睡眠の質は、年齢を重ねていくとともに変化していきます。残念ながら、たとえ健常者であっても、「眠りが浅くなる」、「朝早くに目が覚める」といった、さまざまな悩みが出てくるようになります。
このような睡眠障害は、認知症になると、強く出やすい傾向にあると言われています。昼夜が逆転する不規則な生活リズムや夜間に起こる「せん妄」など、健常者にはみられない症状も現れ、重症化しやすく、介護者の負担を大きくしてしまう原因となっています。
ここでは、認知症による睡眠障害の原因や、対処法などについてご紹介していきたいと思います。

目次

認知症による睡眠障害

高齢の方は、一般的には、健常者であっても、加齢に伴う体内時計(睡眠覚醒や体温、心拍・血圧、ホルモン分泌といった体内の生体機能リズムを統治している機能)の変化などにより、睡眠障害を引き起こしやすい傾向にあります。
睡眠障害には、寝ている途中で目が覚めてしまう「中途覚醒」や、朝早く目が覚めてしまい、そのまま寝付けなくなる「早朝覚醒」、寝つきが悪い「入眠障害」、昼間に寝てしまい夜間に覚醒する「昼夜逆転」などがあります。

特に認知症高齢者は、睡眠の加齢変化が強く現れやすく、「記憶障害」や「見当識障害」からくる「不安感」が睡眠を妨げてしまうことから、重度の不眠や眠気が生じやすい傾向にあります。
また、健康な高齢者ではあまりみられないような「昼夜逆転」などの症状が多いことも特徴です。重症化すると、1時間程度の睡眠ですら連続して眠ることが難しくなるといわれています。

■認知症による睡眠障害の一例

【夜間不眠】
認知症の方は、ちょっとした環境の変化にも弱いことや、記憶障害や見当識障害などの認知機能の低下により生じる強い不安感などから、夜眠れなくなってしまうことがあります。

【昼夜逆転】
認知症により、睡眠障害が強く現れやすい傾向があることに加え、見当識障害により、昼と夜の認識が困難になることなどから、昼夜が逆転し、不規則な生活リズムになります。夜中に活動的になり、大きな声を出して騒いだりすることもありますが、その時の心理状態や周囲の環境、本人の性格も大きく影響してくるため、症状の出方は人によりそれぞれです。

【日没症候群】
日中は穏やかでも、夕方になると落ち着きがなくなり、徘徊や焦燥、興奮、奇声などの異常行動が目立つようになります。「夕暮れ症候群」とも呼ばれています。

【せん妄】
急におかしなことを言いだす、会話のつじつまが合わなくなる、意識がもうろうとする、落ち着きがなくなる、奇声をあげる、幻覚や錯覚をみるといった症状が現れます。睡眠を妨げてしまう原因の一つです。

特に、認知症の中で最も患者数が多いとされている「アルツハイマー型認知症」や、レビー小体という特殊な構造物ができる「レビー小体型認知症」の場合は、ごく初期の頃から睡眠に問題が生じるようになります。
これは、体内時計を司っている脳の部分(視交叉上核)の細胞が早い段階で死滅するためで、「昼夜逆転」などの症状は、認知症の初期の頃からみられることも多くあります。
健常者に比べ、睡眠障害が現れやすい傾向にある認知症高齢者ですが、このような睡眠障害による睡眠の質の低下も、また、認知症の進行を悪化させる原因となります。

睡眠障害を起こしている高齢者の心理

高齢者、特に認知症高齢者に多いとされる「睡眠障害」ですが、高齢者の心理状況としては、

・心配事がある
・不安、恐怖、寂しい
・夜間頻尿
・残尿感や便秘、下痢などが原因でトイレに行きたい
・陰部やお尻が汚れている
・空腹
・寝室の環境が落ち着かない
・身体がムズムズして痒い

などが考えられます。
認知症による「睡眠障害」が引き起こされる要因はさまざまあるため、介護者は、原因を見極めて対処する必要があります。

認知症による睡眠障害の原因

私たちの体内時計の機能は、加齢とともに衰え、睡眠の質も下がっていきます。
なぜ、高齢者の中でも、認知症の方は睡眠障害が重症化しやすいのか、具体的には以下のようなことが考えられます。

■認知症による睡眠障害の原因

【体内時計の調整機能の低下】
認知症の方は、脳の機能が低下しています。もともと加齢や心身の不調による影響を受けやすい体内時計が狂うと、体が不調になります。結果的に重度の睡眠障害を引き起こしやすくなります。
また、1人で自由に動くことが困難な方や認知症で部屋にいる機会が多くなってしまい、強い覚醒効果がある日光を浴びる機会が極端に少なくなる方は、体内時計の調整機能が低下する原因となります。

