認知症治療の一つに薬を使わない回想療法があります。リハビリ療法に含まれる回想療法は、薬物治療と併用することにより、脳の活性化を促し、周辺症状を軽減する効果が期待できます。取り入れている介護施設も多く、現場では、認知症の方のQOL(生活の質)の向上にも役立てられています。
今回は、介護施設だけではなく自宅でも行える「回想療法」の効果・やり方などについて、ご紹介させていただきます。

目次

認知症のリハビリ療法

認知症治療には、薬を使用しない非薬物療法の「リハビリ療法」があることをご存知でしょうか。
「リハビリ療法」というと、通常、「本来あるべき状態への回復」を目的として行われる「歩行訓練」などのリハビリ療法をイメージする方が多いかもしれません。
しかし、認知症の「リハビリ療法」は、「症状の進行を遅らせるための予防的処置」を目的として行われています。
身体を動かす・物事を想像する・何かに触れる・他者とコミュニケーションをとり、五感(視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚、)が刺激され、脳の細胞が活性化されます。この活性化によって、身体機能の維持・向上や、周辺症状の軽減、自発性・活動性の向上を図ります。

認知症のリハビリ療法には、以下のような種類があります。

【回想療法】
昔の写真やよく使用していた道具などを元に、過去の楽しかった出来事を思い出し、語り合うことで、脳を刺激します。

【バリデーション】
アメリカで考案された、認知症の方とコミュニケーションを図るための方法のひとつです。本人が抱えているマイナスな感情の表出をあえて促し、その感情に聞き手が共感することにより、本人が抱えているストレスや不安が軽減されます。特に、「暴力」や「徘徊」といった周辺症状に効果的といわれています。

【音楽療法】
子供の頃によく歌っていた曲や当時流行っていた懐かしい曲を聴いたり、楽器を演奏したりすることによって、リラックス効果を得ることができます。特に歌唱は、発声によって喉や腹筋を使うため、嚥下機能の改善や軽い運動にもなります。

【芸術療法(アートセラピー)】
絵を描いたり、造形物を作ったりします。完成品をイメージしながら手を動かし、創作した物を評価されることにより、脳の活性化や精神的な安定を促します。

【園芸療法(ガーデンセラピー)】
自宅や施設の庭・畑で草花を育てるなど、自然と触れ合い、植物の成長や開花を楽しみに感じたり、目的を持って身体を動かしたりすることで、心身の健康の維持・改善や、活動性・自発性・身体機能の向上を図ります。

【動物療法(アニマルセラピー)】
犬や猫などの動物と触れ合うことにより、ストレスが軽減されたり、「何かしてあげたい」、「世話をしなくてはならない」という使命感や、「頼られている」という責任感が生まれ、自分が必要とされているという自信を取り戻したりすることができます。

【化粧療法(メイクセラピー)】
メイクセラピー検定の資格を持った方や、介護者とともに、メーキャップやスキンケア、ハンドケアなどを行います。
身だしなみに自信がつくことで、自己肯定感が増し、ポジティブなコミュニケーションをとれるようになります。
また、本人自らメイクに挑戦することが、身体的にも良い影響を与えます。

リハビリ療法は、主にデイサービスで作業療法士などによってプログラムが組まれ行われていますが、自宅で取り入れることも可能です。どのリハビリ療法が向いているかは人によって異なるため、まずは、ボランティア団体が主催している会などに一度参加してみて、本人の趣味や嗜好に合いそうであれば、家で実践してみると良いでしょう。

リハビリ療法と薬物療法は、どちらが良いのかというのではなく、両方をバランスよく併用していくことが大切です。どちらも、
症状が劇的に改善するというわけではありません。薬物療法で認知症の症状を抑えながら、リハビリ療法でQOLの向上を目指しましょう。

