高齢者は、加齢に伴う身体の変化や身近な人との死別による喪失感などが原因により、日頃から不安やストレスを感じることが多く、うつ病になりやすいと言われています。
誰にでも、気分が落ち込んだり、憂鬱になったりすることはあると思いますが、通常は、時間の経過とともに、回復します。しかし、「うつ病」は、のような状態が長期にわたり続き、日常生活にまで支障をきたすようになります。
特に高齢者のうつ病は、症状がよく似ていることから「認知症」と間違われやすく、早い段階で適切な治療を行うためには、周囲がその違いを把握しておき、うつ病のサインを見逃さないことが大切です。
今回は、高齢者のうつ病の原因や予防法、認知症と見分けるポイントなどについてご紹介します。

目次

高齢者のうつ病とは

うつ病とは

「憂鬱感」や「気分の落ち込み」などは、生きているうちに誰もが経験することです。しかし、その状態が数週間以上にわたり長く続く場合、「うつ病」を発症している可能性があります。
「うつ病」は、誰にでも起こり得る一般的な病気であることから、〝心の風邪〟とも呼ばれていますが、けっして、「(本人の)気持ちの問題」や「メンタルの弱さ」などが原因で起こる病気ではありません。しかし、一般的と言っても、最悪の場合、自殺の可能性もあるため、精神科での適切な治療が必要となります。

 ■うつ病のチェック項目

段階① うつ病の可能性あり

症状 ➡ 不眠、疲労、倦怠感、頭痛、食欲不振

段階② うつ病の疑い

症状 ➡ 2週間以上つづいている

段階③ 多分うつ病

症状 ➡ 以前好きだったことは楽しめる

段階④ うつ病

症状 ➡ 日内変動(朝悪い)、早期覚醒・途中覚醒の不眠

≪参考≫認知症 家族を救う安心対策集/主婦の友社

「うつ病」が発症するメカニズムなどについてはまだ十分に解明されておりませんが、現在分かっている原因としては、「心理的なストレス」や「脳内の変化」、「なりやすい体質(もともとの性格や考え方、家族にうつ病になった人がいるなど)」の3つの要因が複雑に絡み合うことで引き起こされるのではないかと考えられています。
〝心の病〟というイメージが強いうつ病ですが、実際は、脳内の神経伝達物質(セロトニン、ノルアドレナリン、ドパミン)の減少なども発症に関連していると考えられており、うつ病は、〝脳の病気〟とも言えます。最近の研究では、ストレスが脳の一部に悪影響を及ぼし、脳の機能を低下させる原因になっていることも分かってきています。それにより感情や考え方にゆがみが生じ、うつ病を発症するのではないかと指摘されています。

うつ病の症状

うつ病になると、強い憂鬱感を感じるようになる「抑うつ症状」が続きます。気分が落ち込むとともに、意欲の低下や、集中力・思考力の低下なども多くみられるようになります。
また、うつ病はこのような精神的な不調だけでなく、身体的な不調も表れます。

精神症状(こころの症状) 落ち込み、憂鬱・意欲、興味の減退、イライラ感、集中力の低下
無気力、不安・取り越し苦労、何をしても楽しくない など
身体症状(からだの症状) 睡眠障害、疲労感・倦怠感、食欲減退、吐き気、頭痛、
動悸、便秘、下痢、口渇、肩こり など

悲しいことや嫌なことがあると、落ち込んだりやる気がなくなってしまったりすることは誰にでもあることですが、うつ病でなければ、気晴らしすることや時間の経過によって、心身ともに回復へと向かいます。
しかし、うつ病は、基本的に何をやっても身体的にも精神的にも不調が一定期間以上続きます。自然回復が難しく、場合によっては悪化することもあり、日常生活や社会生活にまで悪影響を及ぼすようになります。

