認知症は、何事にも無気力・無関心な状態に陥る「アパシー」という状態になりやすくなります。アパシーは、 主に認知症の初期~中期の頃にみられることが多いと言われていますが、症状の出方が曖昧なため、気付いた時には認知症が進行しているというケースも少なくありません。
家族や周囲の方が、できる限り早く、本人の様子の変化に気付けるよう、今回は、認知症によるアパシーの特徴や対処法、うつ病との違いなどについてご説明したいと思います。

目次

認知症によるアパシーとは

認知症になると、周囲や物事に対する興味や関心、意欲、さらには自発性などが著しく低下し、情緒の欠如がみられる「アパシー(無気力・無関心)」という状態に陥ることがあります。「アパシー(apathy)」とは、ギリシャ語が由来となっている「感情(pathos)の欠如」を意味する言葉で、「アルツハイマー型認知症」や、軽い脳梗塞が続くタイプの「脳血管性認知症」などでみられることがあります。
アパシーは、認知症の中核症状により生じる日常生活の不自由さと、本人のもともとの性格や周囲の環境、心理状態など、さまざまな要因が絡むことで二次的に生じる「周辺症状(BPSD)」に分類されます。
自分自身に対しても無頓着になるため、日常生活において、衛生面や健康面が疎かになるうえに、入浴拒否や着替え拒否、服薬拒否といった介護拒否をもたらす原因となります。そのため、アパシーは、本人は困ることのない症状であったとしても、家族や周囲にとっては、やっかいな症状であるといえます。

アパシーは、うつ病と混同されやすい傾向にありますが、実際は、異なる点がいくつかあります。

 ■「うつ病」と「アパシー」の違い

‣うつ病では常に気分の落ち込みがみられるが、認知症によるアパシーは、何事にも関心を示さなくなるというだけで、特に気分の落ち込みがみられるわけではない。

‣うつ病では、本人が悩んだり苦しんだりする様子がみられるが、アパシーの場合は、感情が乏しく、悩みを抱えたり苦痛を感じたりすることがない。

‣うつ病では、自身がうつ病であることを自覚しているケースが多いが、アパシーでは、症状が出ている自覚がほとんどなく、自ら症状の改善を試みようとしない。

‣うつ病は、認知症の合併症として現れますが、アパシーは、認知症に伴う精神症状の一つとして現れます。

アパシーは、「前は活動的だった人が、何もしなくなってしまった」など、家族や周囲の方が、以前とは違う本人の様子に気付いて病院を受診するケースが多いと言われています。うつ病とは似ているようで異なる症状であり、抗うつ薬では、症状への効果は乏しいとされています。

認知症によるうつ症状の対処法

認知症は、脳の機能に不具合が生じることで、原因疾患によってさまざまな症状が現れます。
認知症の方は、医療機関での診断の有無にかかわらず、初期の段階で、自身のさまざまな能力が低下してきていることに、ある程度気付いている方がほとんどです。日常生活において失敗する場面が増えるとともに、周囲から指摘される機会も増え、ストレスを受け流すといったこともうまくできなくなります。「こんな状態になってまで生きたいと思わない」と訴える方もいるでしょう。
このように、認知症であることを自身で理解している方や、できないことが増えていく自分、身体をうまく動かすことができない自分に悲観的になっている方は、うつ症状(気分が落ち込む・意欲減退・喜びを感じない・食欲がわかない・夜眠れないといった症状)を引き起こしやすい傾向にあります。

アルツハイマー型認知症の場合は、約15%の方にうつ症状が認められておりますが、悲壮感や抑うつ気分はあまり目立たないのが特徴です。認知症初期~中期にかけては、アパシーもしばしば出現します。
レビー小体型認知症では、約40%の方にうつ症状が認められています。うつ症状は、レビー小体型認知症の特徴である、「幻視」・「パーキンソン症状」・「認知機能の変動」の3つの症状よりも早く現れる傾向があり、「うつ病」と「認知症によるうつ症状」との区別が難しいため、最終的には、幻視や物忘れなどの有無、画像診断などの結果から総合的に判断されます。
脳血管性認知症では、脳血管障害の後遺症として、歩行障害や言語障害が生じることがありますが、本人に病識があるため、気持ちがふさぎ込みがちになります。
また、認知症によるうつ症状がひどい場合には、自分の頭をぶったり、肌をかきむしったりするなどの自傷行為がみられることもあり、危険です。