回想療法とは

ここでは、認知症のリハビリ療法の一つである「回想療法」をご紹介させていただきます。
回想療法は、昔の写真や玩具(けん玉、駒、めんこ、あやとり、ベーゴマなど)、よく使用していた家庭用品などを用意し、それを元に過去の思い出を語り合うことにより、脳を活性化させる心理療法の一種です。
この手法は、1960年代、アメリカの精神科医であるロバート・バトラーによって開発されました。もともとは、高齢者のうつ病の治療法として導入が進められていましたが、今では、認知症の非薬物療法の一つとして位置づけられており、世界中で臨床・実践および研究が展開されています。近年では、認知症予防の効果も期待されており、特別な資格も必要なく、誰でも気軽に行えることから、日本でも、認知症の方へのアプローチ方法として、一般的になりつつあります。
認知症の方は、記憶を司る脳の部分が障害を受けることにより、最近の記憶を保持することが難しくなりますが、遠い過去の記憶は比較的抜け落ちにくいという特徴があります。回想療法では、その特徴を利用し、馴染みのある思い出の品を見たり触れたりしながら、懐かしい思い出や楽しい思い出を他人と共有する、あるいは、 過去を回想し、人生の意味や価値を再発見することにより、自分自身を肯定的に捉えることができます。結果的に認知機能の改善や情緒の安定、コミュニケーション能力の回復・向上を図ることに繋がります。
回想療法には、「個人回想法」と「グループ回想法」があります。介護施設などでは、作業療法士や臨床心理士が中心となり、グループ単位で行われることが多いのですが(グループ回想法)、個人でも実践することは可能です(個人回想法)。

回想療法の効果

回想療法がもたらす効果は、具体的には、〝内〟と〝外〟の2つに分けることができます。
ここで言う〝内〟とは個人、又は個人の内面に与える影響を、〝外〟とは社会や対人関係など、外に与える影響を意味します。

【個人、個人内面への効果】
▶自我の形成
▶自分自身を快適にします。
▶自尊感情の高まり        など

【社会的、対人関係的、対外的世界への効果】
▶対人関係の進展
▶世代交流の促進
▶新しい環境への適応       など

認知症の方は、記憶を保持する能力が低下しても、喜怒哀楽などの感情は失われにくいといわれています。本人は、日々できないことが増えていく自分に対し、「不安」や「恐怖」、「情けない」といった感情を抱いたり、人とのかかわりがなくなることにより寂しさを感じたりするなど、情緒も不安定になりがちです。
回想療法では、昔のことを思い出すだけではなく、それを言葉にして互いに語り合ったり、相手の話を聞いたりすることで、脳が刺激を受けるため、認知症の方の活動性や自発性などの向上を図ることができます。他者とコミュニケーションをとることで、不安な気持ちも和らぎますし、自分の話を聞いてもらえるという満足感も得られるでしょう。
また、認知症になると、現在の日時や場所、人物などが認識できなくなる「見当識障害」がほとんどの方に現れます。
時間の感覚が分からなくなることで、過去と現在の認識も困難となり、混乱する様子が多くみられますが、回想療法により自身の過去を回想することによって、時間の流れが掴みやすくなったり、明日のことを考えるきっかけになったりします。

回想療法のやり方

回想療法は、本人の過去の思い出を引き出し、認知機能の改善や低下の予防、情緒の安定などを図る手法です。
ただ思い出話を語ってもらえれば良いというものではありません。回想療法を取り入れる場合、特別な資格は必要ありませんが、本人のプライバシーにもかかわってくることであるため、実施する場合は、事前の準備が非常に重要となります。

 ■回想療法を実践する際の心構え

・回想療法に参加する方全員が、話の内容を他言しない
特にグループ回想法の場合ですが、回想療法は、その場で語られた内容を他人に口外しないということを原則に、実施する必要があります。

・語り手や登場人物の尊厳を守る
今後の介護に生かすため、語り手が回想した内容を、家族や他のスタッフに伝えることがあります。そのため、情報を共有することに関して、本人や家族から、事前に合意を得ておく必要があります。
また、語り手が、回想の中で、自身の家族や友人の尊厳にかかわるような内容を話すことがあります。回想療法では、語り手の話を途中で遮ったり、否定したりすることはできないため、話の中に出てきた人物の尊厳を守るための、最大限の配慮が必要となります。実施する側(聞き手)がネガティヴな反応を示してしまうことは、絶対に避けるようにしましょう。

