今では世間に広く知れ渡っている「認知症」。治療薬や予防法に関心を持つ人が増えてきており、各種メディアで「認知症」の特集が組まれることも増えてきました。
しかし、実際のところ、「物忘れ」がひどくなる〟などの漠然としたイメージがあるだけで、具体的な症状や進行の仕方、対策などに関して知識を持っている方はまだまだ少ないのが現状です。当事者になってから慌てる場合もあるのではないでしょうか。
「認知症」は、現在の時点で治療法が確立されていないことから、予防や早期発見・早期治療が重要となりますが、早く適切な対処を行うためには、認知症による正しい知識を身に付けることが重要です。
そこで今回は、「認知症」ではどういった症状が現れるのか、認知症の対策などについてご説明したいと思います。
認知症の症状
認知症とは
「認知症」とは、〝後天的な脳の疾患や障害により、正常だった脳の機能が持続的に低下することで、日常生活や社会生活に支障をきたす状態〟をいいます。特定の病名を指す言葉ではありません。
「認知症」というと、「物忘れ」のイメージが強いという方も多いかもしれません。しかし、さまざまな機能をコントロールする脳に障害が起こるため、記憶力だけでなく、理解力や判断力などにも影響を及ぼすようになります。
認知症の病型分類
認知症の種類は、「アルツハイマー型認知症」、「脳血管性認知症」、「レビー小体型認知症」、「前頭側頭型認知症」と、大きく4つに分類されます。
■認知症の種類・特徴
・アルツハイマー型認知症
〝脳のゴミ〟ともいわれている、異常タンパク質の「アミロイドβ」などが、数年かけて脳内に蓄積されることにより、記憶を司る「海馬」を中心に、脳全体が少しずつ委縮していきます。この「アミロイドβ」が、なぜ脳内に蓄積されてしまうのかといった詳しい原因は、現在のところ解明されていません。認知症初期の頃から記憶障害や判断力の低下が目立ち、比較的ゆっくり進行していきます。
・脳血管性認知症
脳の血管が詰まる「脳梗塞」や、脳の血管が破れてしまう「脳出血」などを引き起こした際に、脳の一部が障害されてしまうことによって生じる認知症です。障害を受けた脳の部位により、現れる症状が異なります。
また、障害されていない部分は正常に機能するため、できることとできないことがある「まだら認知症」が現れるようになります。
・レビー小体型認知症
「レビー小体」という特殊なタンパク質が、脳の神経細胞に沈着することによって生じる認知症です。認知症の代表的な症状の一つである「物忘れ」などの記憶障害よりも、実際に存在しないものが見える「幻視」や、手足が震える「パーキンソニズム」など、身体的な障害が目立つのが特徴です。
・前頭側頭型認知症
人格や理性をつかさどる前頭葉や、言語に関わる側頭葉を中心に脳が委縮して起きる認知症です。万引きや信号無視など、反社会的な行為がみられるようになったり、身だしなみに気を使わなくなったりするなど、人が変わったような行動がみられるようになります。アルツハイマー型認知症と同様、徐々に症状が進行していきます。
このように、認知症といっても、原因となる疾患により、現れる症状や特徴はさまざまです。
また、これらとは別の原因により、認知症のような症状が出てしまうケースもあります。
■認知症の症状を引き起こす原因となる疾患
・慢性硬膜下血腫
頭蓋骨の下にある脳を覆っている硬膜と脳の間に血が溜まる病気です。転倒などで頭を打った後、数週間~数ヶ月かけて脳の表面に血腫が溜まってきます。この溜まった血腫が脳を圧迫してしまい、「物忘れ」や「手足の麻痺」、「意欲低下」、「性格変化」など、認知症が進行したような症状が現れるようになります。手術により血腫を除去することで、一般的にこのような症状は改善されます。
・正常圧水頭症
脳は、無色透明の脳脊髄液という液体に浮いた状態で存在しています。この液体が、髄液循環などの障害
により脳内に必要以上に溜まり、脳を圧迫してしまうことによって、「物忘れ」や「歩行障害」などを引き起こします。これらの症状は、溜まっている髄液を腹膜の静脈などから吸収する、シャント手術によって改善を図ります。
・甲状腺機能低下症
甲状腺の働きが悪くなり、甲状腺ホルモンが不足することで、全身のさまざまな機能が低下します。「物忘れ」といった認知症のような症状も現れるようになります。不足している甲状腺ホルモンを薬(甲状腺ホルモン薬)で補うことにより、症状が改善される場合があります。
・ビタミン欠乏症