本人は、愚痴を言うことで不安や苦しみを紛らわそうとしたり、単に、「しんどい」「つらい」という気持ちを、「死にたい」などのマイナスな言葉で表現していたりする場合もあります。家族や周囲の方は、本人の気持ちをそのまま受け止め、自己肯定感を高めるようなコミュニケーションを意識していくようにしましょう。

以下は、認知症によるうつ症状への対処法となります。

●励まさない

気分の落ち込みや意欲の低下などがみられる抑うつ状態の方に対し、「頑張って」「元気を出して」といった励ましの言葉をかけてしまうのは、逆効果です。本人の話はそのまま受け入れ、励ましではなく、共感する姿勢を持つようにしましょう。

●否定的な言葉をかけない

「○○してはダメ」「○○はできないでしょ」といった否定的な言葉は避け、「○○は私に任せてくれると嬉しい」といった肯定的な言葉に言い換えるようにしましょう。
また、「今日は顔色が良いですね」「○○が上手にできましたね」など、良いと思ったことは本人に積極的に伝えるようにしましょう。

●見守っていることを繰り返し伝える

「いつも見守っています」「みんなが心配しています」「生きているだけで幸せです」という気持ちは、本人に繰り返し伝えるようにしていきましょう。

●自傷行為をみつけた場合

自傷行為をみつけた場合、まずは、無理に制止しようとするのではなく、本人の手を握ったり、身体をさすったりするなどのスキンシップをとりながら、「大丈夫ですよ」と優しく声をかけ、本人を落ち着かせるようにしましょう。介護者は、どのようなことがきっかけで自傷行為にはしったのかをよく観察するようにし、理由が分からない・自傷行為が頻繁に起こる・制止がきかないほど激しく暴れるなどの場合には、すぐに医師に相談するようにしましょう。抗うつ薬などで対処する場合があります。
肌をかきむしるなどの行為では、肌にトラブルが起きている可能性も考えられます。皮膚科を受診し、保湿剤や処方された薬などを使用して、皮膚の乾燥などを予防する対策をとるようにしてみましょう。

●部屋を明るくする

明るい光は気分を高めてくれる効果があります。部屋の照明を工夫したり、日中は窓を開けたりするなどして、できるだけ明るい部屋で過ごしてもらうようにしましょう。
また、日光には、神経伝達物質であるセロトニンの分泌を促し、抑うつ気分や不安感を抑える効果があるとされているため、適度な日光浴もおすすめです。

●若い頃の音楽をかけてみる

本人が若くて元気だった頃によく聴いていた曲や、流行りの曲を流してみると、当時の気持ちがよみがえり、ポジティブな気分になれることがあります。嫌がるようでなければ、軽く音楽をかけてみるのも一つの方法です。

●介護者側の心の健康も大事にする

介護は心身の負担が大きいため、疲労が蓄積されることで、介護者側がうつ状態になってしまうこともあります。
愚痴や悩みを聞いてくれる話し相手を作ることが大切です。電話相談やカウンセリングなどを利用し、定期的に気持ちを吐き出すようにするなど、介護者の休息の時間も必ず確保するようにしましょう。

認知症によるアパシー症状の対処法

次に、認知症によるアパシーの対処法についてご紹介します。

●活動的な生活を意識する

本人ができないことや今までやったことがないことを無理にやらせようとするのではなく、簡単で、楽しめることや役割を果たせるようなことを、少しずつ挑戦していけるようにしましょう。家族や周囲の方は、さまざまな活動に参加するよう本人を促しながらも、しっかり寄り添うようにしてください。

●日課表を作ってみる

認知症の方は、さまざまな変化に対応するのが困難となってくるため、日課表を作り、できるだけ同じ流れを意識して、生活を習慣化しておくと良いでしょう。規則正しい生活習慣を維持し、昼夜のリズムを作っておくことは、認知症の症状の経過にも大きく影響してきます。

