認知症を引き起こす原因疾患の一つに、「正常圧水頭症(NPH)」があります。治療法が確立されていない「アルツハイマー型認知症」と「正常圧水頭症(NPH)」の症状は酷似しており、記憶力の低下や歩行障害が現れるようになります。
しかし、「正常圧水頭症(NPH)」は、原因となっている疾患を治療することにより症状の改善が見込める、〝治りうる認知症〟です。もちろん、手術をすれば完全に元に戻るというわけではないため、早期発見・早期治療が重要となってきます。
今回は、正常圧水頭症(NPH)の原因や治療法などについてご説明します。

目次

正常圧水頭症(NPH)の原因

私たちの脳は、「脳脊髄液(髄液)」という無色透明な液体に浮いており、頭蓋骨の中に収まっています。脳は非常に柔らかい臓器ですが、この脳脊髄液がクッションのような役割を果たしています。外部の衝撃から脳を守ってくれる他、脳圧をコントロールしたり、脳の老廃物を排泄したりといったさまざまな役割があると考えられています。
体の中で一番きれいな液体といわれている脳脊髄液は、脳の中で、1日に約450ml作られます。生産され、そして吸収まで絶えず循環し、脳脊髄液は新しいものに入れ替わっている状態です。しかし、この脳脊髄液の循環が何らかの原因により障害されてしまうと、脳内に脳脊髄液がどんどん溜まってしまい、脳が圧迫されてしまいます。これにより、さまざまな症状が現れるようになります。これを、「水頭症」といいます。

「水頭症」の中でも、脳脊髄液の吸収障害があるものの、通過障害にはなっていないことから、頭蓋内圧は正常範囲が保たれている状態を「正常圧水頭症」といいます。「正常圧水頭症」には、くも膜下出血や頭部外傷、髄膜炎などが原因で二次的に引き起こされる「続発性正常圧水頭症」と、高齢者に多くみられ、発症原因がはっきりと分からない「特発性正常圧水頭症(iNPH)」の2つに分類されます。
特発性正常圧水頭症(iNPH)は、発症原因は不明であるものの、高齢になるほど多くなる病気であるため、「加齢(老化)」が発症に関わる重要な因子なのではないかと考えられています。認知症と同様の症状が現れるため、アルツハイマー型認知症と間違われやすい傾向にありますが、手術により、溜まっていた脳脊髄液を脳内から排出させることで症状の改善が見込める、治療可能な認知症の一つといわれています。つまり、「特発性正常圧水頭症(iNPH)」は、〝治りうる認知症〟の代表格といえるのです。

正常圧水頭症(NPH)の症状

正常圧水頭症(NPH)では、主に以下のような症状がみられるのが特徴です。

 ■正常圧水頭症(NPH)の主な症状

歩行障害
歩行が不安定になり、「小刻み歩行」、「すり足歩行」「開脚歩行」、「方向が変えにくい」、「うまく止まれない」、「第一歩が出ず歩き出せない」といった様子がみられます。転倒の危険性も高く、大変危険です。
ただし、正常圧水頭症(NPH)の3つの主症状のうち、手術によって最も改善の得られる症状になります。
また、歩行障害は正常圧水頭症(NPH)の初期症状として現れる傾向にあることから、他の認知症と区別するポイントにもなってきます。

認識機能障害
正常圧水頭症(NPH)では、溜まった脳脊髄液が脳の「前頭葉」を圧迫してしまうことにより、「記憶障害(物忘れ)」や、「注意力・集中力の低下」、「意欲・自発性の低下」、「気分の変化」、「作業(動作)に時間がかかる」などの認知機能の低下がみられることがあります。特に「記憶障害(物忘れ)」に関しては、正常圧水頭症(NPH)の進行に伴い、次第に強くなる傾向にあるようです。
ただ、アルツハイマー型認知症と比較すると、記憶障害や見当識障害に関しては症状が軽度であり、注意力の低下や言語障害といった前頭葉機能障害全般に関しては、症状が重くなる傾向にあります。

