認知症の方の運転は、法律上禁止されています。ニュースなどで高齢ドライバーによる車の事故が目立っており、〝高齢者の運転による死亡事故〟は、近年、社会問題にもなっています。高齢者の方は、たとえ認知症ではなかったとしても、加齢に伴う認知機能や身体機能の低下などにより、交通事故のリスクが高くなる傾向にあるため、最近は「免許の自主返納」をする方も増えてきています。
今回は、認知症高齢者による「車の運転」の危険性や対策などについてご説明していきたいと思います。
高齢者による車の運転の危険性
警察庁の2019年上半期(1月から6月まで)の全国の交通死亡事故の発生状況によると、75歳以上・80歳以上の高齢運転者による死亡事故件数は、2009年から10年間で見ても、ほぼ横ばいの状態が続いており、大きな増加はありませんでした。
しかし、運転免許証を持っている人の10万人当たりの死亡事故件数(高齢者の人口が多いというのは関係なく比較できる)をみてみると、75歳未満の運転者が「1.4件」なのに対し、75歳以上の運転者はその約2倍、80歳以上の運転者は3倍になっています。これは毎年の死亡事故件数状況と比較してもあまり変動することありません。年齢が上がるほど事故を起こすリスクが高くなるということが分かります。
また、自動車運転者による死亡事故の人的要因比較を見てみると、「75歳以上の高齢運転者」は「ハンドルの操作不適」や「ブレーキとアクセルの踏み間違い」といった「運転操作のミス」が34%を占めており、「安全不確認」や「前方不注意」などの要因に比べて突出しています。
これに比べて、「75歳未満の運転者」では「運転操作のミス」が要因となっている死亡事故は12%であることから、加齢に伴う「認知機能の低下(判断力の低下)」や、「運転技術の衰え(体力や筋力の低下)などといった高齢者特有の背景が「運転操作のミス」あると考えられます。運転経験が長いことから、年齢とともに衰えてくる体の変化に気づかず、技術も過信しやすい傾向にあるため、運転中の操作や確認が疎かになりやすいことも「運転操作のミス」による事故が多い原因の一つと言えるでしょう。
■高齢に伴う事故のリスク
〔身体機能の低下〕
・体力や筋力の低下により、ハンドルやアクセル、ブレーキの正確な操作が難しくなる。
・静止視力、動体視力、色彩識別能力、聴力の低下などにより、運転中に入ってくるさまざまな情報(信号機、道路標識、歩行者や他車の動き など)を瞬時に得ることや、正しい判断・対応が困難となる。
・認知機能の低下(判断力や理解力などの低下)により、予測していない事態が起きた時などに、適切な判断や対応ができなくなる。
また、警察庁が公表した「平成29年における交通死亡事故の特徴等について」によると、死亡事故を起こした 「75歳以上の高齢運転者」のうち、直近の認知機能検査の結果が、「認知症のおそれがある」または「認知機能低下のおそれがある」であった割合が約49%を占めています。これは、平成27~29年中の認知機能検査受検者の約32%という結果よりも割合が高いため、高齢運転者の死亡事故は認知機能の低下が影響を及ぼしているということが考えられます。
相次ぐ高齢ドライバーによる事故を受け、警察庁は、2017年3月に道路交通法を改正。75歳以上のドライバーの方は、免許更新の際、高齢者講習の前に認知機能検査を受けることが義務付けられました。
認知機能検査では、「時間の見当識」・「手がかり再生」・「時計描画」という3つの検査項目があり、検査後の採点に応じて、下記のいずれかに判定されることになります。
第1分類 「記憶力・判断力が低くなっている(認知症のおそれがある)」
第2分類 「記憶力・判断力が少し低くなっている(認知機能の低下のおそれがある)」
第3分類 「記憶力・判断力に心配がない(認知機能の低下のおそれがない)」
認知機能検査の判定が「第1分類」であった場合、臨時適性検査、または医師の診断を受けなければなりません。この臨時適性検査や医師の診断により「認知症」と認められた方は、「免許停止」、臨時適性検査や医師の診断で認知症と認められなかった場合は、2、3時間の高齢者講習を受講し、免許を更新することになります。
認知症ドライバーによる事故の原因
加齢による身体機能の低下や認知機能の低下は誰にでも起こるもので、健常者であっても、高齢者の運転はさまざまなリスクを伴います。
後天的な脳の障害によって引き起こされる「認知症」は、進行具合に個人差はあるものの、日常生活や社会生活に支障をきたすほど、認知機能が著しく低下していきます。
認知症高齢者による車の運転は、法律上禁止されており、認知症と診断された場合には、〝免許停止〟となります。
■認知症の種類ごとの事故のリスク
・アルツハイマー型認知症
アルツハイマー型認知症は、記憶に関する「海馬」を中心に脳全体が徐々に委縮していきます。初期の頃から「記憶障害」や「見当識障害」が目立つようになるため、行き先を忘れる、道に迷いやすくなる、行き慣れた場所であるにも関わらず違う方向へ運転するといった行動が目立つようになります。視空間認知障害や注意障害による擦り傷や破損、他車の進路を妨害するノロノロ運転をして接触事故を起こすといった例もみられます。