老人性うつ病の症状の特徴

65歳以上の高齢者がかかるうつ病は、「老人性うつ病」と呼ばれています。老人性うつ病は、若い人のうつ病とは異なり、以下のような特徴があります。

・心の不調よりも身体的な不調を多く訴える
(食欲の低下あるいは亢進、頭痛、めまい、胃痛、吐き気、耳鳴り、肩こり、しびれ、息苦しさ、睡眠障害、疲労の蓄積など。)

・妄想(心気妄想、罪業妄想、貧困妄想、)による不安を訴える

老人性うつ病の方は、こころの不調(精神症状)よりも、身体的な不調(身体症状)を周囲へ訴える傾向にあり
ます。そのため、周りにいる家族は、「うつ病なのではないか」という考えに至らず、さらに、検査をしても異常がみつからないため、さまざまな病院を転々とし、不調の原因特定までに時間が掛かる傾向にあります。
また、「妄想」による不安も、老人性うつ病の特徴の一つです。
「妄想」は、実際にはそうではないことを事実だと思い込んでしまうことをいいますが、うつ病に伴う妄想には、下記の3つが挙げられます。

・自分が重篤な病にかかってしまったと強く思い込む「心気妄想」
・些細なことでも重い罪を犯した、警察に捕まるなどと思い込む「罪業妄想」
・貯金があるのに自分は貧乏と思い込む「貧困妄想」

うつ病は、不安感や緊張が強くなると、自殺に繋がる可能性もあるため、注意が必要です。

高齢者のうつ病の原因

高齢者はうつ病になりやすい

高齢者は、加齢に伴う身体の衰えや、病気、環境的要因などがきっかけで、うつ病を発症しやすい傾向にあります。
配偶者や友人、ペットを亡くされたことによる大きな喪失感から、うつ病を発症してしまう場合もあります。

〈老人性うつ病を発症するきっかけ(例)〉

・定年退職し、特にやることがない
・趣味がない
・子供が独立し、家を出ていった
・子供が結婚した
・家族や親戚、友人に会える機会がほとんどない
・引っ越しによる環境の変化
・配偶者が亡くなった
・ペットが亡くなった
・重い病気を発症した
・治療を続けているのに、よくならない
・病気の後遺症がある
・友人や親戚から悪口を言われた
・足が悪くなったのをきっかけに外出が減った、あるいは外出しなくなった

高齢者は加齢に伴う体調の変化により、病気にかかりやすくなったり、病気が慢性化しやすくなったりするため、初老期から老年期にかけて「うつ病になりやすい因子」は、増えてくるとされています。たとえ、重い病になっていなくても、身体のさまざまな部分に不具合が生じるようになれば、家に引きこもりがちになりますし、子供が独立していれば、誰かと会話をする機会が減るため、うつ病の原因となる可能性があります。
さらに、この時期は、自分と同じ年代の方が病気になったり、亡くなったりすることで、「自分はもう若くない」という実感を持つようになり、それが発症の引き金になることもあるようです。
また、認知症やパーキンソン病などは、うつ病を併発しやすいとされており、これをきっかけに、持病が悪化してしまうこともあります。

高齢者のうつ病の治療と予防

高齢者は他の年代と比べると病気になりやすい傾向にあるため、認知症や脳卒中など、他の病気が原因でうつ状態に陥っている可能性もあります。そのため、まずは、年齢も考え、認知症の専門外来を受診することをおすすめします。認知症の専門外来では、脳の断面をみることができる「CT検査」や「MRI検査」、脳の血流状態をみる「脳血流シンチグラフィ」等の検査等が行われるため、うつ病以外の疾患の有無を確認することができます。
もし、認知症の専門外来へ受診しづらいようであれば、精神科でも問題ありません。重要なのは、先ほどお話した通り、高齢者のうつ病は、他の疾患との併発も考えられるため、本人もそのご家族も1つの病気の疑いだけに囚われないことです。発症しているのは、うつ病だけなのか、それとも他の病が原因によりうつ症状が表れているのか、詳しく検査を行い、早い段階で治療を行っていくことが大切です。

