認知症予防のための「コグニサイズ」とは、国立研究開発法人 国立長寿医療研究センターが開発した認知機能の維持・向上を目的として、運動と認知トレーニングを行う取り組みを表した造語です。自宅で誰でも行える簡単なエクササイズとなっており、特にMCI(軽度認知症)の段階でコグニサイズを行えば、認知症に進行するのを遅らせる、あるいは認知症になるのを防ぐことも期待できます。
今回は、「コグニサイズ」の実施方法などについてご紹介させていただきます。
コグニサイズとは
「コグニサイズ」は、英語の「cognition(認知)」と「exercise(運動)」を組み合わせた造語であり、認知症予防を目的とした取り組みの総称のことです。運動と認知トレーニングを組み合わせたもので、国立研究開発法人 国立長寿医療研究センターが開発しました。コグニサイズは、コグニステップやコグニダンス、コグニウォーキングなど、さまざまな種類がありますが、下記の項目を含むものを総称としています。
1.運動は全身を使った中強度程度の負荷(軽く息がはずむ程度)がかかるものであり、脈拍数が上昇する(身体負荷のかかる運動)
2.運動と同時に実施する認知課題によって、運動の方法や認知課題自体をたまに間違えてしまう程度の負荷がかかっている(難易度の高い認知課題)
≪出典≫国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター 長寿医療研修センター
コグニサイズは、例えば、身体を動かしながら、しりとりや計算などの認知課題に取り組むなど、運動と認知トレーニングの2つの作業を同時に行い、身体機能を効率的に向上させることをねらいとしています。運動そのものは、筋力の衰えを防ぐだけではありません。体を動かすことは脳を活性化させるため、認知機能の低下を防ぐのに有効です。これは、言い方を変えれば運動不足の状態が続けば、認知機能の低下、つまり、認知症になるリスクも高まるということです。
国立長寿医療研究センターは、これまで自治体等との連携の下で進めてきた研究から、コグニサイズをMCI(軽度認知症)の段階から実施することにより、認知機能の低下を抑制することを明らかにしています。
※MCI(軽度認知症)とは、年齢相応以上のもの忘れがあるものの、日常生活は普通に送ることができ、認知症と診断されるレベルではないものをいいます。
国立長寿医療研究センターは、認知症になる人を少しでも減らすことを目指し、この「コグニサイズ」の普及を進めています。
認知症予防のすすめ
認知症になりやすい人とは
認知症をまねく危険因子には、〝遺伝的要素〟と〝環境的要素〟の大きく2つがあります。特に認知症の発症に大きく影響を及ぼしていると考えられているのは、生活習慣などの〝環境的要素〟です。偏った食生活、運動不足、過度な飲酒、喫煙、人付き合いがほとんどないといった要因が積み重なっていくことで、脳の活動に影響を及ぼし、将来的に認知症になりやすくなります。
ちなみに、高血圧、糖尿病、脂質異常症などの生活習慣病は、脳の血流に悪影響を及ぼすだけでなく、「アルツハイマー型認知症」の発症原因とされている「アミロイドβ」が溜まりやすくなるといわれています。
認知症患者の多くを占めている「アルツハイマー型認知症」や「レビー小体型認知症」などは、まだまだ解明されていない部分も多く、根治療法が確立されていません。そのため、普段から、認知症予防を意識した生活習慣を送ることがとても大切です。
つまり、先ほどもお伝えした、「MCI(軽度認知症)」の段階でも適切な対策をとれば、認知症への移行を防ぐことも期待できます。
認知症のリスクを下げる生活習慣とは
認知症の予防には、バランスの良い食事や適度な運動習慣など、健康的な生活習慣を意識して過ごすことが大切です。
「食事」に関しては、特に、炎症を抑えるDHA(ドコサヘキサエン酸)・EPA(エイコサペンタエン酸)といった必須脂肪酸を多く含む青魚や、抗酸化作用のある野菜、果物等を意識して摂取すると良いでしょう。
「運動」は、脳の神経を成長させるともいわれているため、無理なく継続できる範囲で習慣的に身に付けることが大切です。もちろん、食事や運動だけでなく、過度な飲酒や喫煙などの習慣を改めるのも認知症のリスク軽減に効果的です。
また、「会話」は、「相手の話を聞く」、「言葉を選んで話す」という、脳のインプット・アウトプットを同時に行うため、脳を活性化させます。地域活動や趣味活動など、他人と交流する機会を積極的に増やし、活動的なライフスタイルを送ることは、認知症の予防にも繋がります。
コグニサイズの方法
適正な運動強度を知るために
