家族介護を選択した方の中には、認知症介護の継続や予期できぬ本人の行動によって起こってしまう怪我・
事故への不安を抱えている方もいるのではないでしょうか。
認知症の方は、進行とともにコミュニケーションをとることが難しくなってきますし、介護者を拒絶したり、 否定するような言葉をかけたりすることもあるため、体力だけでなく、精神的にも大きな負担がかかります。
ここでは、介護する側ができる限りストレスを軽減するための、介護を行う際の考え方のポイントなどについてご紹介します。

目次

認知症は脳の病気

「認知症」は、病名ではありません。
〝後天的な脳の障害によって認知機能が持続的に低下し、日常生活や社会生活に支障をきたしている状態〟のことを「認知症」といい、原因となる疾患があって起こります。
認知症を引き起こす疾患はさまざまありますが、主な原因は以下の通りになります。

【アルツハイマー型認知症】
「アミロイドβ」などの異常タンパクが、長い年月をかけ脳に蓄積されることにより、神経細胞が徐々に障害され、記憶に関わる「海馬」を中心に脳全体が委縮していきます。

【脳血管性認知症】
脳血管系の病気が原因となって引き起こされる認知症です。脳のどの部分が障害されたかにより、現れる症状
が異なります。自覚症状がほとんどない〝小さな脳梗塞〟が連続して起こることで、アルツハイマー型認知症の
ように、認知症の症状が徐々に進行していくケースもあります。

【レビー小体型認知症】
主に脳の大脳皮質という部分に、「レビー小体」という異常なタンパク質のかたまりができることで発症する認知症です。幻視やパーキンソン症状といった特徴的な症状が目立つため、他の病気と間違われやすい傾向にあります。

【前頭側頭型認知症】
脳の前頭葉と側頭葉を中心に脳の委縮が進んでいくことから、人格の変化や行動障害などが目立つ認知症になります。

以上の疾患が原因で発症する認知症は、4大認知症といわれています。その中でも特に「アルツハイマー型認知症」は、認知症患者の中で最も多い認知症といわれています。

介護を行う際の考え方のポイント

認知症の進行に伴い、記憶力や理解力、判断力などの認知機能がどんどん低下していき、周囲とコミュニケーションをとるのが難しくなります。
つい、介護する側は、どうしても〝できないこと〟に意識がいってしまいがちですが、認知症になったからといって、何も分からなくなるというわけではありません。
認知症の方は、たとえ認知症の症状が進行してしまっても、〝その人らしさ〟を失うことはなく、〝感情〟は比較的末期の段階まで残るとされています。たとえ「物忘れ」の自覚がなくても、本人は自身の変化に混乱しており、健常者には推し量れない、強い不安を感じています。
家族や周囲の方が、「どうせ本人は何も分かっていない」と思い込み、認知症の方に対して、子ども扱いするような態度や馬鹿にしたような態度をとったり、乱暴な言い方で接したりすることは、認知症の方の自尊心を傷つけ、本人がさらに不安になったり攻撃的になったりする原因となります。

認知症はかつて「痴呆症」と呼ばれていましたが、侮辱的・蔑視的な表現であることや、認知症の実態を正確に表していないということなどから、現在は、「認知症」が広く浸透しています。認知症の方は、虐待や孤立、悪質商法など、人権や権利が侵害されやすい状況にありますが、適切な援助を受けながらも、社会生活を送る権利が保障されています。
認知症の方が人としての尊厳を保ち、その時必要とする支援を、家庭だけでなく、医療や福祉、地域など、すべての場が連携し、行っていくことが大切です。自分が認知症になった時に、何をしてほしいのか、考えながら介護するよう心がけましょう。

認知症と上手に付き合うポイント

【落ち着いた気持ちで向き合う】

認知症の方は、「嫌い」「不安」「怒り」「恐怖」など、主にネガティブな感情に関わる「扁桃体」という部分が敏感に反応するようになります。相手がきつい口調で話しかけてきたり、適当な返事をしたりすると、本人はそれを感じ取ってしまい、負の感情が増幅するようになります。
また、こちらが怒っているつもりはなくても、怖い表情になってしまったり、暗い口調になってしまったりするのも、悪いイメージが残ってしまう原因となります。かけられた言葉や話の内容は覚えていなくても、ネガティブな感情は本人の中にずっと残っているため、認知症の方を介護する際は、とにかく温かい気持ちで本人を受け入れることが大切です。落ち着いた気持ちで向き合えば、それが本人の安心感にも繋がり、状態も安定しやすくなります。

【できることはなるべく本人に】

認知症になったからといって、いきなり全てのことができなくなるというわけではありません。介護者がなんでもかんでも手を出してしまうのは、認知症の方の自尊心を傷つけることになります。しかし、できないことを無理にやらせようとすることも、本人にとっては大きなストレスとなり、症状が悪化する原因となります。大切なことは、「できることと・得意なことは何か」に目を向け、それを続けてもらうことです。時間がかかっても良いので、できるだけ本人にお任せをし、苦手なところだけを周囲がサポートするようにしましょう。
さらに、洗濯物を畳むといった何か簡単な作業を手伝ってもらったり、地域のイベントに一緒に参加したりすることなどは、家族や社会の中で自分は役割を果たせていると感じるようになり、本人の生きがいに繋がります。

