族など身近な人が被害妄想の対象となりやすいため、介護者を悩ませる症状の一つといえます。
今回は、認知症によって現れる妄想の種類や、被害妄想の対処法などについてご紹介します。

目次

認知症による被害妄想とは

事実でないことを本気で思い込む「妄想」は、「財布を盗まれた」「配偶者が浮気をしている」「食べ物に毒を盛られた」といった被害的なものが多く、本人は強い確信を持っているため、周囲が否定しても、妄想の内容を修正することができません。
認知症の方は、認知機能が低下しても、「感情」の部分は比較的保たれています。そのため、「今朝のことが思い出せない」、「つい最近までできていたことができなくなる」、「言葉が伝わらず、自分の気持ちを伝えることができない」といった自分の異変に、本人は、大きな不安や恐怖、怒り、孤独感、劣等感などを感じています。
認知症による被害妄想は、こういった自分の現状に対する不満やストレス、あるいは周囲に助けを求めたいという気持ちから生じると考えられています。この気持ちは、無意識に身近な人に向けられるため、実際に本人の介護をしている家族や介護職員の方が、被害妄想の対象となることが多い傾向にあります。
また、認知症による記憶障害は、加齢による記憶障害とは異なり、体験したことそのものを忘れます。本人には〝忘れている〟という自覚がないため、家族からそれを指摘されても理解することができません。
結果的にマイナスな感情だけが残ってしまい、身近な家族などに向けて被害妄想が現れることがあります。

介護している側からすると、「なぜこんなに一生懸命介護しているのに、加害者扱いされなければならないのだ」と、やりきれない気持ちになる方も多いと思いますが、被害妄想が現れる背景には、本人のさまざまな感情や本当の思い、生い立ちなどが影響していると考えられています。

認知症による妄想の種類

認知症の症状として現れる「妄想」には、主に以下のような種類があります。

【物盗られ妄想】
「誰かに物を盗まれた」と思い込んでしまう「物盗られ妄想」は、認知症によって現れる「被害妄想」の中でも、特に多くみられる症状になります。
本人は、認知症による記憶障害などによって、物を置いた場所や、物を移動させたこと自体を忘れてしまいます。そのため、自身の記憶障害を認めたくない気持ちや、物盗られ妄想が起きる前から抱えている不安感などが影響し、結果的に、「財布が盗まれた」「お金をとられた」「鍵を隠された」と、被害妄想の対象となっている人物、あるいはその周囲の人に訴えるようになります。

【見捨てられ妄想】
「物盗られ妄想」に次いで多いとされるのが、「見捨てられ妄想」です。比較的、判断力が保たれている時期に起こりやすく、認知症の進行とともに「周りに迷惑をかけている」と負い目を感じるようになることが、このような症状を引き起こす原因となります。

【迫害妄想】
周囲が自分を攻撃しようとしていると思い込んでしまう妄想です。普段の様子を知らない警察、福祉施設などの公的機関に、家族や介護職員から暴言・暴力を受けていると本人が訴えてしまい、実際は違うにもかかわらず、介護者が虐待を疑われてしまうトラブルに繋がることもあります。
認知症になると、周囲の反応や環境に非常に敏感になります。家族や周囲の方が、本人に対する接し方がぎこちなかったり、不安そうに接していたりすると、本人は「悪口を言われている」「自分をのけ者にしようとしている」などと思い込み、結果的に迫害妄想に繋がると考えられます。
また、自身の抱えている「怒り」や「不安」といった感情自体を、周囲が自分に向けている感情であるという認識にすり替わってしまうことが原因になる場合もあります。

【嫉妬妄想】
「配偶者が介護職員と浮気をしている」などと思い込んでしまう妄想です。こんな自分を認めたくない、自分が見捨てられてしまうのではないかといった強い不安感や孤独感が背景にあると考えられています。

【替え玉妄想】
あまり多くはないですが、家族が偽物であると思い込んでしまう妄想が現れる方もいます。家族に側にいてほしいという本人の思いや、認知症による記憶障害が原因とされています。

【テレビ妄想】
現実とテレビの世界の区別がつかなくなり、メディアが報じていることが家の中で実際に起きたことと思い込んでしまう妄想です。

【毒盛られ妄想(被毒妄想)】
自分に提供される食事に毒が盛られていると思い込んでしまいます。家族が作った料理にすら手を付けなくなってしまうため、食事拒否や服薬拒否に繋がります。

また、うつ病と間違われやすい「アルツハイマー型認知症」ですが、妄想の種類で比べると、アルツハイマー型認知症では、「物盗られ妄想」や「嫉妬妄想」といった被害妄想が目立つのに対し、うつ病では、「心気妄想」や 「罪業妄想」、「貧困妄想」の症状が現れやすい傾向にあります。

■うつ病による妄想の種類
・心気妄想…疾患がないにもかかわらず、自分が病気だと思い込む妄想。
・罪業妄想…自分は重罪人だと思い込む妄想。
・貧困妄想…経済的に問題があるわけではないのに、自分はとても貧しいと思い込む妄想。

