認知症の症状の一つに、特定のモノを集める「収集癖」があります。隣人の庭先にあるモノや店の商品を無断で持ってきてしまうこともあるため、近隣の家や店に迷惑をかけ、介護者にとっても大きな負担となります。
そこで今回は、収集癖が現れる理由や、対処法などについてご紹介したいと思います。
認知症による収集癖とは
アルツハイマー型認知症の中期や、前頭側頭型認知症の初期・中期では、症状の一つとして、やたらとモノを拾い集める「収集癖」がみられることがあります。
ある特定のモノに強い執着心を持ち、散歩などで外出するたびに、収集の対象となるモノを拾ってきたり、自宅の中から探したりして、着ている服のポケットや自室にため込みます。
集めるモノは、トイレットペーパーやティッシュといった紙類、新聞・雑誌、空き缶・空き瓶、食品、落ち葉など、人によりさまざまです。
さらに症状が進行すると、お店の商品や他人の家のモノを勝手に持ち帰ってきてしまうトラブルも起きるケースが出てくることもあります。
■モノを集めてしまう主な理由
・本人が抱く不安な気持ちから、モノを収集することに繋がっている。
(例:尿失禁があることへの不安からトイレットペーパーを収集する、モノが不足することに対する大きな不安から必要以上に集めてしまう など)
・大切な人を失ってしまった喪失感から、モノを集めることにより、寂しさを紛らわしている。
・認知症の症状の一つである記憶障害により、収集したモノをどこにしまいこんだのか忘れてしまうため、溜まり続けていても、集めてしまう。
・認知症になると、その人のもともとの性格や行動が極端な形で現れるため、普段からモノを大事にしている人、あるいは執着心が強い人などは、モノに対するこだわりが強くなる傾向にある。
・モノが乏しい時代を経験しているなどから、本人の中で「もったいない」という意識が働く結果、使い捨てのモノや壊れたモノを再利用しようと、ゴミ集積所から持ち帰ってきたり、交換どきの尿取りパッドを使用し続けたりする。
・孤独感から、周囲の関心や注意を引こうとして、モノを集めるようになる。
・自分の本来の欲求が満たされないことから、その欲求を満足させるための代わりの行動として、モノを収集するようになる。
(例:寂しさ、自尊心などを、モノがたくさんあることで埋めようとする など)
特に、ティッシュペーパーやトイレットペーパーなどの「紙類」は、普段の日常生活には欠かせないモノであり、なくなると大変不便であることから、収集の対象になりやすい傾向にあります。
また、収集するモノが人によって異なるように、収集癖が現れる理由も人によりさまざまです。自身の過去の体験や出来事が影響していることもあれば、本人のもとの性格や現在の周囲の環境・対応などが、影響を及ぼしていることもあります。
理由自体も一つではなく、複数絡んでいるケースも多いようです。
さらに、収集癖は、「強迫性障害」という精神疾患が原因になっていることがあります。
「強迫性障害」とは、度を越えた「不安」や「こだわり」によって、日常生活に支障をきたしてしまう疾患です。「これがなくなってしまうと大変なことになる」という過剰な不安や恐怖に飲み込まれ、モノを収集する行為に繋がっていることが考えられます。「強迫性障害」は、認知症と併発している場合もあります。
〝収集癖〟によって集められたモノは、整理され保管されているわけでもなく、傍から見ると、ガラクタ同然のモノであったり、明らかにゴミだったりすることもあります。しかし、本人にとっては大切なモノであるため、家族や周囲の方が勝手に処分しようとすれば、本人を激怒させてしまいます。
収集癖は、家族や周囲の方が、適切な対処を行う必要があります。
「一般的な収集癖」と、認知症などの「病的な収集癖」の違い
集める対象となるモノが人によって異なることから、家族や周囲の方は、本人の収集行動が認知症の症状であるということに気が付きにくい場合があります。そもそも、特定のモノを集めたくなる心理や行動は、認知症の方に限ったことではありません。
「一般的な収集癖」と、認知症などの「病的な収集癖」の違いの目安としては、「いつから集めるようになったか」という部分です。
もともと特定のモノを集めるのが趣味だった方は、「一般的な収集癖」であることがほとんどですが、高齢になってから急にモノを集めるようになったという場合には、「病的な収集癖」である可能性が高い傾向にあります。
もし、「突然、収集行動がみられるようになった」、「特定のものに執着するようになった」という場合は、かかりつけ医などに相談してみましょう。