【見当識障害による影響】
時間などの認識が乏しくなる、認知症の「見当識障害」により、明け方に夕食の準備をし始めるなど、日中の活動を夜に行うことがあります。昼夜逆転の原因の一つとなります。

【日中の活動量の低下】
特に認知症になると、症状の影響で、日中の活動量がますます低下するようになり、「体が疲れていないため、寝付けない」という状態になります。

【夜間せん妄】
その名の通り、夜間に現れる「せん妄」のことです。脳の機能は、夜間になると低下する傾向にありますが、そこに、疲労や発熱、脱水、便秘などが加わることで、さらに脳の状態が悪化します。ちょっとした刺激に興奮したり、幻覚が現れたりするため、夜間に興奮状態が続くようになったり、不安や混乱で眠れなくなったりします。

【レム睡眠行動障害】
睡眠中は、眠りが浅く、脳だけが活動している状態の「レム睡眠」と、眠りが深く、脳も休息している状態である「ノンレム睡眠」を繰り返しています。
「レビー小体型認知症」では、眠りが浅い状態である「レム睡眠」時に、みている夢と一緒に身体を動かしてしまう「レム睡眠行動障害」が、ごく初期の頃から現れるようになります。不快な夢や暴力的な夢をみることが多いため、睡眠中に突然奇声を上げたり、物を投げつけたりして、睡眠中とは思えない異常行動をとります。※ただし、「レム睡眠行動障害」は、認知症の中期以降になるとおさまるケースが多いようです。

【身体の不調や不快感】
認知症の方は、身体の痛みや不快感などを他人に伝えることが困難であるため、それが原因で眠れなくなるだけでなく、夜間に動き回るといった行動がみられるようになります。

【不安や恐怖などの再体験】
自分の意思に関係なく、過去に経験した出来事がよみがえることがあります。寝ようとしている時に、このような記憶のよみがえりによって、恐怖や不安を再び感じ、すぐに眠りにつくことができなくなります。たとえ過去に起きたことでも、今、現実に起きていると思い込み、不安や恐怖、怒りなどの感情を生々しく感じてしまうことがあります。これにより、睡眠障害を起こしやすくなります。

【周囲の環境の変化】
認知症の方は環境の変化に敏感になるため、いつもの生活と少しでも違った部分があると、それがストレスとなり、結果的に睡眠障害を引き起こす原因となることがあります。

以上のように、認知症の方は、睡眠障害を重症化してしまう、認知症特有のさまざまな要因があります。

認知症による睡眠障害の対処法

次に、認知症による睡眠障害の対処法について、いくつかご紹介したいと思います。

 ■認知症からくる睡眠障害への対処法

日中は積極的に活動する

日中の活動量を増やすことにより、夜になると自然に眠れるようになります。家族以外の方と接する機会を増やしてみたり、趣味の時間を作ってみたりなど、無理のない範囲で身体を動かすようにし、適度に刺激のある生活を行うことを心がけてみるようにしましょう。デイサービスやデイケアなどを活用するのもおすすめです。

午前中は日光浴

日光を浴びると、睡眠ホルモンである「メラトニン」の分泌がとまることから、睡眠・覚醒リズムを整えることができます。さらに、夜になると(日光を浴びてから15時間前後)、再びメラトニンが分泌されるようになるため、質のよい睡眠を得られるようになります。睡眠障害の改善には、午前中の日光浴が効果的といえます。

規則正しい生活を送る

睡眠障害の改善には、起床時間と就寝時間を一定にするなど、毎日規則正しい生活リズムを意識することが大切です。一日のスケジュール表を作り、本人が見やすく、目に入りやすい場所に貼っておくのもおすすめです

眠りやすい環境を作る

就寝場所が明るいと眠れなくなるという方もいれば、暗いと恐怖を感じてしまい寝付けなくなる方もいるなど、人によりさまざまです。時計の音や外の音、部屋の温度が睡眠の質に関係していることもあります。本人がリラックスできる環境をつくってあげるようにしましょう。また、寝心地の良い寝具や寝巻を用意してみるのもおすすめです。

寝つきが悪い時はマッサージやホットドリンクなど

就寝前に足湯などで身体を温めたり、マッサージを行ったりすることによって、血行が良くなり、リラックス効果が得られ、眠りにつきやすくなります。
就寝前の足湯やマッサージ、アロマオイルなどを、習慣として取り入れてみてください。
また、寝つきが悪い時は、ホットミルクなどの温かい飲み物や、おにぎりなどの軽食を勧めるのも良いでしょう。
身体を温めることや空腹の解消によって、眠りにつきやすくなります。