【穏やかな生活を送ってもらう】

引っ越しや施設への入所、入院などをきっかけに症状が悪化してしまうというケースがよくあるように、認知症の方は、環境の変化に非常に敏感です。
一度にたくさんの情報を処理する能力が低下しているため、雑音が多くさまざまな音が聴こえてきたり、物が溢れていたりする環境は、聴覚や視覚などがうまく処理できず、混乱する原因となります。
介護する側は、本人が安心して日常生活を送れるよう、生活環境を整えたり、環境の変化をできる限り最小限に抑えるよう工夫したりすることが必要です。
認知症の方に話しかける際も、急に後ろから声をかけてしまうと、どこから声が聞こえてきたのか分からず、本人が驚いてしまいます。正面から、目と目を合わせ、やさしく声をかけるようにすることも、本人が穏やかな生活を送るための大切なポイントです。

【常に危険を予測し対処】

認知症では、行動障害や精神症状といったさまざまな症状が現れ、「転倒」や「徘徊」、「誤嚥」などが起こるリスクが非常に高くなります。「転倒」や「徘徊」などは、最悪の場合、命に関わる危険性もあるため、未然に防ごうとすることは大切です。
しかし、認知症介護をしていくうえで、このような行為は、一度や二度は起こるものであることを想定しておくことも必要です。
実際にそうなった場合にどう対処するか、事前に準備しておくようにしましょう。例えば、万が一転倒した時のことを考え、テーブルなど角が尖っている部分にはクッション材をつけておいたり、迷子になっても家族と連絡が取れるよう、電話番号や住所、かかりつけの病院などが記載されたシートを持ち歩くようにしたりするという方法があります。

【症状には理由がある場合も】

認知症の方は、介護者を困らせてしまうような症状が度々現れるようになります。特に、物を盗まれたと勘違いしてしまう「物盗られ妄想」は、いつもお世話をしてくれる家族や介護員など、本人にとって身近な方が妄想のターゲットになりやすい傾向にあります。
また、家の外に勝手に出て行ってしまったり、家の中で迷ってしまったりする「徘徊」や、食事、着替え、入浴、服薬など、さまざまな場面で行為を嫌がる「介護拒否」がみられることもあります。
実はこれらの症状は、本人なりの理由があって現れていることが多く、根本原因を解消すれば、症状が改善される場合もあります。

■原因として考えられるもの
・体調不良(感染症、脱水、便秘、かゆみなど)
・寂しさ、不安、怒り、退屈といった心理的な苦痛
・薬の副作用による影響
・認知症になる前の習慣(出勤、畑仕事 など)
・環境(音が気になる、眩しい、臭いが気になる など)
・周囲の対応に問題がある(大声で呼びかける、いきなり手を掴む など)

しかし、症状が現れている原因を家族だけで判断するのはなかなか難しいため、かかりつけ医やケアマネジャー、日頃からお世話になっている介護スタッフなどに相談し、話し合いを行いながら根本的な解決を図っていくことが大切です。

【介護者の休息も大切】

認知症の方の介護は本当に大変なことであり、体力的にも精神的にも大きな負担がかかります。認知症の方を介護するにあたり、家族が果たす役割と介護のプロが果たす役割は異なります。家族だけでなく、医師やケアマネジャーといったさまざまな職種が協力し、認知症患者を支えあっていくことが大切です。介護する方は、自分一人だけで抱え込むのではなく、ショートステイを利用するなどして、無理にでも休息をとるようにしましょう。
休息は、身体の疲れをとるためだけではなく、気持ちを切り替え、ネガティブなコミュニケーションを連続させないようにするための対策でもあります。

要介護者・介護者ともに安心安全の生活提案

【住環境の点検を行う】

自宅での介護にあたり、要介護者と介護者ともに安心安全な環境で暮らすためにも、まずは、住環境の点検を行うようにしましょう。

■家の中にある「危険箇所」の対策
・手すりをつける
・火の用心のためにIHクッキングヒーターを導入する
・暖房器具を火災の危険のないものにする
・床の段差を解消する
・床を滑りにくくする
・特に階段などに足元灯をつける
・衣類やカーテンを燃えにくい材質のものにする
・カーペットの端がめくれて足をひっかけないようしっかりとめる

■「認知機能」が落ちた時の対策
・時計を「○月○日○曜日午前○時○分」と出るようなデジタル時計に替える
・カレンダーを日めくりにする
・朝夕がよくわかるように、窓からできるだけ日光を取り入れる
・部屋の中の見通しをよくする
・トイレの場所がすぐわかるよう常夜灯や表示板をつける
・家電製品を単純な機能のものにする
・収納容器を中身のわかる透明なものにする