うつ病の治療

うつ病と診断された場合、治療は、「薬物療法」、「休養」、「精神療法・カウンセリング」の3つの柱で進めていきます。

■薬物療法
薬物療法は、その名の通り、薬を用いる治療法のことです。身体を休めることももちろん大事なことですが、うつ病は、脳内の神経細胞の情報伝達に問題が生じている状態であるため、その脳の機能の不調の改善を目的として、薬物療法が行われます。
治療の際は、「抗うつ薬」が使用されますが、即効性はないため、効果が現れるまでおおよそ2週間はかかります。服用し始めてから1週間は、胃腸症状が眠気といった副作用が現れる可能性もありますが、そのまま服用を続けていくうちに、少しずつ軽減していくことがほとんどです。
また、抗うつ薬だけで症状の改善がなかなか見込めないという場合には、非定型抗精神病薬を組み合わせて行う「増強療法」が用いられることもあります。
薬物療法を行う際は、主治医の指示どおりに薬を飲み、自己判断で服薬を中止するようなことは絶対にしないようにしましょう。ただし、副作用がひどい場合は無理して服用せず、すぐ主治医に相談するようにしてください。

■休養
「休養」は、治療の基本中の基本です。うつ病は、脳のエネルギーが欠乏した状態であるため、しっかり休養をとって、脳を休ませるようにしましょう。周囲に対して申し訳ない気持ちがあり、自宅ではどうしても休みづらいという場合には、一時的に入院するのも一つの方法です。
家族や周囲の方は、本人がゆっくり休むことができるような環境づくりを心がけるようにしてください。

■精神療法・カウンセリング
うつ病はさまざまな要因が複雑に絡んで引き起こされるため、薬物療法や休養以外に、「精神療法・カウンセリング」が必要となります。接し方については、その人の性格によって異なるため、専門医に相談する必要があります。人や社会に接点を持たせてあげることで、少しずつ精神的な刺激を与え、うつ状態に陥りやすい本人の思考や行動を見直していきます。この治療法は、うつ病の再発防止も含まれています。
症状が重い場合、周囲の方が、本人に対して「頑張れ」といった励ましの言葉をかけたり、気分転換と思って外出を誘ったりするのは、かえってうつ病を悪化させてしまう原因となります。「無理をしなくても良いよ」、「頑張らなくても良いよ」というメッセージを伝えられるようにしましょう。
自殺の恐れがある場合は、主治医に相談し、入院を検討するようにしてください。

うつ病の予防

老人性うつ病を予防する為には、

・常に新しいことにチャレンジする気持ちを持つ
➡定年退職後も、新しい仕事に挑戦してみたり、習い事に通ったりして、社会との繋がりを絶やさないようにする。ボランティア活動に参加するのも良い。

・積極的に会話する
➡家族、友人、地域の住民、趣味の仲間など、他者とコミュニケーションを取ることは、社会から孤立するのを防ぐと同時に、精神的な健康の維持に役立つとされています。

・適度な運動を心がける
➡運動や身体活動を活発に行う高齢者は、抑うつ症状が軽減するとされています。加齢による身体の衰えを予防するのにも効果的です。

また、家族や周囲の方は、日頃から声かけをするようにして、一人きりの時間を多くしたり、社会から孤立したりしないよう、常に見守るようにしましょう。

高齢者のうつ病と認知症は全く別の病気であるのか

老人性うつ病と認知症の違い

「老人性うつ病」と「認知症」は間違われることがよくあります。これは、「抑うつ」が、認知症の症状として現れることがあるからです。実際、「うつ病」と思っていたら実は認知症だったというケースもありますが、これは、認知症の治療が遅れてしまう原因にもなります。

 ■うつ病と認知症を区別するためのポイント

■症状の経過の違い

原因疾患にもよりますが、認知症の場合は、基本的に症状がゆっくりと進行していくことから、周囲は発症したことに気付きにくく、また、認知症をいつ発病したのかというのを明確にすることが困難となります。しかし、老人性うつ病の場合は、比較的短期間のうちに複数の症状が現れるため、周囲が本人の変化に気付きやすいという特徴があります。