胃がんなどにより、胃を全摘した方は、手術してから3、4年以上経過すると、ビタミンB12欠乏症を発症することがあります。また、アルコール依存症が原因で、ビタミンB1欠乏症を引き起こすこともあります。いずれも、認知症に似た症状が現れますが、不足しているビタミンを補うことで、比較的早期から、症状の改善がみられます。
中核症状と周辺症状
認知症になるとさまざまな症状が現れるようになりますが、これらは、「中核症状」と「周辺症状」の2つに分類することができます。
「中核症状」は、脳の病変によって直接的に引き起こされる症状のことです。中核症状は、程度の差はあるものの、認知症患者に必ず現れる症状とされています。
■中核症状
・記憶障害
何らかの原因で、〝記憶〟をつかさどる脳の部分(海馬)が障害された場合に、記憶に関する機能が低下し
ます。そのため、「物事を覚えこむ〔記銘〕」、「記憶を維持する〔保持〕」、「記憶を呼び起こす〔再生〕」をすることが難しくなります。
最初に支障が出るのは〔記銘〕で、初期の頃は、たった数分前の出来事を思い出せなくなるといった症状が目立つようになります。
記憶障害が進行し、重度になると、最後には〔再生〕の機能も低下し、ほとんどの記憶が失われてしまいます。
ただし、自転車の乗り方やピアノの演奏など、身体で覚えた記憶(技能の記憶)は、海馬以外の脳領域が関与しているとされており、進行しても比較的残っているのが特徴です。
記憶障害は、アルツハイマー型認知症の場合、病期に従い徐々に進行していきますが、脳血管性認知症の場合は、脳卒中の発作が繰り返されることで段階的に悪化したり、合併症を引き起こすことで急激に悪化したりと、原因疾患のレベルなどによって現れ方が異なります。
・見当識障害
脳の障害により、時間・場所・人物を認識する能力が低下します。最初は、「時間」の感覚がつかめなくなり、「今日は何月何日か」、「今は朝なのか昼なのか夜なのか」、「今はどの季節か」など、時間だけでなく、日付や季節を認識するのも困難となってきます。次に、「場所」の見当識障害が現れます。「街並失認」や「道順障害」がみられ、行き慣れた場所や見慣れた街でも、自分は今どこにいるのかが分からなくなります。
また、見当識障害は、外出時だけでなく、トイレの場所が分からなくなり家の中を歩き回ってしまうなど、自宅での生活にも影響します。
最後に、目の前にいる人物や、写真に写っている人物が誰なのか分からなくなる、「対人関係の見当識障害」が現れます。
アルツハイマー型認知症では、「記憶障害」に続き、「見当識障害」も初期の頃からみられます。レビー小体型認知症では、「物忘れ」などの記憶障害よりも、「見当識障害」による症状が目立つ傾向にあります。
・実行機能障害
料理が得意だった方が、調理手順を分からなくなってしまったり、計画的に買い物ができず、不要なものを購入してしまったりなど、物事を順序立てて考えることや、総合的に判断すること、計画を立てること、複数の作業を同時に行うことなどが難しくなります。そのため、日常生活をひとりで送ることが難しくなってきます。
・高次脳機能障害
言語能力が障害され、「聞く」「話す」・「書く」・「読む」といったことが難しくなる「失語」や、運動機能は残っているにもかかわらず、目的を持った行動ができなくなる「失行」、目や耳、鼻などの感覚器は正常であるにもかかわらず、感覚器がキャッチした情報を脳で認識することができない「失認」などがあります。
「周辺症状」は、中核症状によってもたらされる不自由さから引き起こされる二次的な症状のことで、「BPSD」とも呼ばれています。
例えば、周辺症状(BPSD)の一つである「被害妄想」は、中核症状の一つである記憶障害により、物を置いたことや、物を置いた場所を忘れ、誰かに盗まれたと勘違いしてしまうことにより引き起こされる症状となります。
周辺症状(BPSD)は、本人のもともとの性格や本人を取り巻く環境なども影響してくるため、人により現れる症状が異なります。
■周辺症状
・妄想(物盗られ妄想)
・徘徊
・うつ状態
・拒否
・作り話
・執着
・昼夜逆転
・錯覚、幻覚
・尿失禁
・暴言、暴力 など
今日から始める認知症対策
認知症は、治療法が確立していないことから、日頃から予防を意識した生活を送ることが大切です。特に、 日々の食生活や運動習慣は、認知症の予防・対策に大きく関わってきます。
認知症対策は、何か特別なことをやらなくてはいけないということではありません。以下の対処法を参考に、認知症の予防・対策を意識した習慣を取り入れるようにしてみてください。
■日常生活で意識していきたいポイント
魚(特にアジやイワシなどの青魚)の脂には、脳の炎症を抑えるとされるEPAやDHAなどの不飽和脂肪酸が豊富に含まれているため、認知症の予防に効果的です。
