認知症になると、さまざまな症状が現れるようになります。認知症の進行とともに様子が変わっていく本人を目の当たりにする家族は、想定外の言動に驚くことも多々あるのではないでしょうか。
まず、大切なのは、認知症への理解です。このような症状が出た場合は、どのように対処すれば良いか・何に気を付ければ良いかなどをあらかじめ知っておくだけでも、介護する側は対応しやすくなると思います。
そこで今回は、認知症の方への周囲の対応について、症状別でご紹介したいと思います。
認知症に人に起こる中核症状・周辺症状
認知症になると、さまざまな症状が現れるようになりますが、それらは、大きく2つに分けることができます。
ひとつは、脳が何らかの原因で正常に機能しなくなることにより引き起こされる、「中核症状」です。脳の働きが直接関係している症状のため、認知症になると誰にでも起こるとされています。
中核症状に分類されるものには、主に以下のような症状があります。
●記憶障害・・・体験したこと自体を忘れてしまう、物忘れ
●見当識障害・・・「場所」「時間」「人物」などの認識が困難となる
●実行機能障害・・・物事の順序だてや、行動の意味の理解が困難となる
●高次機能障害・・・「読む」「書く」「話す」「聞く」といった、言語に関する能力の低下
●理解力・判断力・計算力の低下
●人格の変化・・・些細なことで怒りっぽくなるなど、人が変わったかのように性格が変化する
など
もうひとつは、中核症状が現れることによって、その不自由がもたらす「周辺症状(BPSD)」です。
周辺症状(BPSD)は、本人のもともとの性格や周辺の環境、生活、周囲とのかかわり、持病なども関係してくるため、人によって現れる症状は異なります。
例えば、代表的な周辺症状の一つに、「物盗られ妄想」がありますが、これは、中核症状である「記憶障害」によって二次的に引き起こされるものです。物を置いた場所や物をしまったこと自体を本人が忘れているため、「誰かに盗まれた」と思い込んでしまいます。
他にも、中核症状によってもたらされる周辺症状には、以下のようなものがあります。
妄想、徘徊、拒否行為、うつ状態、昼夜逆転、作り話、執着、暴言・暴力、尿失禁、錯覚、幻覚 など
認知症の症状別対応法(認知障害編)
【記憶障害(物忘れ)】
「物忘れ」といった記憶障害は、原因疾患によって程度に違いはあるものの、全ての認知症患者に現れる症状になります。
新しい記憶から失われていき、古い記憶は長く残りやすいのが特徴です。ごく初期の頃は、まだ、メモをとるなどして対処することができますが、症状が進行するにつれ、「物忘れ」をしているという自覚がなくなってくるため、日常生活や社会生活にさまざまな影響を及ぼします。
●対応法
‣怒ったり、無理にトレーニングさせたりしない
「物忘れ」をしているという自覚がなくても、本人は、「自分に何かおかしなことが起きている」という不安な気持ちでいっぱいになっています。しかし、同時にそれを認めたくないため、周りから何か指摘されたり、怒られたりすることに対し、過敏に反応してしまう傾向にあります。たとえ記憶力が低下し、内容を覚えていなくても、その時味わった感情は残るため、認知症の方にはさりげない気づかいや手助けが必要です。
家族や周囲の方は、何度も同じ話や質問を繰り返されることで、思わず苛立ってしまうこともあるかもしれませんが、指摘された本人はストレスを感じてしまうため、認知症が悪化する原因となります。
‣規則正しい生活パターンを作っておく
「認知症初期の頃から、決まった生活パターンを決めておき、規則正しい生活を習慣づけることで、「物忘れ」をしても、混乱しづらくなり、日常生活への支障を最小限に抑えることができます。認知症の方は、大きな変化を苦手としており、症状の進行に伴い活動意欲の低下がみられるため、日々の生活パターンを確立しておくことは、今後の経過にも大きく影響してきます。
‣食べたことを忘れてしまう場合には
食事を済ませたにもかかわらず、「ご飯はまだか」「まだ何も食べていない」と言い張ることがあります。これは、食事をしたこと自体を忘れ、脳の障害により、満腹中枢が鈍くなり、満腹感を得られないことなどが原因として考えられます。
対処法としては、食事を小分けにし、少しずつ提供したり、スルメや干し芋といった、低カロリーで食べるのに時間がかかるものを出したりするのがおすすめです。