■自責の念、悲観の有無

老人性うつ病では、「抑うつ」が強く現れます。自責の念が強く、「自分のせいで周囲に迷惑をかけている」、「消えてしまいたい」、「自分には価値がない」といった、絶望や悲しみを感じる発言や様子が多くみられます。
自殺願望に発展する可能性もあるため、自傷行為などをしないよう、周囲はよく見守る必要があります。
認知症の場合、初期の段階では、自分の認知機能が低下してきていることを自覚しており、それに不安を感じてうつ状態に陥ることはありますが、認知症の進行とともに、病識が薄れていくため、意欲低下や問題行動は目立つものの、自分を悲観し思い詰めるようなことは基本的にありません。

■記憶障害の有無

認知症は、初期の頃から記憶障害がみられ、初めは軽い物忘れから始まり、徐々に症状が進行していきます。
認知症の「物忘れ」は、体験したことそのものを忘れることが特徴です。例えば、「食事の時間に何を食べたのかを忘れるのではなく、食事をしたこと自体を覚えていない」などがあります。本人に病識がないため、何か自分によくないことが起きているという不安な気持ちは感じつつも、「物忘れ」自体がストレスの直接の要因にはなりにくいとされています。
老人性うつ病は、少し前にあったことを度忘れするなど、突発的に記憶を失った際に、本人はそれを自覚しているため、不安や焦燥を感じてしまうことがあります。

■本人の自覚の有無

認知症の場合、症状が進行するにつれ無関心になっていく傾向にありますが、老人性うつ病では、(加齢などにより)自分の認知機能が低下していることを自覚しているため、症状が悪化していないか、常にアンテナを張っている傾向にあります。

■大きなライフイベントがあった時

病気とは無縁だった方であったとしても、定年退職や配偶者の死、友人の死、子供家族との同居など、本人にとって大きなライフイベントが起こった際に、それがきっかけで高齢になってからでもうつ病を発症することがあります。

■受け答えの仕方

認知症の方は、何か質問をしても、質問の内容に沿っていない、的外れな回答をすることが多いのですが、老人性うつ病は、遠慮しながら、最終的には答えないという場合が多くなります。

認知症と症状が類似しており、区別が付きにくい高齢者のうつ病は、「うつ病性仮性認知症」と呼ばれています。
うつ病性仮性認知症は、高齢者のうつ病でたびたび認められますが、「物忘れ」などの記憶力・判断力及び注意力・集中力の低下など、一見認知症のように見える症状が現れるのが特徴です。実際に、認知症の検査で行われている認知機能テストでも、記憶機能や注意機能が低下を示すため、明確に区別することは困難となっています。

「うつ病」は、認知症の代表的な危険因子の一つです。初めは明らかにうつ病であっても、何年かの歳月が流れ、認知症に変化していくというケースもあります。しかし、認知症の中でも見逃されやすいレビー小体型認知症は、認知症の症状としてうつ病の症状が現れることがあります。
つまり、うつ症状→認知症、認知症→うつ症状と、両者ともに症状の経過は違っても、関係性はあるため、切り離して考えることはできないのです。
本来、「うつ病」と「認知症」は別の病気であり、処方する薬など、さまざまな面で異なる対応をする必要があります。
しかし、「全く違う病気である」という理解は、間違った対処法に繋がる場合もあるため、注意が必要です。
家族や周囲の方は、常に、注意深く経過観察を行うようにしていきましょう。

まとめ

今回は、「高齢者のうつ病」についてお話させていただきましたが、いかがでしたか。

症状によっては、認知症との区別が非常に難しいものもあり、認知症に関連した症状がある場合には、その場その場で最善の対応をし、日頃からよく観察する必要があります。

ただ、高齢者のうつ病は、適切な治療を行えば症状の改善も十分に見込める病気です。家族や周囲の方は、前向
きな気持ちでサポートに取り組むようにしていきましょう。

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