・脳血管性認知症
脳血管障害が原因で起こる脳血管性認知症は、脳のどこの部分が障害されるかによって現れる症状は異なります。
脳卒中の後遺症として、手足の麻痺や視野の欠損などがある場合、運転の操作ミスや半側空間無視などによる巻き込み事故の原因となります。
・レビー小体型認知症
レビー小体型認知症では、特に初期の頃は、「記憶障害」や「見当識障害」は比較的目立たないことから、アルツハイマー型認知症のように、〝道に迷う〟といったことは少ない傾向にあります。しかし、パーキンソン病のような運動障害(手の震え、歩行障害、筋肉の収縮など)や、錯視・幻視といった特有の症状が現れるため、運転の操作に支障をきたしたり、道路の白線が歪んで見えてしまうことで走行車線からはみ出したりするなど、危険な運転が目立つようになります。
・前頭側頭型認知症
前頭側頭型認知症では、理性や人格、感情、思考などを司る「前頭葉」や、言葉を理解したり記憶したりする「側頭葉」の部分を中心に脳が委縮していくことから、「物忘れ」といった記憶障害よりも、性格の変化や異常行動が顕著に現れます。車の運転では、信号無視やスピード違反といった、反社会的・反道徳的行動や、同じ時間に同じ道をいつまでも走り続ける常同行動が例として挙げられます。
認知症は、認知症の原因疾患により、現れる症状の特徴もそれぞれ異なります。しかし、どのタイプの認知症も、運転に与える影響は大きく、大きな事故を引き起こしてしまうリスクがあります。
認知症の疑いがあっても、運転を継続しているという高齢者もいることから、道路交通法の改正や、免許の取り消し・自主返納の促進は、高齢化の進んでいる世の中の意識を変えることにも繋がります。
また、認知症でなくても、高齢者による車の運転は、事故のリスクが高い傾向にあることから、認知機能の低下を自覚した際は、免許を自主返納することが望ましいでしょう。
認知症の家族に車の運転を止めてほしい場合の対処法
認知症の方に車の運転を辞めさせることは、容易なことではありません。特に、バスや電車等の交通の便があまり良くない地域では、買い物や病院などに行く際、移動手段は車になるため、運転免許の自主返納に消極的な方がいるのも事実です。
車の運転が好きという方や、アルツハイマー型認知症のように、〝自分は認知症である〟という病識が本人にない場合、あるいは、症状が軽度~中程度の方で、特に身体症状が目立たないと、運転することに危険性を感じず、免許の返納を拒む方もいるようです。
認知症の家族に車の運転をやめさせる対処法としては、主に以下の通りになります
ただ「運転をやめてほしい」と言っても、本人はすぐには納得しません。「このまま運転を続けた場合、どういう問題が起こるのか」、「なぜ運転をやめてほしいのか」といった点について、本人と家族で十分に話し合いを行うようにしましょう。大切なことは、周囲が認知症である本人のことをとても大事に思っていることを伝えることです。安全面や、万が一加害者になってしまった場合の心配なども本人にしっかり伝え、車の運転をやめた後の代わりの交通手段について具体的に決めておくことなどです。息子や娘、孫などから話をすると、言うことを聞いてくれる場合があります。
本人がなかなか運転をやめようとしない場合には、医師や医療関係者の方に代わりに説得してもらうという方法もあります。警察署や交番でも、事情を話すと、本人に直接言ってもらうことができるようです。家族の言うことは聞かなくても、いつも診察してもらっている医師や、警察関係者の方からの説得には素直に応じることがあります。
また、実際に免許を自主返納した人に説得してもらうのも良いかもしれません。免許を返納することにより感じたメリットや、エピソードなどを伝えることで、聞いた本人も、「自分も運転をやめようかな」と考えてもらうきっかけになります。
「病気だから運転は無理」、「もう歳だから運転はやめて」というように、本人のプライドを傷つけてしまうような言い方で運転を止めようとすると、逆効果です。特にプライドが高い性格の方は、車の運転を無理に続けようとする可能性もあります。
車の鍵を隠す、車を別の場所に移動させる、車を処分するといった方法は逆効果であり、本人が、「車を盗もうとしている」と被害妄想を起こしてしまうきっかけにもなるため、あまりおすすめではありません。これは、さまざまな方法を試しても車の運転をやめてくれない時の、最終手段として考えてください。
その代わり、買い物や病院に行く際は、家族が送迎をする、介護タクシーを利用できるようにするなど、代替え手段を必ず用意しておくようにしましょう。
デイサービスの利用や短期入院などが、運転をやめるきっかけになることもあります。
ただし、デイサービスを利用する際は、要介護認定(要支援認定)を受ける必要があります。
趣味や習い事として、高齢者向けの教室を受講してみるのも一つの方法です。別の楽しみを教えることで、車の運転に意識がいかなくなるきっかけにもなります。
免許更新前に行う高齢者講習