 ■回想療法を実施する前の準備

1.資格が必要というわけではありませんが、特に個人で回想療法を導入する場合や、初めて実践するという場合には、十分な知識や技術の習得が必要となります。研修会などに参加し、回想療法の理解を深めます。

2.プライバシーに配慮しながら、参加者の情報を調査します。その際に、触れられたくない話題などをできる限り調査するようにしましょう。
また、本人に、ある程度のコミュニケーション能力や聴覚がないと、回復療法の効果を発揮することができません。心身の状況などもしっかり把握しておくようにしましょう。

▶基本情報(氏名、生年月日、性別、現住所、結婚の有無、離婚歴(理由含め)など)
▶経歴(学歴、職歴(志望していた学校や職種含め)など)
▶家族構成(兄弟の人数、家族構成(結婚前・結婚後)、家庭内での役割など)
▶心身の状況(持病、病歴、最近の体調、視力・聴力など)
▶性格(趣味、特技、関心のあること、こだわりのあること、好きなこと、嫌いなこと、口癖、生活のパターンなど)・過去の出来事(ショックだった出来事、人生の転機など)

 ■回想に必要な道具

・昔の写真、映像
・本
・新聞
・よく聴いていた音楽
・当時流行っていた歌
・使い込んだ生活用品
・子供の頃遊んでいた玩具 など

道具を見たり、道具に触れたりすることによって、五感が刺激され、昔のことを思い出しやすくなります。昔よく食べていたお菓子や、当時住んでいた土地の名産品など、馴染みのある食べ物を出してみるのも良いでしょう。

 ■回想療法の実践方法

1.テーマを決めます(子供時代の遊び、学校の思い出 など)
2.テーマに沿った内容で、約1時間実施します
3.回想終了後は、話の内容を振り返りながら、個人記録(回想内容や発言回などの記録)をつけます
4.アセスメント・ツールなどを用いて、回想療法が有効であるかを検討する
5.今回の結果をケアプランに反映させ、今後のケアの質の向上に役立てる

回想療法の注意点

・本人が触れてほしくない話題には触れない
事前に本人が触れてほしくない話題や、触れてほしくないであろう話題をみつけておくようにしましょう。ただし、事前の調査だけで、参加者1人1人のすべてを把握しておくことは難しいため、実践中は参加者の表情やそぶり、話し方に常に配慮するようにし、語り手が話したくないそぶりを少しでも見せた場合には、話題を変えるようにしましょう。

・無理強いしない
何かを思い出すということは、特に認知症の方にとっては、とてもエネルギーを必要とすることです。疲れたような様子が見られた場合には、無理して続けず、話のきりが良いところで終わらせるようにしましょう。

・話す内容が変わっても、そのまま受け止める
認知症の方に限らず、誰でも、過去のことを正確に思い出すことは困難なことです。さらに、その時の参加者や本人の気持ちの変化などにより、回想される内容が以前とは異なるケースもよくあります。周囲は、訂正や否定をせず、そのまま受け止めることが大切です。

・気持ちの切り替えができる終わり方を
回想は、楽しい内容のものばかりではなく、苦しかった過去を思い出しながら話すこともあります。回想療法だけに限ったことではなく、心理療法では、終わり方、いわゆる「クロージング」がとても重要となります。最後は、参加者が、希望のもてるような話題で締めるなど、気持ちの切り替えができる終わり方を心がけるようにしましょう。

まとめ

今回は、認知症の「回想療法」についてお話させていただきましたが、いかがでしたか。

認知症のリハビリ療法の一つである「回想療法」は、認知機能の維持・改善に加え、精神面を安定させる効果も期待できます。
ただし、実践するには、ご紹介したように参加者や話の中で登場した人物への配慮が必要です。「回想療法」の最後は、参加者全員がポジティブな感情で終わるよう、事前準備は十分に行うようにしましょう。

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