認知症の代表的な症状の一つに、事実ではないのに、誰かに大切なものを盗まれたなどと思い込んでしまう「物盗られ妄想」があります。身近にいる家族や介護者が犯人扱いされやすいため、「こんなに一生懸命頑張っているのに、どうして…」と、もどかしく感じている介護者の方もいるのではないでしょうか。
そこで今回は、「物盗られ妄想」はどのような症状であるか、症状が表れた際の対応法などについて、ご紹介したいと思います。

目次

認知症の物盗られ妄想とは

〝妄想〟とは、事実でないことを強く確信してしまうことをいいます。妄想している本人は、事実とは明らかに異なった内容を本気で信じ込んでいるため、周囲が訂正しようとしても受け入れることができません。このような状態を、「訂正不能」といいます。
認知症の症状は、脳の障害により直接的に起こる「中核症状」と、中核症状により二次的に引き起こされる「周辺症状(BPSD(行動・心理症状))」の大きく2つに分類されています。「妄想」は、認知症の周辺症状に含まれており、いくつか種類があります。
認知症の場合は、自分が被害を受けたと思い込んでしまう〝被害妄想〟が多いと言われています。

妄想の種類

  • 被害妄想
    実際にはそのようなことはないのに、自分に対して、「危害を加えようとしている」、「嫌がらせをしてきた」など、自分に関わる出来事や自分の周囲で起こる出来事が、すべて自身に悪い影響を及ぼすものだと思い込んでしまう妄想です。
    被害妄想には、「物を盗られた」と思い込む「物盗られ妄想」や、自分が食べるものに毒を盛られたと思い込む「被毒妄想」、家族から見捨てられたと思い込む「見捨てられ妄想」などがあります。

    先ほど、認知症の症状として表れる「妄想」は、被害的なものが多いとお伝えしましたが、特にその中でも「物盗られ妄想」は顕著に現れます。
    また、「見捨てられ妄想」は、認知症の方が発症する妄想の中で、「物盗られ妄想」に次いで、発症する頻度が高い妄想になります。
  • 嫉妬妄想
    夫が妻に対して、あるいは妻が夫に対して、浮気をしているのではないかと誤解してしまう妄想です。家に来るヘルパーさんを浮気相手だと勘違いしてしまったり、配偶者と接する期間が短くなることで、「外で他の人と会っている」と思い込んだりします。
  • 帰宅妄想
    自宅にいるにも関わらず、「自分の家に帰る」と言いだし、家を出ていこうとします。認知症の「見当識障害(今いる場所や時間、日付、人物等を認識できなくなる障害)」によって生じる妄想です。
  • 心気妄想
    自分の身体の健康状態に不安を抱き、実際はそうではないのに、不治の病にかかり、余命が残り少ないと思い込んでしまう妄想です。
  • 罪業妄想
    自分の過去の言動や行動が、重大な罪であったのではないかと思い込み、自分自身を責めてしまう妄想のことです。症状が重くなると、「警察に自首するべきだ」と考えるようになり、自分の存在を否定するようになります。
  • 貧困妄想
    収入があるにも関わらず、今後の生活のことを必要以上に心配してしまったり、実際はそうでないのに、多額の借金があることや経済的に困窮していることを訴えたりします。

物盗られ妄想の特徴

「被害妄想」の一種である「物盗られ妄想」は、自分の身の回りの物をしまい忘れたり、置いた場所を忘れてしまったりすることで、後々、どこにあるのかわからなくなってしまい、他人に盗まれたと思い込んでしまう状態のことをいいます。主な対象となるのは、財布や現金、通帳、印鑑、宝飾品などです。
「物盗られ妄想」は、認知症特有の症状であり、単に、「物がない」と騒ぐだけでなく、「○○に盗まれた」と断言して相手を責めようとします。
「物盗られ妄想」は、認知症の中核症状である「記憶障害」を基盤に、自分が徐々に衰えていくことの自覚から生じる、あるいは、自分の周囲の状況や対人関係などから生じる、「不安」・「焦り」・「葛藤」など、さまざまな感情が誘因となって、「妄想」に繋がるのではないかと考えられています。さらに、家族などの介護者側に対し、「迷惑をかけている」という負い目や、会話に入れない疎外感、自分との関係性の変化といったものや、本人が過去に経験したことなど、複雑に絡む多くの要因が、妄想の出現に関係しているとも言われています。