高齢者の方は、免許を更新する前(70歳から74歳までの方の免許更新)に、高齢者講習を受講する必要があり
ます。この高齢者講習を受講しなければ、運転免許証の更新はできません。高齢者講習を受けられる期間は、更
新期間満了日(誕生日の1か月後の日)の6か月前から更新期間満了日までです。
また、高齢者講習は予約制であるため、郵送されてくる「講習のお知らせ」はがきを受取次第、講習予約をする必要があります。
高齢者講習には、以下の種類があります。
■高齢者講習
高齢者の免許更新時に受ける一般的な講習です。交通規則や安全運転に関するビデオの視聴や、動体視力・夜間視力の測定、実技などを行います。試験ではないため、講習を受ければ必ず修了証書(高齢者講習証明書)が交付されます。
※住所のある都道府県のみ受講可
※高齢者講習証明書は免許更新時に必要
■シニア運転者講習
住所地以外でも受講できる講習。講習の内容は、高齢者講習と同じです。
■チャレンジ講習
教習所コース内を、普通車に乗って運転する講習(試験)。評価点が70点以上の場合は合格となります。簡易講習を併せて受講することにより、高齢者講習に代えることが可能です。
■特定任意高齢者講習(簡易講習)
チャレンジ講習で評価点が70点以上取れた場合に受講できる講習。
■運転免許取得者教育
運転技術の向上等を目的にした講習。受講することにより、高齢者講習が免除されます。
また、免許更新時における高齢者講習等の基本的な流れは、以下の通りになります。
■75歳未満の場合
2時間(合理化)講習
↓↓
免許更新
■75歳以上の場合
認知機能検査の予約・受験
↓↓
・第1分類と診断された場合、医師の診断書または臨時適性検査が必要
・第2分類、第3分類と診断された場合、3時間(高度化)講習を受け、そのまま免許更新となる
↓↓
・医師の診断または臨時適性検査により認知症と診断された場合は、運転免許の取消し等の行政処分の対象となる
・認知症と診断されなかった場合は、3時間(高度化)講習を受け、免許更新となる
■75歳未満の場合
2時間(合理化)講習
↓↓
免許更新
■75歳以上の場合
認知機能検査の予約・受験
↓↓
・第1分類と診断された場合、医師の診断書または臨時適性検査が必要
・第2分類、第3分類と診断された場合、3時間(高度化)講習を受け、そのまま免許更新となる
↓↓
・医師の診断または臨時適性検査により認知症と診断された場合は、運転免許の取消し等の行政処分の対象となる
・認知症と診断されなかった場合は、3時間(高度化)講習を受け、免許更新となる
自主返納のすすめ
1997年の道路交通法改正により、免許の自主返納制度が導入され、自分の身体機能の低下などを自覚し、運転に不安を感じた方は、自主的に免許証を返納することができるようになりました。
「自動車免許の返納」は、高齢者ドライバーによる悲惨な事故が相次いだのをきっかけに注目されるようになり、近年は、高齢者の運転免許の自主返納者数も増えてきています。
運転免許証がなくなることで身分証明できるものがなくなってしまうと心配される方もいますが、令和元年の道路交通法改正により、運転免許の失効者も、運転経歴証明書の交付申請が可能となりました。
警察庁の「運転免許の申請取消(自主返納)件数と運転経歴証明書交付件数の推移(平成31年2月25日)」によると、平成24年、交付後の経過年月にかかわらず、本人確認書類として使用可能になったことをきっかけに、返納件数が一気に増え、平成30年では、返納件数が42万を達しています。さらに、平成29年以降は、自主返納した方のうち、75歳以上の方の割合が、非常に多くなっています。
また、各自治体や各事業者などでは、高齢者の方が免許を自主返納しやすくなるよう、さまざまな運転免許自主返納者支援事業が行われています。例えば、運転免許を自主的に返納した高齢者に対し、車がなくても、買い物や通院、旅行などへ出掛けることができるよう、タクシー運賃の補助や、バスの回数券の付与、買い物時の商品割引、商品宅配サービス、自動車廃車手続き無料、交通系ICカードの交付、電動車いす購入料金の割引などが利用できるようになっています(サポート内容は各自治体や事業者等により異なります)。
詳しくは、各都道府県の運転免許センター等にお問い合わせください。
まとめ
今回は、認知症高齢者による「車の運転」についてお話させていただきましたが、いかがでしたか。
免許を返納することで、これからの生活に不安があるという方もいるかもしれませんが、先ほどご紹介した通り、自治体ごとに免許を返納した高齢者の生活を支援するためのさまざまな取り組みが行われています。人は皆、歳をとれば体は徐々に衰えてくるため、高齢者の方は、いつの間にか危険な運転をしていることがあるかもしれません。
他人の命を奪ってしまうことにもなりかねない「車の運転」。少しでも不安を感じたら、運転免許の返納を考えてみてください。
運転が法律で禁止されている認知症の方とそのご家族、そして認知症ではない方の〝免許返納〟という判断と覚悟は、今後の日本の「高齢運転者による死亡事故」を減らすことに繋がるのではないでしょうか。