排尿障害
排尿コントロールがうまくいかなくなり、トイレの回数が増える「頻尿」や、我慢できる時間が非常に短くなる(急に排尿したくなる)「尿意切迫」、それに加え歩行障害もあることから、トイレまで間に合わず失禁してしまう「尿失禁」が合併するケースもあります。
排尿障害は、正常圧水頭症(NPH)の3つの主症状のうち、症状が現れるのが一番遅い傾向にあり、状態は比較的軽いといわれています。

上記の3つの主症状は、正常圧水頭症(NPH)の「三徴候」とも呼ばれています。アルツハイマー病が進行した際にみられる症状と似ており、日常生活にも支障をきたすことから、認知症になったと思い込んでしまう方も多くいます。
また、正常圧水頭症(NPH)が治療できる認知症だからといって、手術すれば完全に元に戻るというわけではありません。
正常圧水頭症(NPH)の3つの主症状のうち、歩行障害は手術によって大きく改善する傾向にありますが、認知障害の場合は、治療のタイミングが遅いと、手術をしても回復しにくい場合があります。
さらに、特発性正常圧水頭症(iNPH)では、アルツハイマー型認知症を合併していることもあります。万が一、併発してしまった場合、手術によって特発性正常圧水頭症(iNPH)の症状は改善されても、アルツハイマー型認知症が原因となっている症状を改善することは困難です。
たとえ治療可能な認知症であったとしても、早期発見・早期治療はとても重要であるといえます。

下記は、アルツハイマー型認知症を併発することもある特発性正常圧水頭症のチェックリストになります。項目が1つでも当てはまるようであれば、すぐに専門の医療機関を受診するようにしましょう。対処が早ければ早いほど、認知障害の改善が見込めます。

 ■特発性正常圧水頭症(iNPH)のチェックリスト

□足が上げづらく、小刻みに少しずつ歩く
□少しガニ股で不安定な歩き方
□以前より転びやすくなった
□歩く時の一歩が出ず、足が床に張り付いたような感覚がある
□注意力、集中力を維持が困難
□習慣としていることや趣味などをしない、やる気が起きない
□失禁してしまうことがある

正常圧水頭症(NPH)の治療

正常圧水頭症(NPH)と診断された場合、主に「髄液シャント術」が適用されます。
「髄液シャント術」とは、シャントと呼ばれるシリコン製のチューブを使用して行われる外科手術のことです。
「髄液シャント術」には、「L-Pシャント術(腰椎-腹腔シャント術)」、「V-Pシャント術(脳室-腹腔シャント術)」、「V-Aシャント術(脳室-心房シャント術)」の3種類があります。

【L-Pシャント術(腰椎-腹腔シャント術)】
腰椎くも膜下腔という部分から腹腔にチューブを通し、髄液をお腹の中で持続的に吸収させる手術です。
頭に傷をつけずに済みます。3種類の中で最も低侵襲であり、高齢者に優しく、髄液シャント術の過半数を占めています。

【V-Pシャント術(脳室-腹腔シャント術)】
頭(脳室)から腹腔にチューブを通し、髄液をお腹の中で持続的に吸収させる手術です。頭蓋骨に穴をあけてチューブを挿入する方法と、後頭部からチューブを挿入する方法があります。管を挿入する方向がずれやすいという欠点があり、また、脊柱が変形している場合、この方法は適用されません。

【V-Aシャント術(脳室-心房シャント術】
頭(脳室)から心臓の右心房にチューブを挿入し、たまった髄液を血液へ持続的に吸収させる手術です。重篤な合併症を引き起こす可能性もあり、最近はほとんど行われていませんが、何らかの理由で腹腔が使用できない場合に、この術式が検討されます。

上記の手術方法は、いずれも、疾患が早期の段階であればあるほど、症状を改善させる可能性が高くなり、個人差はあるものの、日常生活が困らない程度まで回復することも可能です。ただし、高齢の方は、複数の疾患を合併していることが多いため、手術しても、思ったよりも症状が改善されないという場合も考えられます。
また、チューブが詰まったり切れたりするなどのトラブルや、シャント感染が起こる可能性もあるため、術後も定期的な受診が必要です。
術後は、発熱や腹痛がみられる場合がありますが、自然に消失すれば特に心配する必要はありません。時間が経過しても持続するようであれば、髄膜炎の可能性も考えられるため、すぐに担当医に相談するようにしてください。