「物盗られ妄想」を含む被害妄想は、本人にとって一番身近で頼りにしている人が対象となることが多く、同居している家族や介護者などに対して、ひどい暴言を吐いたり、「○○を盗んだ」と言って泥棒扱いしたりする言動が目立つようになります。

物盗られ妄想は病気の症状であることを理解する

最近は、テレビや雑誌等で認知症のことを取り上げるようになったため、「妄想」を含む周辺症状(BPSD)は、環境因子の影響が大きいということが周知されてきています。
しかし、環境因子の影響が原因の一つと知られたことにより「〝物盗られ妄想〟は、本人とご家族との関係性が悪い場合に発生する」といった、誤った認識をされることがあります。
また、〝物盗られ妄想〟は認知症が軽度の状態で表れやすいのにもかかわらず、進行してから起こる妄想であると勘違いされている方も多いため、「本人とご家族の関係性が悪かったからBPSDになった」と思われがちで、「〝物盗られ妄想〟は人間関係が悪い場合に発生する」という誤解をされている場合があります。

「物盗られ妄想」は、認知症の初期の頃からみられる、〝認知症によって表れる症状〟の一つです。そのため、 家族や介護者などが犯人扱いされてしまうことがあったとしても、「今までの本人との接し方に問題があったのではないか」と、第三者が考える必要はなく、ましてや、誰かを責めることでもありません。

物盗られ妄想は、〝近時記憶の障害〟と〝取り繕い行動〟が根底にあります。
認知症により、記憶を司る脳の部分が障害を受けると、新しいことを覚えたり、記憶を保持したりすることが困難となるため、近時記憶(数分前~数日前)の障害が起こるようになります。「ちゃんとしまったはずの物がみつからない」、「どこにしまったか覚えていない」など、認知症の記憶障害は、そこからくる〝焦り〟や〝不安〟、また、自分の記憶障害を認めたくない気持ちや身内から「能無し」と思われたくないという葛藤などが生まれます。
このように、さまざまな感情が複雑に絡んで、「誰かが盗んだ」と思い込んでしまうのが、「物盗られ妄想」が出現するメカニズムです。

「物盗られ妄想」は、記憶障害だけが発症の原因となっているわけではありません。なかには、過去にあった強く印象に残っている経験やネガティブな出来事、あるいは、本人の本当の思いなどが妄想を引き起こす原因になっていることもあります。
また、記憶障害の自覚がない場合、本人が「自分はまだしっかりしている」と思い込んでいても、物がなくなってしまったことをうまく説明することができないため、他人を犯人扱いすることで、混乱している自分を取り繕うとする傾向にあります。この場合も、身近な人に矛先が向きやすくなります。

「物盗られ妄想」は、記憶障害と、それに起因する「不安感」や「焦燥感」などによって生み出される症状であるということを、家族や周囲の人が認識し、理解することがとても大切です。

物盗られ妄想の対応法

否定をせず、訴えに真摯に向き合う

「○○に盗まれた」と騒いでいる人に対して、周囲が「そうではない」と訂正しても、本人は、「自分の言うことを信じてもらえない」という不安や怒りなどの感情から、妄想が、揺るぎない事実として、さらに根強くなる可能性があります。事実とは異なる内容だったとしても、まずは、本人が訴えている内容に耳を傾け、否定も肯定もせず、ただ相槌を打ちながら、話を聞くようにしましょう。
疑われてしまった方も、否定したい気持ちはあると思いますが、そこはぐっとこらえて、攻撃を受け流すようにしてください。あえて悪役を演じ、「すみません」と誤ってしまった方が、早く収まることもあります。
また、本人があまりにも興奮している場合には、他の人に間に入ってもらい、疑われた側は一時的にその場を離れるようにしましょう。本人の様子が落ち着いてきた頃に、お茶やお菓子などを出しながら誘ってあげると、何事もなかったかのようにいつもの生活に戻ります。
周囲の人が、疑いをかけられている人のサポートをすることも大切です。