認知症による収集癖の対処法
認知症の方で〝収集癖〟がみられる場合、症状が悪化してくると、万引きや近隣トラブルの原因になったりすることがあります。先ほどもお伝えしましたが、収集する本人には、モノを集める理由が必ずあり、また、集めたモノは、本人にとって大切なモノです。家族や周囲の方は、モノを集める行為や集めたモノを否定せず、なぜこのような行動をとるのか、理解しようとする姿勢が必要です。
認知症による収集癖の対処法は、以下の通りです。
自宅の中や散歩などで外出した際に、何かを拾ってきても、家族や周囲の方は怒ったり非難したりせず、本人がどのような思い(理由)でそれを集めてきたのかを確認するようにしましょう。
ここで叱ってしまったり、本人の目の前で拾ってきたものを処分したりすると、本人が激怒してしまう可能性があり、認知症を悪化させる可能性があります。
収集してきたモノのうち、不衛生なモノや腐るモノ、悪臭を放つモノであれば、本人が気づいていないところで速やかに処分するようにしてください。健康に害がないモノであれば、多少の収集量には目をつぶるようにし、もし、量が増えすぎた場合は、本人に気付かれない程度に少しずつ処分しましょう。
他人のモノを勝手に持ってきてしまった場合には、返却する際に、相手によく事情を話したうえで、モノを移動させてもらうなどの対策をお願いするようにしましょう。持ってきたモノは必ず返し、商品であれば代金を払うといった対応をとるようにします。
本人が安心感を得るために収集し続けている場合には、集めているモノをあらかじめ大量に購入し、本人の目の付くところに置いておきましょう。棚いっぱいに並べたり、箱にみっちり入れておいたりすると、本人が安心し、モノに対する執着が落ち着くことがあります。
寂しさや喪失感を紛らわすためにモノを集めているという場合には、本人の感じている孤独感などを取り除いてあげることが大切です。家族とかかわる時間を増やすことはもちろん、日中の散歩に誘って気分転換を試みたり、本人にもできる簡単な作業(洗濯物をたたんでもらう、料理のお手伝い など)をお願いしてみたりしましょう。
本人に安心感を与えることによって、収集癖の症状が緩和する場合があります。
近隣への迷惑が目立ったり、反社会的行為がみられたりした場合には、常に見守りが必要となります。施設への入所を検討してみるのも一つの方法です。
〝収集癖〟は、簡単に治まる症状ではありません。認知症の方に収集癖がみられる場合、まずは、かかりつけ医や認知症専門医、精神科医に相談してみるようにしましょう。
買い物の問題
認知症の方の中には、家に買い置きがあるのにも関わらず、毎日同じモノを大量に購入してしまうことありますが、これは、〝モノへの強い執着〟の現れです。
毎日同じ商品ばかりを購入する理由としては、認知症による記憶障害により、買い置きがあることを覚えていないことや、収集行動の対象物が、本人にとって大切なモノであり、「買わなければいけない」という衝動かられ、つい商品に手を出してしまうことが考えられます。
特にモノが乏しい時代を経験している方は、特定のモノに対し強い執着を持つことがあるため、収集する行為や収集してきたモノをむやみやたらに否定しないようにすることが大切です。本人が買い物に行きたがる場合は、家族やヘルパーの方などが必ず同行するようにしましょう。周囲がフォローすることで、無駄な買い物を防ぐことにも繋がります。
しかし、同じモノばかりを大量に購入するからといって、無理に買い物をやめさせようとする行為は、本人が混乱したり、ストレスが溜まったりする原因となります。
外に出ることは、認知症の進行予防にも効果的であるため、買い物に行くこと自体は止めないようにしてあげるのが良いでしょう。
■対処する際のポイント
・外出する際は、必ず誰かが付き添う
認知症の方は、記憶障害や実行機能障害などにより、家にあるモノが把握できていなかったり、それまでできていた計算ができなくなったりします。そのため、買い物時は、必ず誰かが一緒に付き添うようにしましょう。
・怒らないようにする
毎日同じモノばかりを買ってこられると、家族や周囲の方は、イライラしてしまうこともあるかもしれません。しかし、本人も自身の行動の意味がよく理解できていないため、ここで叱ってしまっても、本人は混乱するだけとなります。認知症の方は、記憶力が低下しても、喜怒哀楽などの感情は失われにくいとされています。つまり、怒られた記憶は残っていなくても、その時に感じた嫌な感情は残り続けるため、認知症を悪化させないようにするためにも、むやみに叱るのは控えるようにしましょう。