高齢者の転倒のリスクは高い傾向にあるため、家族や周囲の方は、術後、本人の歩行障害が改善された場合でも、見守りやサポートは引き続き行うようにしましょう

認知症の原因となる疾患の治療の可否

認知症とは、一度正常に達した認知機能が、後天的な脳の障害により持続的に低下し、日常生活や社会生活に支
障を及ぼす状態のことをいいます。病名ではありません。
認知症には、原因となる疾患によってさまざまな種類があり、それぞれ現れる症状や治療方法などが異なります。
「アルツハイマー型認知症」・「脳血管性認知症」・「レビー小体型認知症」・「前頭側頭型認知症」は〝4大認知症〟といわれており、認知症の中で最も患者数が多いのは「アルツハイマー型認知症」になります。
変性疾患である「アルツハイマー型認知症」や「レビー小体型認知症」、「前頭側頭型認知症」は、時間の経過とともに脳の神経細胞が減少していくため、認知症の症状がどんどん悪化していきます。現在は、認知症の進行を遅らせるための対症療法しかなく、根本的な治療は難しいとされています。

 ■治療が困難な認知症

アルツハイマー型認知症
異常タンパク質である「アミロイドβ」が、数十年かけて蓄積されていくことにより、脳全体が徐々に委縮していきます。記憶をつかさどる脳の「海馬」という部分を中心に委縮が始まるため、初期の頃から記憶障害が目立ちます。

レビー小体型認知症
「レビー小体」という円形の異常タンパク質のかたまりが、脳の大脳などに広く現れることで、認知症の症状が発生します。「幻視」や「パーキンソン症状」といった症状がみられるのが特徴です。認知機能の変動があり、調子が良い時と悪い時の差が激しい傾向にあります。

前頭側頭型認知症
脳の前頭葉と側頭葉を中心に、徐々に萎縮が進んでいきます。人格の変化や反社会的な行動などが初期の頃から目立ちます。

しかし、原因となっている疾患を治療することによって、予防や症状の改善が見込める認知症もあります。

 ■予防や改善が見込める認知症

脳血管性認知症
脳出血や脳梗塞などの脳血管障害が原因となって引き起こされる認知症です。高血圧や脂質異常症といった、脳卒中発症の引き金となる疾患を治療することで、結果的に、脳血管性認知症の進行抑制に繋がります。

正常圧水頭症(NPH)
手術により、溜まった脳脊髄液を排出することで、症状の改善が見込めます。

慢性硬膜下血腫
頭を強く打ったことなどが原因で、頭蓋骨のすぐ内側にある硬膜の内側に数ヶ月かけて血のかたまりができ、脳を圧迫してしまっている状態を慢性硬膜下血腫といいます。手術により症状の改善が見込めます。

ビタミン欠乏症
ビタミンが不足することにより、認知機能の低下や手足のしびれなどの症状が出ることがありますが、ビタミンの補充により、症状の改善が見込めます。

甲状腺機能低下症
甲状腺ホルモンの分泌量が不足することにより、記憶障害やパーキンソン病のような症状が現れることがあります。
甲状腺ホルモンの補充により、症状の改善が見込めます。

まとめ

今回は、「正常圧水頭症(NPH)」についてお話させていただきましたが、いかがでしたか。

治療できる認知症といえども、脳のダメージが進んでしまうと、手術をしても症状の改善が見込めないケースもあるため、早期に診断・治療することがとても重要となってきます。
高齢者に多いとされる「特発性正常圧水頭症(iNPH)」は、発症原因も明確になっておらず、認知度もまだまだ低いため、「老化現象」や「認知症」と勘違いして治療を諦めてしまう方も多くいます。以前とは違う様子に気付いたら、すぐに医療機関を受診するようにしましょう。

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