また、訴えてくる内容すべてを「妄想」と決めつけてしまうのはよくありません。本当に盗まれた可能性もありますし、誰かが預かったまま、本人に返し忘れているということも考えられます。本人からの訴えに真摯に向き合うということを、常に心がけるようにしましょう。

「盗まれた」と言っている物について話を聞く

「物盗られ妄想」により、「○○が盗まれた」と訴えが生じる場合は、大抵、自分が大事にしている物が見つからず、困っているときです。本当に盗まれたのかという話題はいったん置いておき、まずは、どんなものがなくなってしまったのか、「盗まれた」と言っている物に関しての具体的な話を聞くようにしましょう。大きさや形状、色、個数など、できるだけ細かく質問することにより、相手への共感を示すことに繋がります。
この時、事実とは関係なく、名指しで「○○が盗んだ」と断言してくることもあると思いますが、聞いている側は、盗られたことや誰かが盗んだということに対して、肯定はしないようにしましょう。

話題をそらす

「物盗られ妄想」により、本人が興奮気味の時は、食事の話、趣味の話、孫の話など、楽しい話題を振ってみたり、一緒に散歩に出かけてみたりするなどして、話題をそらし少し落ち着かせるようにすると良いでしょう。

体験を共有する

なくなったものを「一緒に探しましょう」と声をかけ、体験を共有してあげることも一つの方法です。すぐに見つかればそれでおさまりますし、探しているうちに、本人が落ち着くこともあります。他にやることがあってどうしても一緒に探せないという状況の時は、「今は他の仕事で時間が取れないから、○時に来ます」と本人に伝え、後から一緒に捜すようにしましょう。探しても見つからない場合や、「盗まれた」と訴えてくるものが、本人がもともと持っていなかったり、すでに手元になかったりする物である場合は、「捜してみたけれど、見つからないですね。また後で、もう一度捜しますね」と伝えて、作業を一旦、中断してみてください。

しかし、「なくなったものを一緒に探してみつける」ということを繰り返していると、本人は失敗を何度も指摘されていると捉えることがあるため、場合によっては、介護者に対して悪感情がふくらんでいく可能性があります。
「物盗られ妄想」には、「焦燥感」や「不安感」が根底にあることから、盗まれたと訴えてきた場合には、「ごめんなさい、町内の集金がきて手持ちがなかったので、おばあちゃんの財布からお金を借りました」と演技をして、盗まれたといっている金額と同じ金額を実際に渡したり、「臨時収入が入ったから、お小遣いをあげますね」といって毎日100円ずつお金を渡し続けたりするといった方法をとることで、「物盗られ妄想」が和らぐ可能性もあります。
認知症本人の素の性格や毎日の機嫌を観察し、「物盗られ妄想」が出た際には、相手の反応に合わせた最善の声かけを選択できるようにしましょう。

本人の生きがいを大切にする

簡単な家事や本人が得意としていることを頼み、その役割を果たしてもらうことにより、本人は、「頼りにされている」、「必要とされている」という気持ちを持ち、自信を持つようになります。「私たち家族はあなたのことを大切に思っているし、まだまだ頼りにしています」という気持ちを、「簡単な仕事を任せる」、「何か頼み事をした後に必ずお礼を言う」など、いろんな形で伝えることが大切です。
また、本人が生きがいを持つことによって、「物盗られ妄想」を抑えることにも繋がっていきます。