安心感を与えてマイナスな感情を減らす

認知症の方は、「不安」や「寂しさ」などを感じやすく、それが不眠の原因になっていることもあります。眠るまで家族がそばにいてあげるようにしたり、添い寝をしたりすると、本人は安心感を得ることができ、寝付きやすくなります。
また、「明日は○○をしましょう」と、本人が楽しみにできるようなことを話してあげると、明るい気落ちになり、「不安」などの感情を軽減させることに繋がります。認知症の記憶障害により、言われた内容は覚えていなくても、喜怒哀楽などの感情はしっかり残っているため、安心感を与える声かけは大切です。

睡眠中のパターンを把握しておく

睡眠障害が起きる際、全く眠れなくなるのか、深く眠る時間帯はあるのか、浅い睡眠を繰り返すのか、夜間中ずっと騒いでいるのか、症状は人によりさまざまです。睡眠パターンを観察することにより、睡眠障害に対する対処方法もみつけやすくなります。

「レム睡眠行動障害」が現れている場合は起こす

レビー小体型認知症特有の症状である「レム睡眠行動障害」が現れている場合、本人が夢をみながら、立ち上がったり暴れたりすることがあります。自身の身体や周囲の人を傷つける可能性もあり、大変危険な行為となるため、声をかけたり身体をゆすったりなどして、本人を起こしてあげるようにしてください。
また、ベッドの近くには危険なものを置かないようにするなどの対策も取るようにしましょう。

服薬中の薬を確認する

服薬中の薬の副作用が眠りのサイクルに影響を及ぼし、睡眠障害の原因となっていることがあります。気になる方は、一度、かかりつけ医や薬剤師に相談してみるようにしましょう。

どうしても眠れない場合は、かかりつけ医に相談

いくつかの対処を試みても睡眠障害が改善されないという場合には、かかりつけ医に相談してみるようにしましょう。

睡眠時無呼吸症候群と認知症の関係

睡眠障害の一つに、「睡眠時無呼吸症候群(Sleep Apnea Syndrome:SAS)」があります。
「睡眠時無呼吸症候群」は、睡眠中に気道が閉塞することにより、呼吸が10秒以上停止した状態になる「無呼吸」と「低呼吸(いびき)」を繰り返す疾患です。
寝ている間に呼吸停止が繰り返されると、身体が酸素不足の状態になるため、心拍数が上がり、脳が覚醒した状態になります。
休んでいるはずなのに、脳の覚醒によって、睡眠中も、身体や脳に大きな負担がかかりつづけていることになります。
「睡眠時無呼吸症候群」は、熟睡ができないため、日中は強い眠気に襲われ、集中力の低下や活力喪失などが生じるなど、さまざまな症状が現れるのが特徴です。

〔睡眠中〕
・いびきをかく
・呼吸が止まる
・息苦しさを感じる
・何度も目が覚める
・寝汗をかく    など

〔日中〕
・強い眠気を感じる
・集中力がない
・常に疲労感を感じる
・倦怠感    など

「睡眠時無呼吸症候群」は、睡眠中の低酸素状態により、心臓や脳に負担をかけることになるため、高血圧や糖尿病、心臓血管疾患、脳卒中といったさまざまな疾患のリスクを高める原因となります。認知症もその一つで、 「睡眠時無呼吸症候群」によって発症リスクが高まるとされています。
低酸素ストレスを与えてしまうと、脳内に、「アルツハイマー型認知症」の原因とされている「アミロイドβタンパク質」が増えるため、「睡眠時無呼吸症候群」の方は、特に「アルツハイマー型認知症」になりやすいと言われています。
「アルツハイマー型認知症」の原因とされる「アミロイドβタンパク質」は、認知症を発症する数十年前からすでに脳内への蓄積が始まっているとされており、認知機能の低下が気になってくる前の段階から、認知症の危険因子を減らす生活習慣を意識しなければなりません。
認知機能の低下が気になり始める前、あるいは気になり始めるごく初期の段階で、「睡眠時無呼吸症候群」の治療を行うことは、認知症の発症予防や進行を鈍化させることに繋がります。
認知症を完治させる薬は現在の時点では開発されていないため、認知症は、予防・早期発見・早期治療が重要となってきます。「睡眠時無呼吸症候群」の治療など、今、出来ることから、始めてみましょう。

まとめ

今回は、認知症高齢者による「睡眠障害」についてお話させていただきましたが、いかがでしたか。

認知症の方は、睡眠障害が重症化になりやすい多くの因子を持っています。中でも「レム睡眠行動障害」は、室内にある物を投げたり暴れたりなど、周囲の人を傷つけてしまう可能性があり、大変危険です。睡眠障害は、 本人の健康状態を把握し、日頃から睡眠がとりやすいようサポートしてあげることが大切です。介護者側の負担も増えやすい傾向にあるため、デイサービスなどもうまく活用していくようにしましょう。

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