認知症の方は環境の変化に敏感であることから、急にすべてを変える必要はありません。また、家具や家電製品は、安全性の高い、扱いやすいものを選ぶようにしましょう。

【生活習慣を見直す】

早いうちから適切な生活習慣を身に着けておくことで、認知症と診断された後も、比較的良い状態を保ちやすくなります。

■食前は、必ず口腔内を清潔にし、口の体操を行う
加齢や疾患により嚥下機能が低下することで、食べ物が気管に入りやすくなるため、肺炎を引き起こすリスクが高くなります。口の体操は誤嚥の予防となります。

■適度な水分補給を心がける
気付かないうちに脱水症状が進んでいることもあるため、1日のうちに何度か水分を摂取する習慣をつけておくと良いでしょう。

■就寝前は入れ歯を外す
就寝中に入れ歯を飲み込んでしまわないよう、就寝前は必ず入れ歯を外すようにしましょう。

■排便する習慣をつける
便秘は、認知症の周辺症状(BPSD)の悪化にも繋がるため、排便の習慣をつけておくようにしましょう。

■洋式トイレを使用する
女性だけでなく、男性の方も、普段から洋式トイレで座って使用する習慣をつけておくと、転倒やトイレの失敗を予防しやすくなります。

■入浴する習慣をつける
入浴を習慣づけるようにすることで、血流障害を防ぎ、結果的に認知症の予防に繋がります。認知症になっても、入浴の手順が分からなくなるといったこともある程度防ぐことができます。

【本人の情報をまとめておく】

あらかじめ本人の情報をまとめておいたり、日頃の様子の変化などをメモしておいたりすると、医療機関を受診した際、診断に非常に役に立ちます。
既往歴(これまでにかかったことのある病気)や怪我、アレルギーの有無、職業、趣味などを、本人に関する情報をまとめておくと良いでしょう。

【エンディングノートを作っておく】

認知症が軽度で、会話もできる状態であれば、エンディングノートを作っておくのもおすすめです。エンディングノートとは、例えば、自分の人生の最期に備え、周囲の方と意思疎通ができなくなる前に、財産のことや葬儀に関する希望などを書き留めておいたり、自分の家族や友人に対するメッセージを残して置いたりするノートのことです。
内容は本人の自由であり、気軽に書くことができます。
ただし、遺言書とは異なり、法的効力がないため、財産の相続についてはあくまでも本人の希望と言うことになります。

介護保険制度を利用した住宅改修

要介護者が自宅で安心安全に暮らせるよう、階段に手すりをつけたり、床の段差をなくしたりするなどの住宅改修を考えている方も多いのではないでしょうか。
介護保険制度では、要介護度に関係なく、住宅改修費を支給する制度があります。
この制度では、原則一人1回まで、20万円までが支給されます。利用者は、実際の住宅改修費の1割(収入によって2~3割)を負担します。
実際には、一度、利用者が工事費金額を全額支払い、支給申請を市町村に行います。そして、後から改修費の9割(又は7割、8割)が給付されることになります。ただし、20万円を超えた場合は、利用者の全額自己負担となります。
20万円までなら、何度かに分けて利用することも可能です。
また、要介護度が3段階以上上がった場合には、それまでの支給額に関係なく、1人1回に限り、再度20万円までの給付を受けることができます。
※住宅改修費の支給は原則1回までですが、一度住宅改修した後、転居となった場合には、改めて住宅改修費支給限度基準額(20万円)までであれば給付申請することができます。

バリアフリー化のための住宅改修の種類と内容
手すりの取付け 廊下や便所、浴室、玄関、通路などの、工事を伴う手すりの取付け
段差の解消 敷居の撤去、スロープの設置、浴室の床のかさ上げなど
床材の変更 滑り防止や移動の円滑化などのための変更
引き戸などへの扉の取替え 開き戸から、引き戸、折れ戸、アコーディオンカーテンなどへの取替え、ドアノブの変更 など
洋式便器などへの便器の取替え 和式便器から洋式便器(暖房・洗浄機能付きも可)への取替え、便器の位置・向きの変更。暖房機能などだけを付加するものは対象外
上記改修に伴って必要となる改修 手すりの取付けのための壁下地補強、浴室や便所の給排水設備工事など

まとめ

今回は、「認知症介護」についてお話させていただきましたが、いかがでしたか。

認知症の方が住みやすい環境を整えてあげることが、認知症介護を行う1つのポイントとなります。
ただし、長期にわたる認知症介護は、介護者が一人ですべてを背負うべきことではありません。介護者も人間です。体力的にも精神的にも大きな負担がかかれば、時には「逃げたい」と思うこともあるでしょう。このような介護疲れによる共倒れを避けるためには、医師やケアマネジャーといったさまざまな職種の方と連携し、認知症患者を支えあうことが大切です。また、介護者は、デイサービスやショートステイを利用し、休息は定期的にとるようにしましょう。
そして、これを機に、介護をする側とされる側の双方にとって何がベストであるか、今一度、考えてみてはいかがでしょうか。

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