「何をしようとしていたのか忘れてしまった」、「知り合いの名前が思い出せない」など、思い当たる節はありませんか。単なる「物忘れ」は、誰でも一度や二度、経験したことがあると思います。
しかし、「物忘れ」の中には、目的地までの行き方や月日がわからなくなってしまうなど、認知症である可能性が高いものがあります。
そこで今回は、〝老い〟からくる年相応の「物忘れ」と認知症による「物忘れ」のそれぞれの特徴や家族の対応についてご紹介していきたいと思います。

目次

物忘れとは

人は、加齢とともに身体機能が衰え、徐々に脳の認知機能も低下していきます。個人差はありますが、多くの方は60歳頃になると、脳の老化によって、記憶力や判断力、適応力などの低下が目立つようになると言われています。

〝物忘れ〟が起こる原因としては、以下のようなことが考えられます。

【精神的ストレス、過労、寝不足など】
ストレスや疲労の蓄積は、集中力が散漫し、物忘れが多くなる原因となります。20~30代でみられる記憶障害は「若年性健忘症」と呼ばれていますが、これは、強いストレスや頭部外傷などが原因と言われています。

【薬物による物忘れ】
睡眠薬や精神安定剤といった、脳に作用する薬を服用している方は、薬の副作用として「物忘れ」の症状が現れることもあります。特に高齢者の場合、複数の種類の薬を服用している方が多いため、相互作用を起こし、結果的に「物忘れ」などの症状が現れることがあります。

【疾患による物忘れ】
認知症や脳卒中、脳腫瘍、慢性硬膜下血腫など、何らかの疾患が原因で引き起こされる〝物忘れ〟のことです。原因疾患を取り除く(治療する)ことにより、「物忘れ」症状の改善、あるいはなくなる場合があります。
※ただし、認知症など、現時点では治療法が確立されていないものもあります。

▼以下、疾患一例
・アルツハイマー型認知症
認知症の原因として最も多いとされています。異常タンパクの「アミロイドβ」が、脳内に少しずつ蓄積されていくことが原因と言われており、記憶を司る「海馬」を中心に、脳全体が徐々に委縮していきます。初期の頃から「物忘れ」などの記憶障害がみられるのが特徴で、症状は数年単位で進行していきます。

・脳血管性認知症
脳梗塞や脳出血などの脳血管障害が原因で引き起こされる認知症です。特に、小さな脳梗塞の場合、
多くは自覚症状がないことから、頻繁に繰り返すことで、ある日突然「物忘れ」がひどくなったように感じることがあります。

・脳腫瘍
頭蓋骨の中にできる腫瘍の総称で、神経膠腫や中枢神経系原発悪性リンパ腫、神経鞘腫、下垂体腺腫などがあります。腫瘍が大きくなるにつれ、脳の認知機能の低下が進んでいきます。ただし、腫瘍が発生した場所により、障害される機能も異なるため、「物忘れ」だけではなく、記憶障害や判断力の低下、手足の震えなど、現れる症状はさまざまです。

・うつ病
高齢者のうつ病は、認知症に似た症状(記憶障害(物忘れ)など)が引き起こされることがあるため、認知症と間違われるケースがあります。

・慢性硬膜下血腫
打撲などの軽微な頭部外傷などによって、脳と脳を包んでいる膜の間にだんだんと血液が溜まり、血腫(血液の塊)ができる病気です。この血腫が脳を圧迫することで、記憶障害などの認知症に類似した症状がみられることがあります。この場合、手術で血腫を取り除くことにより、以前の状態に戻ることができます。

・水頭症
脳を保持・保護する脊髄液が、何らかの原因で循環しなくなり、過剰に溜まってしまうことで脳圧が上昇します。
これにより、認知障害(物忘れや意欲の低下など)や歩行障害、排尿障害などの症状が現れるようになります。 手術を行えば、症状を改善させることが可能です。

物忘れと認知症の違い

「加齢による自然な物忘れ」と「認知症により引き起こされる物忘れ」は、大きく異なります。
「認知症により引き起こされる物忘れ」の場合、早期発見・早期治療が非常に重要です。「加齢による自然な物忘れ」と思いこみ、そのまま放置しておくと、認知症を進行させてしまう可能性があります。

「記憶」というのは、外部からの情報を記憶として取り込む「記銘」と、情報を記憶として留めておく「保持」、覚えていることを呼び起こす「再生」の3つの段階に分けられます。

「加齢による物忘れ」では、脳の老化により、「再生」の部分の機能が低下するため、「さっき食べた食事の内容を忘れてしまった」、「物をどこに置いたか忘れてしまった」、など、体験の一部を忘れている状態になり、さらに、自分が物忘れをしているという自覚があります。