●誘い方を工夫してみる

一度の誘いだけでうまくいかなくても、繰り返し声をかけ、根気強く誘ってみるようにしましょう。「一緒にお茶を飲みましょう」というように、飲み物や食べ物をきっかけにしてみるのも一つの方法です。

●誘う人を替えてみる

誘う人を替えてみたら受け入れてくれたというケースもあります。
しかし、記憶障害が軽度である前頭側頭型の方は、日頃からお世話をしてくれている方や活動内容はある程度覚えています。この場合は、習慣化するだけでなく、同じ時間に同じ人が同じやり方で関わってあげる方が効果的です。

●介護保険サービスを利用する

介護保険のデイサービスやデイケアなどを利用して、本人をレクリエーション活動などに参加させてみるのも良いでしょう。人との関わりが、良い刺激になることもあります。

●みだしなみを整える

アパシーでは情緒の欠如がみられますが、男性であれば髭剃りや整髪、女性であればお化粧などをしてみると、本人が喜びを感じられるきっかけになります。服装を整えてあげるのも大切です。

●できるだけベッドから身体を起こす

活動性を高めるためにも、怪我や体調不良でない限り、ベッドからはなるべく起きだしてもらうようにしましょう。
無理のない範囲で一緒に散歩に出かけてみたり、ちょっとした買い物に付き添ってもらったりするのもおすすめです。
歩行が難しい場合は、車いすで外出してみると良いでしょう。

高齢者のうつ病と認知症によるうつ症状の違い

高齢者は、老化に伴う身体の変化や、重大なライフイベント(配偶者や友人、ペットの死、定年退職、転居や施設入所などの環境の変化、急性の身体疾患)などにより、日頃からストレスや不安を感じやすくなるため、うつ病になりやすい傾向にあるといわれています。

高齢者のうつ病の特徴としては、
・「死にたい」という気持ちが生じやすい
・身体や健康に関する訴えが目立つ
・不安感や焦燥感が強く現れやすい
・誇張的になりやすい
などがあります。

一方、認知症によるうつ症状(アルツハイマー型認知症の場合)では、初期から中期の頃にアパシーがたびたび出現することから、うつ病などでよく見られる「無価値感」や「自責感」などに乏しく、疑り深くなりやすいという特徴があります。
レビー小体型認知症では、「物忘れ」の前にうつ症状が先に現れることが多く、うつ病との区別が難しいため、幻視の有無や画像診断などによって判断していきます。

認知症は環境の変化で症状が悪化するのか

脳の障害が直接の原因となり生じる「記憶障害」や「見当識障害」といった中核症状は、認知症になると必ず現れる症状になります。認知症の方は、中核症状が出ても、それによりもたらされる不自由を支えてくれる環境があれば、その人らしさを失わずに日常生活を送ることができます。
しかし、配偶者が入院してしまうといった環境の変化が起きると、本人はそれが大きなストレスとなり、周辺症状(BPSD)が急激に悪化する原因となります。
環境の変化をきっかけに認知症が急激に進んだように感じるのは、脳の認知機能が一気に低下したからではありません。
それまで認知症の方自身が頼りにしてきた方(キーパーソン)の存在によって、中核症状があっても、周辺症状(BPSD)が最小限にとどめられていたためです。
認知症の方は、キーパーソンへの依存度が高いほど、失った時の反動は大きなものとなります。家族や周囲の方は、何か急な出来事が起きても、本人の混乱をできる限り抑えられるよう、キーパーソンの代わりとなるような方を探しておくと良いでしょう。
デイサービスを利用するなどして、日頃から介護スタッフの方々と接する機会を増やしてみるのもおすすめです。

まとめ

今回は、認知症による「アパシー」についてお話させていただきましたが、いかがでしたか。

アパシーは、うつ病とは違い、気分の落ち込みや苦痛感などはみられませんが、何に対しても無気力・無関心な状態になるため、介護者を悩ませる症状の一つとなります。
アパシーの対処法としては、本人が刺激になるような活動を継続させることが重要となってきます。家族や周囲の方は、さまざまな活動への参加を積極的に促し、本人への声かけをしっかり行っていくようにしましょう。

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