・本人が気付かないうちに商品を戻す
買い物に同行した際、カゴに同じ商品を入れていたら、本人が気づいていないうちに、売り場へそっと戻すようにします。本人が、「買わなくてはいけない」と思うのは、商品を目にした時だけで、別のところに関心がいくと、忘れていることがほとんどです。
また、本人に、この商品はまだ家にあるということを伝えると、素直に聞いてくれるケースもあります。
どうしても購入したいと強く思うようであれば、その商品を一つだけ購入し、後でまた買いに行くということを伝えるようにすると良いでしょう。
・同行が難しい場合は、所持金を制限
家族やヘルパーさんの同行が難しく、本人がどうしても買い物に行きたいという場合には、決まった金額だけを財布に入れて渡しておくと、本人はお金がある分だけ買い物をし、買いすぎを抑えることができます。
また、カード払いができる人であれば、家族が知らないうちに高額な買い物をする可能性もあるため、カード類は必ず家族が管理するようにしてください。もし、購入してしまった後でも、お店に事情を話すことで、返品に対応してくれる場合もあります。
特に顔なじみのお店であれば、財布を持たなくても「ツケ払い」で商品を購入してきてしまうこともあります。
これは、あらかじめお店の人に事情を説明しておく必要があります。
ゴミ屋敷の原因は認知症なのか
テレビや新聞など、さまざまなメディアに取り上げられ、社会問題にもなっている〝ゴミ屋敷〟。ゴミ屋敷とは、大量のゴミが溜まっている建物や土地のことで、一般的には、ゴミが一定の高さまで積まれ、害虫・悪臭が発生すると、ゴミ屋敷と呼ばれるようになります。
衛生上の問題があるのはもちろん、悪臭や異臭、害虫、火事を引き起こす原因にもなるため、周囲の住民にとっても大きな迷惑となります。
ゴミ屋敷に住んでいる方がゴミを捨てられない理由としては、以下のようなことが考えられています。
・認知症の周辺症状の一つである〝収集癖〟。
・強迫性障害、うつ病、セルフネグレクト(※)、統合失調症などの精神疾患
※自己放任。自分自身の世話を自ら放棄すること。配偶者や家族の死など、本人にとって悲観的なライフイベントをきっかけに、このような状態に陥ることが多い。
・体力がなく、部屋を片づけられない(高齢者に多い)。
・業者に依頼する費用がない。
・仕事などで最低限の睡眠時間しか確保できず、片づける時間がない。 など
ゴミ屋敷状態になっているのにも関わらず、ゴミを片づけられない原因は、体力や時間の問題であったり、認知症や精神疾患の影響であったりと、人によりさまざまです。
特に、高齢者のゴミ屋敷の原因で多いとされているのは、「認知症(アルツハイマー病)」になりますが、認知症以外に、「強迫性障害」を併発している可能性も考えられています。
「強迫性障害」では、モノ不足に対する過度な不安や恐怖から、モノを必要以上に集めようとする行為がみられ、また、モノを捨てることが苦痛と感じるようになってしまうため、一度捨てたモノをゴミ袋から出してしまったり、「これは不要なモノだから捨てる」という判断ができなくなったりします。ゴミ屋敷の解決に時間がかかってしまうのは、このような理由が一つとして考えられています。
自治体がゴミ屋敷の通報を受け、実際に訪問しても、「これはゴミではない」と本人が主張してしまえば、自治体側も、それ以上介入することができないため、話し合いも平行線になってしまうことがほとんどです。
また、ゴミ屋敷が、住んでいる人の認知症や強迫性障害が原因であった場合、ゴミを撤去したところで、ゴミ屋敷問題が解決するというわけではありません。
再びゴミを集めさせないようにするためには、ケアマネジャーなどが中心となり、本人の今後の生活支援を行っていく、福祉的側面からのアプローチも大切です。
ゴミ屋敷問題の解決には、行政や福祉、地域住民が連携して取り組む必要があります。
まとめ
今回は、認知症による「収集癖」についてお話させていただきましたが、いかがでしたか。
「急に特定のモノを集めるようになった」、「モノへの執着が強くなった」などの様子が見られた場合には、なぜそのような行動をとるのか、できる限り理由を探すことが大切です。本人が抱いている孤独感や過去の経験などが、〝収集癖〟として現れていることもあるため、家族や周囲の方は、そういった寂しい気持ちや不安な気持ちを、少しでも取り除けるように心がけましょう。