一方、「認知症による物忘れ」では、新しいことを覚えたり、覚えた記憶を「保持」したりする脳の機能の部分が低下していることにより、「記銘」ができなくなります。「お昼に食事をしたこと自体を覚えていない」、「約束したこと自体を覚えていない」、「物を置いたこと自体を覚えていない」など、体験したことそのものを覚えていないというのが特徴です。そのため、キッカケやヒントを与えられても、その時の記憶を思い出すことが困難となります。

加齢による物忘れ ・「物忘れ」を自覚している
・体験したことの一部を忘れる
・日常生活への支障は気にならない
・症状はひどくならない
・ヒントやきっかけが与えられると思い出す
認知症による記憶障害 ・「物忘れ」の自覚がない
・新しいことが覚えられない
・体験したことそのものを忘れる
・日常生活に支障をきたす
・時間の経過とともに進行していく
・ヒントやきっかけが与えられても思い出すことができない

また、認知症の場合、場所や時間の見当がつかなくなる「見当識障害」も目立つようになります。慣れているはずの道や場所で迷ってしまったり、家族など、自分の身近な人の名前を忘れてしまったりする場合には、早めに専門の医療機関を受診することをおすすめします。

疑わしい場合は、物忘れ外来へ

認知症による「物忘れ」は、本人の自覚がほぼありません。
そのため、「最近物忘れが多いから、病院を受診しよう」という方は、大抵、認知症でない場合がほとんどです。
大概、認知症第一発見者は家族で、家族に連れられて病院を受診する認知症の方が多い傾向にあります。

認知症は進行性の病気であるため、できる限りの早期発見・早期治療が重要となります。ご家族が認知症なのではないかと心配になった場合には、早めに受診するようにしましょう。

以下のような言動や行動がみられる場合には、注意が必要です。

■何度も同じ質問を繰り返す、同じ話をしてくる
これは、認知症の代表的な症状である「記憶障害」や、日付・場所・人物等が分からなくなる「見当識障害」の可能性があります。

■食事をしたことを忘れている
先ほどもお伝えしたように、認知症の方は、新しいことを覚えたり、記憶を保持したりすることが難しくなるため、食事をしたにもかかわらず、「ご飯はまだですか」と、周囲に何度も聞いたりすることがあります。

■感情の起伏が激しい
感情の抑制に関わる脳の機能が障害されることで、「死にたい」などのネガティブな発言をしたり、突然、暴力的な言動や行動をとったりするなど、感情の起伏が激しくなります。

■慣れている道で迷う
認知症の方は、買い物や散歩などの外出した際に、慣れているはずの道で迷ってしまったり、自宅がどこにあるか思い出せなくなったりします。

■作業を途中で放棄してしまう
一つの作業(料理などの家事、趣味など)に没頭していても、別のことに関心がいくと、今までやっていた作業を中断し、違う行動に移ってしまう様子がみられます。

 

認知症の疑いがある場合には、地域の総合病院を受診するより、まずはかかりつけ医(普段かかっている病院の医師)に相談するのがおすすめです。
いつも診察してもらっているかかりつけ医からの話であれば、病院の受診を嫌がる認知症疑いのある方であったとしても、耳を傾けてくれる場合もあります。
かかりつけ医は、本人の日頃の健康状態や病歴等を把握しており、総合病院などと連携を取っているところも多いため、適切な対応を取ってもらえます。認知症専門医の受診が必要と判断された場合には、認知症専門医宛に紹介状を出すこともあります。
紹介状には、患者の個人情報だけでなく、病状や既往歴、アレルギー歴、投薬内容、検査結果等が記載されているため、いきなり認知症専門の医療機関を受診するより、紹介先の医師に、患者の病状やニーズが的確に伝わりやすいというメリットがあります。
また、専門医の診断や治療を受けた後は、かかりつけ医に経過を見守ってもらうことも可能となります。

かかりつけ医がいない場合でも、認知症の家族を持つ人や知人からの口コミを参考にして病院を選んでみるのも良いでしょう。
ただし、認知症の診断や治療を行う、認知症専門外来の「物忘れ外来」は、日本ではまだ数が少なく、予約が数ヶ月待ちになっていたり、わざわざ遠出したうえに病院での待ち時間が長かったりするなど、診断までがあまりスムーズではない場合があります。

「物忘れ外来」ではなくても、「神経内科」や「精神科」、「脳神経外科」など、認知症の診断を行っている科は他にもあります。最終的には、〝診療科目がどこか〟ではなく、〝専門医にみてもらう〟ことが一番のポイントです。
現在の状況(病院に行くとなったら通院しやすいかなど)も考慮し、認知症疑いのある方やそのご家族に合った病院を見つけられるようにしましょう。