ご飯はさっき食べたということを伝えても、本人は納得しないため、食後、食器をすぐに片づけず、しばらく置きっぱなしたり、「ご飯を作る材料がないから一緒にスーパーに行こう」と言って気をそらしたりする方法もあります。
‣その時その時を気持ちよく過ごしてもらえるように
認知症が進行し、記憶は失われても、感情だけは最後まで残ると言われています。たとえ記憶が残っていなくても、認知症の方が、その時その時を心地よく過ごしてもらえるように、介護する側は笑顔で接するよう心がけるようにしましょう。
【見当識障害】
時間、日付、場所、人物などが、認識できなくなります。自分の置かれている状況が分からなくなるため、夏に冬用のコートを着用したり、自宅にいるにも関わらず、自分の家ではないと思い込んだりして、昔住んでいた家や実家に帰ろうとします。
引っ越しや入院など、環境の変化がきっかけで悪化する傾向にあるようです。
また、記憶障害があることで、余計混乱しやすくなります。
●対応法
‣時間の見当識障害の場合
部屋の時計は、時間・日付・曜日・午前/午後が分かるデジタル時計を使用するのがおすすめです。日頃から、季節や日付を感じさせるような会話や食事を取り入れるようにするのも良いでしょう。昼夜の区別がしやすくなるよう、窓を開け、日光を積極的に浴びるようにするのも大切です。
‣場所の見当識障害の場合
見慣れたはずの場所や道で迷ってしまったり、自宅のトイレの場所が分からなくなったりするため、「徘徊」や「失禁」といった二次的な症状に繋がりやすい傾向にあります。介護者の見守りは必要なため、家族が対応できない場合には、外出を支援する外出支援サービスを利用するなどして、必ず誰かが付き添うようにしておきましょう。
また、施設への入所や入院、転居、改築など、環境が変わることは、本人にとって大きなストレスとなります。
施設への入所が本当に必要であるか、入所する場合は、可能な限り、本人の部屋に置いてある家具やなじみのある物を持っていくようにする、入院する場合は、できるだけ家族が面会しに行くなど、さまざまな配慮が必要となります。
‣人物の見当識障害
進行すると、最終的には、家族の区別までつかなくなります。自分の息子のことが分からなかったり、自分の孫をよその子供だと思い込んだりすることがありますが、家族や周囲の方は、本人の話すことは否定せずいったん受け入れ、違う話にすり替えて対処していくと良いでしょう。
【物品使用の障害】
以前まで使用できていた家電製品や、駅の切符売り場、改札口、自動販売機などの使い方が分からなくなります。
●対応法
できない体験の積み重ねは、本人にとって大きなストレスです。家族や周囲の方は、できないことを責めるのではなく、どうすれば使いやすくなるかを考えるようにしましょう。例えば、テレビのリモコンには「テレビ」、エアコンのリモコンには「エアコン」と書いたテープを貼るなど、どこに使用する物か分かりやすくしておくと、本人も穏やかに生活を送ることができます。
外出中は、やさしく声掛けをしながら本人をサポートしていくようにしましょう。
【言葉の障害】
認知症が進行するにつれ、言葉の障害が目立つようになると、人や物の名前が出てこなくなったり、抽象的な表現が理解できなくなったりします。重症になると、単語の意味を理解することも難しくなってくるため、例えば「体温計」と聞いても、なんのことか分からず、介護者の指示に従えなくなることもあります。
●対応法
一度にたくさんのことを話すのではなく、できるだけ短い言葉で簡潔に、ゆっくり伝えるようにしてください。
また、「もも」のことを「りんご」と言うなど、間違えたことに対していちいち指摘はせず、さりげなく言葉を補いながら話を続けるようにしましょう。
【実行機能障害】
物事を段取りよくこなしていくのが困難となるため、例えば、料理が得意だった方でも、作る順番が分からなくなり、作業効率も悪くなります。
●対応法
家族や周囲の方が一連の流れを指示するなど、適切に支援することで、作業が可能となります。ただし、なんでもかんでも手助けをしようとすると、本人の自尊心を傷つけてしまう恐れがあります。作業がなかなか進まない場合でも、気長に待つようにしましょう。
認知症の症状別対応法(神経症状及び日常生活動作編)
【歩行の障害】
加齢にともなう身体機能の低下に加え、脳の障害により、運動を司る機能が低下してくることから、歩行障害が目立つようになります。