認知症による被害妄想の対処法

●否定はせず、冷静に対処する

認知症の被害妄想により、特に加害者扱いされてしまった家族や周囲の方は、妄想の内容を否定したくなる方がほとんどだと思います。しかし、本人からすると、本当にあったことを周囲にただ訴えているだけなので、周りから否定されると、自分の言っていることを信じてもらえないことに不安や怒りを感じ、症状が余計悪化してしまう原因になります。
被害妄想が現れた場合には、まず、本人の話に、否定も肯定もせず、耳を傾けてあげることが大切です。そこに、被害妄想の原因となっている、本人の本当の思いを知るヒントが隠れている場合もあります。
「それは大変ですね」「困りましたね」というふうに、相槌を打ちながら話を聞くようにすると、本人も「この人は自分の気持ちを分かってくれている」という安心感を覚え、被害妄想が落ち着く場合もあります。

●しばらくの間距離をとる

被害妄想により本人が激しく混乱している場合、その被害妄想の対象となってしまった方は、本人の様子が落ち着くまで、しばらく距離をとるという方法もあります。本人のことを大切に思い、一生懸命介護をしているのにもかかわらず、被害妄想の対象となってしまえば、介護者が思わず感情的に対応してしまうのも仕方のないことです。
しかし、先ほどからお伝えしているとおり、妄想を否定したり怒ったりすることは、状況が余計に悪化してしまう原因となります。ここは、介護する方が平常心を保つためにも、一旦距離を置くのも有効な手段の一つです。

●代わりになるものを渡す

「物盗られ妄想」は、お金や財布、通帳、印鑑、保険証、鍵、指輪といった貴重品類が盗まれた対象になることが多い傾向にあります。
物盗られ妄想が現れ、「お金を盗まれた」と本人が訴えている場合には、「すみません、さっき急な用事でお借りしました」といってお金を渡すことで、求めている額が大金でない限り、物盗られ妄想が落ち着くケースもあります。
また、通帳や保険証などであれば、似せた物を代わりに作り、本人に渡してみるという方法もあります。

●認知症であることをあらかじめ周囲の人に相談しておく

特に認知症初期の頃は、本人が認知症であることに周囲が気付いていないケースがほとんどであるため、本人の話(被害妄想)を真に受けてしまう方もいます。認知症であることを知らない親戚や近所の方などには、変な誤解をされ大きなトラブルになるのを防ぐためにも、あらかじめ本人のことは説明しておくようにしましょう。周囲が認知症への理解を深めることにも繋がります。

●一人で抱え込まず、周りに相談する

「これは認知症の症状である」と理解していても、自分を否定されるような言葉は、介護をしている側にとってはやはり辛いものです。一人で抱え込まず、なるべく誰かに相談するようにしましょう。
特に、仕事との両立が難しいなどの理由で、介護離職をした方は社会から孤立しやすく、介護に関する悩みを一人で抱え込んでしまう方も多くいます。相談できる家族や親戚、友人などが身近にいない場合には、担当のケアマネジャーや地域包括支援センターに話を聞いてもらったり、介護者同士で集う「家族の会」などに参加してみたりして、普段から相談できる相手や自分の状況を理解してくれる方を見つけておくと良いでしょう。

妄想などの周辺症状は、置かれた状況によって良くも悪くもなる

認知症になるとさまざまな症状が現れるようになりますが、それらは、「中核症状」と「周辺症状(BPSD)」の2つに分類することができます。
「中核症状」は、脳の障害が直接の原因となって現れるもの(記憶障害や見当識障害など)で、認知症の本質的な症状であり、認知症の進行とともに悪化していきます。
それに対し、「周辺症状(BPSD)」では、中核症状によってもたらされる不自由さや日常生活で感じるストレス、それに加え、本人が置かれた状況や環境によって現れる症状が異なります。
つまり、「中核症状」と「周辺症状(BPSD)」は、概念が全く異なるといえます。

認知症の症状が、なぜ「中核症状」と「周辺症状(BPSD)」に分けて考えられているのかというと、これらの2つの症状に対し、周囲の方がとる対応や心構えなどが、それぞれ全く異なるからです。
認知症になると必ず現れる「中核症状」は、介護の内容を見直したり、トレーニングを取り入れたりしても、症状の改善を望むことはできません。中核症状は、症状の進行を抑えることをメインとしながら、それによって生じる不都合を、周囲がさりげなくサポートしていくことが大切です。

一方、二次的に生じる「周辺症状(BPSD)」は、中核症状とは異なり、周りにいる方の対応次第で症状が緩和する可能性があります。「周辺症状(BPSD)」に分類される症状としては、介護者の頭を悩ませる「妄想」や「徘徊」、「暴言・暴力」、「作り話」などがあります。認知症の方は、自分の訴えたいことを相手に伝えるのが苦手なため、心の叫びが背景となって現れている症状であると言われています。
認知症の重症度とは関係なく、本人がその時、置かれた状況によって、状態が良くも悪くもなるのが「周辺症状 (BPSD)」の特徴ですので、介護者の心配り一つで、本人の状態が左右されると言っても過言ではありません。

まとめ

今回は、認知症による「被害妄想」についてお話させていただきましたが、いかがでしたか。

認知症によって現れる「被害妄想」は、本人にとって身近な人で、頼りにしているはずの方が疑われてしまうケースが多いため、介護する側も感情的になりそうな場面が多くあると思います。しかし実際は、認知症の方の本当の思いが「被害妄想」となって現れているため、介護者自信を否定しているわけではありません。難しいことではありますが、とにかく冷静に対処するよう常に心がけ、周囲にも頼りながらうまく付き合っていくようにしましょう。

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