 ■症状が出てから病院へ行くまでの流れ

認知症の疑いがある場合、家族と一緒に病院を受診

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「物忘れ外来」、「老年科」、「神経内科」、「脳神経外科」、「精神科」などを受診。
※より適切な診療科へ移る場合もある。
・物忘れ外来…認知症の専門外来。所属する医師の分野はいろいろ。
・老年科…加齢に伴う病気の診療。
・神経内科…神経内科で扱っているパーキンソン病と症状が似ているレビー小体型認知症との見分け。
・脳神経外科…脳血管障害の治療。
・精神科…うつ病などの精神疾患に対応。

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〔診察内容〕
①問診・心理検査
家族や周囲の方は、日頃から、認知症を疑うような行動や気になる行動はメモするようにしておくと、病院を受診した際に伝えやすくなります。
②頭部画像検査
CT検査、MRI検査、SPECT検査、PET検査 など
③一般的な検査
血液検査、尿検査、胸部レントゲン、心電図検査 など

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認知症と診断された場合、つき添った家族の判断や医師との相談により、本人へ告知するかしないかを判断する。

かかりつけ医に相談した際に、「認知症ではない」と診断された場合には、なぜそういう判断をしたのか、理由を尋ねることも大切です。

「かかりつけ医」の探し方

かかりつけ医がいないという方は、今回のことをきっかけに、かかりつけ医を探してみることをおすすめします。知人や地域の人からの評判などを参考に探してみるのも良いでしょう。


 ■「かかりつけ医」を決めるためのチェックリスト

☑話をよく聴く
☑専門用語や英語を使わずに説明する
☑相性がよい
☑普通の話、世間話ができる
☑かつて、高度先進医療をやっていたことがある開業医
☑処方する薬についての説明がわかりやすい
☑投与する薬の量が少ない
☑表情が豊かでよく笑う
☑論理的である
☑介護保険に詳しい(投薬のみでなく生活上の対応の相談ができる)
☑外部との連携が取れている(大病院との連携がスムーズ)

脳を守る為にできること

認知症の治療方法は、現時点では確立されていないということもあり、日頃から脳を守ることを意識した生活を送ることが大切です。そうすることで、万が一認知症になった場合でも、症状の進行をゆるやかにさせることが可能となります。

 ■脳を守る為のポイント

①生活習慣病の予防は認知症の予防に繋がる

糖尿病、高血圧、脳卒中、脂質異常症、心臓病といった生活習慣病は、認知症の発症にも関与していることから、生活習慣病を予防することは、認知症を予防することにも繋がります。定期検診を受けるようにする、生活習慣病にかかっている場合は適切な治療を受け、生活習慣の見直しを心がけるなど、日頃から健康を意識した生活を心がけるようにしましょう。

②自分の健康状態を常に把握しておく

自分の体重や血圧、血糖値、コレステロールなどは、常に把握するようにし、数値はすべて正常の範囲で保つようにしましょう。自分の身体の状態が把握できるだけでなく、数値を意識することで健康管理がしやすくなります。

③脳の健康に良い栄養素を積極的に取り入れる

特に青魚の脂に豊富に含まれている「DHA」などは、脳の炎症を抑える作用があるため、認知症の予防に効果的です。魚は1日に1回以上食べることが理想的です。
また、ビタミンEなどの抗酸化作用のある栄養素が多い食品も積極的に摂取していくようにしましょう。

④体をよく動かし、適度な運動を

散歩やジョギングなどの有酸素運動は、脳細胞を刺激するため、認知症予防や生活習慣予防に効果的です。
ただし、身体に負荷のかかりすぎる激しい運動(無酸素運動)は、かえって逆効果になるため、控えるようにしましょう。

⑤脳に適度な刺激を

読み書き、新しいことを学ぶ、クロスワードパズルを解くなど、脳に適度な刺激を与えることは、脳を活性化させ、認知症の予防にも繋がります。

⑥他人との交流を積極的に

他人との交流は、脳に刺激を与え、生活を豊かにすることから、認知症を防ぐ最も良い方法といえます。ボランティア活動や地域の活動などに積極的に参加してみましょう。

⑦自分の悪い習慣を見直す

喫煙や飲酒の習慣がある方は、タバコを控え、大量のアルコール摂取は控えるようにしましょう。

⑧認知症予防はすぐに始める

認知症は突然発症するものではありません。脳を守る為の習慣は、生活習慣病の予防など、自分の身体を守ることにも繋がります。今日からできることを、早速、実践してみましょう。

まとめ

今回は、「物忘れ」についてお話させていただきましたが、いかがでしたか。

「さっきまで考えていたことをすっかり忘れてしまった」など、「物忘れ」は誰にでも起こるものですが、加齢による「物忘れ」と、認知症による「物忘れ」には大きな違いがあります。
これを機に、一度、自身やご家族の〝物忘れ〟がどちらに当てはまるか確認してみてください。
認知症の心配があるのであれば、かかりつけ医や物忘れ外来へ受診してみましょう。
もし、認知症と診断されたとしても、早めに適切な対策をとることができれば、進行を穏やかにすることが目指せます。

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