原因となる疾患により症状の現れ方はさまざまですが、認知症の後期になるまで歩行障害が比較的目立たないこともあれば、初期の頃からみられる場合もあります。
●対応法
歩行障害により、転倒のリスクは高くなります。転倒は大きなケガに繋がる可能性があるだけでなく、認知症が悪化する要因にもなるため、注意が必要です。
対策としては、
・トイレや風呂場、廊下など、自宅の必要な場所には手すりをつける
・家電製品のコンセントはできる限り取り除く
・本人に、滑り止めのついた靴下を履いてもらう
・角が尖っている家具などがある場合は、クッション材を使用する
などが挙げられます。
また、転倒のリスクがあるからといって、身体を動かさない状態が続いてしまうと、関節や筋肉が固まってしまい、身体がますます動かしにくくなります。本人ができる限りで良いので、日中は、関節を伸ばしたり、身体を動かしたりすることができるよう、家族や周囲の方もサポートするようにしましょう。本人の歩行をできる限り見守るようにすることも大切です。
認知症の後期になると、本人が不便に感じていることや身体の痛みなどを自分で訴えることが難しくなってくるため、怪我をしていないか、褥瘡が起きていないかなどは常に観察するようにしましょう。
【排泄の障害】
認知症の方は、排泄のタイミングやトイレの場所、トイレの使い方が分からないなど、さまざまな理由により、 「失禁」が起こることがあります。
特に、レビー小体型認知症では、頻尿になる、尿がでにくくなるといった「排尿障害」がみられることがあります。
●対応法
排泄の失敗は、本人にとっては大変ショックなことであり、家族や周囲の方は、本人の自尊心を傷つけないよう配慮しなければなりません。
例えば、汚れた下着を交換する際は、「今ちょうど洗濯機を回すところですから、着替えをしてもらうと助かります」「汗をかいたので着替えましょう」というふうに言葉をかけてあげると良いでしょう。
トイレ動作がうまくできない場合には、動きやすい衣類を着てもらう、介護者が実際にトイレに座ってみせるといった対応により、動作がスムーズにいくことがあります。
日頃から、本人の排泄のタイミングを細かく観察するようにし、行くことが多い時間帯や、トイレに行く前の本人の様子などをあらかじめ把握しておけば、本人が行きたいタイミングでトイレに誘いやすくなります。
【パーキンソン症状】
レビー小体型認知症では、手足が小刻みに震える、筋肉がこわばる、素早い動作ができなくなる、姿勢を維持するのが困難になるといった、パーキンソン病と同じ症状がみられるようになります。
また、脳血管性認知症の場合でも、疾患が現れる場所によってはこのような症状が現れることがあります。
●対応法
日常生活では、本人ができることはなるべく自分で行ってもらうようにしましょう。パーキンソン病でも適用されている、「パーキンソン体操」といったものを取り入れてみるのもおすすめです。
【感覚障害】
「熱い」「冷たい」「痛い」「柔らかい」といった触った時の感覚が鈍くなります。半身だけ現れる場合もあれば、両側に現れる時もあるなど、人によりさまざまです。
●対応法
やけど防止のためにも、家族や周囲の方は、飲み物の温度やお風呂の温度などには十分気を付けるようにしてください。
【薬剤過敏性】
特にレビー小体型認知症の方は、薬に過敏に反応しやすく、通常の量であるにも関わらず、薬が効きすぎてしまったり、副作用が出やすくなったりする傾向にあります。
●対応法
薬の量を減らしても副作用が出てしまう方もいるため、家族や周囲の方による自己判断で、薬の量を勝手に調整しないようにしましょう。すぐに、かかりつけ医や薬剤師に相談するようにしてください。市販の薬にも注意が必要です。
【自律神経障害】
自律神経障害は、自律神経の働きが悪くなることにより、「立ちくらみ」や「めまい」を起こすことがあります。
●対応法
低血圧を起こすと、ひどい場合は失神することもあります。特に朝の起床時やトイレ、お風呂から立ち上がった際は注意が必要です。
また、体温調節も苦手になるため、暑いわけではないのに、汗をかいていることもあります。低体温症をおこす場合もあるため、衣服の調節は十分気を付けるようにしてください。
【構音障害】
喉の筋肉や舌、唇などの動きが悪くなることで、伝えたい言葉がはっきり発音できなくなる障害です。脳血管性認知症の方にみられます。
●対応法