周囲に伝えておく

「物盗られ妄想」により、本人が、「お金を盗まれた」、「通帳を盗まれた」と周囲に言いふらす場合も考えられるため、認知症であることや、認知症によりこういった症状が出るということなどは、あらかじめ周囲の人に伝えておいた方が良いでしょう。

介護サービスを利用する

介護サービスを利用するのも一つの方法です。家にいるとどうしても気がまぎれないため、考え事をする時間が増えてしまいます。
しかし、介護サービスの利用は、家族以外と会話する機会が必然的に増え、周囲の人への気遣いが必要となってくるため、自宅とは異なり、程よい緊張感を持って過ごすことができます。そのため、財布や通帳への執着も和らぐ可能性があります。
また、介護サービスの利用を通して、まだ自分にはできることがあるという自覚を持つことができれば、物盗られ妄想の症状を緩和するだけでなく、認知症の進行自体を予防することにも繋がっていきます。

症状が激しい場合は相談する

どうしても「物盗られ妄想」による症状がおさまらない場合には、専門医やケアマネジャーなどに相談することをおすすめします。妄想の特性上、周囲も巻き込まれることから、介護する側は精神的にも大きな負担がかかっています。症状がひどい場合には、施設への入所や病院へ入院することも考えてみても良いかもしれません。環境を一時的に変えてみることも、有効な手段の一つです。

認知症の方の気持ちを穏やかにするには

認知症の方に対し、〝どうせ忘れるから〟、〝どうせ通じないから〟と思い、つい心無い対応をとってしまうこともあるかもしれません。しかし、認知症の症状が進行するにつれ、物事が少しずつ分からなくなっていくことは、本人からすると非常に不安なことであり、そのような気持ちは、「妄想」を含むさまざま周辺症状(BPSD(行動・心理症状))を生じさせたり、悪化させたりすることに繋がります。
認知症になっても、本人が、できるだけ穏やかな気持ちで、充実した生活を送ることができるように、家族や周囲の方は、少しでも本人の不安を和らげられるよう、サポートしてあげることが大切です。
外出などで本人がしばらく姿をみせなくなる時は、家族の居場所を教えてあげるメモを残しておく・電話はワンプッシュで繋がるようにしておくなど、常に、「見守っている」という安心感をもってもらうようにします。 家族の写真や思い出の写真、賞状やトロフィーなどを飾っておくことも本人を前向きな気持ちにさせてくれるため、おすすめです。

充実した生活を送るための行動例

  • 料理を手伝う
    一緒に台所に立って、食材を切ってもらったり、食材を炒めてもらったりするなど、簡単な作業を手伝ってもらいます。
  • 洗濯物をたたむ
    洗ったものと洗っていないものが混ざらないように見守ってあげましょう。
  • 趣味を続ける
    認知症になる前より完璧にできなくても、今まで通り趣味を続けることは、日々の生活を充実させてくれます。
  • 身体を動かす
    認知症の方は、睡眠障害が起こりやすくなっています。家の周りの掃除や庭の仕事など、身体を動かすことにより、脳に刺激を与えるだけでなく、夜もよく眠れるようになります。
  • 楽器を演奏する
    認知症の方は、身体で覚えた記憶は維持されやすい傾向にあります。

まとめ

今回は、「認知症の物盗られ妄想」についてお話させていただきましたが、いかがでしたか。

「物盗られ妄想」は、どうしても、身近にいる人が対象となってしまう傾向にあります。
たとえ、認知症の症状であるということを頭では理解していても、いつもお世話をしている相手から、一方的に犯人扱いされたり、疑われたりすることに対応していかなければいけない介護側が冷静に対応していくには、かなりの忍耐が必要とされることもあります。
どうしても「物盗られ妄想」の症状が治まらない時は、担当医やケアマネジャーに相談したり、介護サービスを利用したりするなどして、適度に距離をとるのも、認知症の方とうまく付き合っていく方法の一つです。

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