脳のエネルギー消費により生じる毒性の強い「活性酸素」は、認知症のリスク因子の一つとされています。
そのため、抗酸化作用のあるビタミンCやビタミンE、βカロチンなどを含む野菜や果物は、積極的に摂取するようにしましょう。
塩分の取りすぎは高血圧の原因となるため、結果的に脳血管性認知症のリスクを高めてしまうことに繋がります。
過度な塩分の摂取は控えるようにしてください。ナトリウムの排泄を促すカリウムを多く含んだ食品(海藻類や果物)は、積極的に摂取するようにしましょう。
カロリーの過剰摂取は、肥満や糖尿病といった生活習慣病の原因となります。生活習慣病は認知症の発症にも関与しているため、適度なカロリー摂取を心がけるようにしましょう。
よく噛んで食べることは、脳に刺激を与えることになるため、脳が活性化し、認知症の予防に繋がります。
ウォーキングやサイクリング、水泳など、軽い負荷がかかる運動を長時間行う「有酸素運動」は、認知症のリスク因子である生活習慣病を予防するとともに、血流をよくして脳を活性化させるため、認知症のリスクを軽減させます。
適度な筋力トレーニングにより筋力を増やすことは、痩せやすい体質になるだけでなく、血流が良くなり、認知症の改善にも効果が期待できます。
楽器の演奏や絵画制作、写真の撮影といった趣味活動や、その趣味を通して他人とコミュニケーションをとることは、本人にとってもさまざまな刺激となり、認知機能の維持にも効果的とされています。
また、認知症対策で大事なのは、〝継続して行う〟ということです。認知症対策に有効な食事や運動を1回取り入れただけでは、認知症を予防したことにはなりません。「続けることにより効果を発揮する」ということを忘れないようにしましょう。
認知症と間違えやすい症状
「加齢による物忘れ」と「認知症による物忘れ」のように、認知症と間違えられやすい症状は他にもいくつかあります。
例えば、つじつまが合わないことを言う、急に落ち着きがなくなる、奇声を上げるといった症状が現れる「せん妄」は、アルツハイマー型認知症やレビー小体型認知症の症状の一つとして現れることもありますが、認知症とは関係なく、感染や発熱、便秘、脱水、薬物の副作用、入院、手術などが誘因となるケースも多くあります。そのため、「せん妄」の症状が現れたからといって、必ずしも認知症であるとは言い切れません。
また、高齢者がかかる「老人性うつ病」も、認知症と間違われやすい症状の一つです。高齢者は、加齢に伴う身体機能の衰えや病気、配偶者や友人の死といった悲しいライフイベントが引き金となり、うつ病になりやすいと考えられています。認知症の初期でもうつ状態がみられることから、鑑別が難しい場合もありますが、症状の進行具合や、記憶障害(物忘れ)の有無によって、区別されています。
認知症の疑いがある場合は、認知症の専門医がいる医療機関を早めに受診するようにしましょう。頭部画像検査や血液検査・尿検査などで、認知症であるか、認知症以外の疾患が原因であるかを判断することができます。
認知症は長い年月をかけてなる病気
認知症の中で最も患者数が多いとされる「アルツハイマー型認知症」は、長い年月をかけて発症するのが特徴です。
アルツハイマー型認知症の発症原因である異常タンパク質「アミロイドβ」は、実は、認知症を発症する年齢の数十年以上前から、脳内への蓄積が始まっているとされています。
〝脳のゴミ〟ともいわれる「アミロイドβ」は、正常な方でも作られますが、通常は、脳の中にある酵素などによって分解されるため、蓄積されることはありません。しかし、何らかの原因で、アミロイドβの産生と、酵素による分解のバランスが崩れてしまうことで、脳の中に「アミロイドβ」がどんどん蓄積されていきます。
この「アミロイドβ」の蓄積が始まってから、アルツハイマー型認知症を発症するまでは、およそ20年以上かかるといわれています。
このようなことから、認知症対策を始める時期は、早ければ早いほど良いですし、継続的に行うことで、「アミロイドβ」の蓄積を抑えることに繋がります。
まとめ
今回は、認知症高齢者による症状や対策などについてお話させていただきましたが、いかがでしたか。
認知症ではさまざまな症状が現れますが、認知症以外の疾患が原因になっていることもあるため、家族が判断するのは難しい部分もあります。気になる症状がある方は、早期に適切な対応を行うためにも、すぐに専門の医療機関を受診するようにしましょう。
また、日頃の生活習慣を改善するだけでも、認知症の予防に繋がります。食生活や運動習慣などの見直しも行うようにしていきましょう。