構音障害により、ろれつが回らなくなるだけでなく、飲み込みも難しくなることがあります。安全に食事をすることが困難になります。気になった場合はすぐにかかりつけ医や言語聴覚士に相談するようにしましょう。
認知症の症状別対応法(BPSD編)
【意欲の低下】
脳の障害により、初期の頃から、意欲・自発性の低下がみられることがあります。また、運動機能が衰え身体が思うように動かせないことや、幻視がみえる不安感(レビー小体型認知症)が、意欲低下の要因となっている場合もあります。
●対応法
家族や周囲の方は、本人の身体の状態を把握したうえで、活動的な生活が送れるよう働きかけるようにしましょう。規則正しい生活習慣の維持や、介護保険サービスを利用してみる他、洗濯物をたたんでもらったり、料理を一緒に作ったりなど、簡単な作業を手伝だってもらうのも良いでしょう。
本人が、以前のように趣味を続けられるよう周囲がサポートしたり、似たような趣味で代用してみたりするのも一つの方法です。
【不安】
認知症の方は、自分が認知症であるという自覚がなくても、自分に何かが起こっているという不安を感じ取っています。
さらに、周囲の人や環境に敏感になるため、自分だけ取り残されたような気分になったり、環境が大きく変わると、強い不安に襲われたりします。
●対応法
認知症の方は周囲の様子に敏感になるため、家族や周囲の方がイライラしていたり忙しそうにしていたりすると、それが本人にも伝わってしまいます。優しく穏やかな態度で接するよう、心がけるようにしましょう。
例えば、手を優しく握ったり、背中をさすったりするなどのスキンシップは、本人が安心感を得られやすくなります。
【感情失禁】
感情を司る脳の「前頭葉」が障害されることにより、喜怒哀楽の感情を抑えることができず、すぐ泣き出したり怒ったりするようになります。
●対応法
感情失禁が起きても、しばらくすると自然と落ち着いてきますから、周囲の方は慌てずに、本人が安心できるような態度で接するよう心がけるようにしましょう。認知症により感情が表に出やすくなっているだけで、本人の本来の感情でもあります。馬鹿にしたり、適当にあしらったりするような態度は絶対にとってはいけません。
【落ち着きのなさ】
そわそわしてじっとしていられないという様子がみられることもあります。部屋や廊下を行き来する、食事中に途中で立ってしまうなど、自ら動き回ってしまうだけでなく、テーブルや壁を叩き出したりすることもあります。
●対応法
無理に落ち着かせようとすることは困難であるため、本人の自由にさせます。行動が度を越えており、周囲に迷惑をかけてしまうようであれば、何か簡単な作業をお願いするなどして、他の行動に切り替えてもらうよう声をかけてみるようにしましょう。
【妄想】
物を盗まれたと思い込んでしまう「物盗られ妄想」や、配偶者が浮気をしていると思い込んでしまう「嫉妬妄想」がみられることがあります。家族や介護者など、本人の身近な方が妄想の対象になりやすい傾向にあります。
●対応法
疑われた側は、否定したくなる気持ちもあると思いますが、否定しても本人が納得することは、ほぼありません。
周囲の方は、否定も肯定もせず、相槌をうちながら話を聞くようにしましょう。本人の混乱が激しい場合や、介護者の負担が大きいようであれば、別の方に介護を頼んでみるのも一つの方法です。
【暴言・暴力】
認知症による不安や恐怖から、「暴言・暴力」を引き起こしやすくなる傾向にあります。本人や、家族・周囲の方が危険な場合もあるため、対処も困難です。
●対応法
本人から暴言や暴力を振るわれた時、あるいは振るわれそうになった時に、思わずこちらも力で対抗しようとしてしまうかもしれませんが、本人の興奮状態が余計悪化するだけとなります。本人が気をそらすような声をかけてみたり、日頃から没頭しやすい趣味や作業をみつけておいたりするのも一つの方法です。
また、早めに医師に相談するようにしましょう。
まとめ
今回は、認知症の方への周囲の対応について、症状別でご紹介させていただきましたが、いかがでしたか。
認知症の症状はさまざまありますが、認知症の原因疾患やその人の性格・周りの環境などによって、症状の種類や程度も異なってきます。
家族や周囲の方は、認知症の方への対応方法などについて一人で悩みを抱え込まず、困ったときは、かかりつけ医やケアマネージャに相談してみたり、介護保険サービスを積極的に活用したりして、認知症の症状にうまく対応していけるようにしましょう。