コグニサイズは、適正な強度で行うことが大切です。効果的に運動を進めるためにも、コグニサイズを実施する前に、まずは、自分に合う運動強度の目安を知っておくようにしましょう。
以下の方法で、①~③の各心拍数を算出してから、目標心拍数を求めます。
①安静時心拍数(10分以上安静状態にした後の1分間の脈拍数)
10分以上安静にした後、手首の外側(親指側)にある橈骨動脈(とうこつどうみゃく)の部分に、人差し指、中指、薬指を軽く当て、1分間、脈拍数を数えていきます。
②最大心拍数(心拍数の上限値)
以下の計算式に当てはめて計算することで、最大心拍数を推定できます。
▶最大心拍数=207−(年齢×0.7)
※高齢者の場合の計算式
③予備心拍数(安静状態から最大状態までの変動範囲)
予備心拍数は、最大心拍数から安静時心拍数を引いた数になります。
▶予備心拍数=②-①
目標心拍数を求める
目標運動強度が60%の場合は「0.6」で求めます。
▶目標心拍数=0.6×③+①
運動直後の脈拍数が目標心拍数を上回っている場合、身体に負荷がかかりすぎている可能性があるため、運動強度を下げる必要があります。逆に、運動直後の脈拍数が目標心拍数を下回っている場合には、強度を上げた方が良いでしょう。目標心拍数の目安は、比較的楽な運動強度は50%、運動強度70%になるとややきついと感じる程度になります。
年齢(歳) | |||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|
65 | 70 | 75 | 80 | 85 | 90 | ||
安静時心拍数(拍/分) | 60 | 111 | 109 | 107 | 106 | 104 | 102 |
70 | 116 | 114 | 112 | 111 | 109 | 107 | |
80 | 121 | 119 | 117 | 116 | 114 | 112 |
年齢(歳) | |||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|
65 | 70 | 75 | 80 | 85 | 90 | ||
安静時心拍数(拍/分) | 60 | 121 | 119 | 117 | 115 | 113 | 110 |
70 | 125 | 123 | 121 | 119 | 117 | 114 | |
80 | 129 | 127 | 125 | 123 | 121 | 118 |
年齢(歳) | |||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|
65 | 70 | 75 | 80 | 85 | 90 | ||
安静時心拍数(拍/分) | 60 | 131 | 129 | 126 | 124 | 121 | 119 |
70 | 134 | 132 | 129 | 127 | 124 | 122 | |
80 | 137 | 135 | 132 | 130 | 127 | 125 |
≪出典≫国立長寿利用研究センター作成パンフレット.認知症予防に向けた運動 コグニサイズ
コグニサイズ一例
最初の項目でもお伝えしたように、コグニサイズにはさまざまな種類があります。
①両足をそろえ、背筋を伸ばして立ちます。
②「右足を右横に→右足を戻す→左足を左横に→左足を戻す」の繰り返しで、大きくステップします。動きと同時に、1から順に数を数えていきます。
③大きくステップしながら数を数え、3の倍数で拍手をします。難しい場合には、まずはステップなしで、3の倍数で手を叩くことから始めてみると良いです。
④「右足を右横に→右足を戻す→左足を左横に→左足を戻す」を1セットとし、目安として約10分間繰り返します。
①「ラダー」とは、〝はしご〟を意味します。はしごの形をした布テープやヒモを用意し、1マスに4歩ずつ、歩を進めていきます。
②のステップを基本とし、慣れてきたら、2歩目、5歩目、9歩目、13歩目で足を外側に踏み出すなど、マスが変わるたびに動きをつけるなどして、難易度を上げていきます。マスごとに色分けされているラダー等を使用し、色別でアクションを変えてみるなど、工夫次第でさまざまな楽しみ方ができます。
しりとり、計算、川柳等を交えながらウォーキングする方法です。上半身を起こし、手をしっかり握って、腹筋をしめながら、通常よりも大股で少し早く歩くようにします。3〜5人の複数人グループで実施するのが最適です。
認知機能の改善に効果的と実証されたダンスです。足形を覚えたり、身体を動かしたりすることで、認知機能と運動機能の維持・向上を図ります。国立長寿医療センターと社交ダンス教師が中心となり、プロジェクトチームを結成して、「楽しく誰でも出来ることが第一」という思いで開発されたコグニサイズです。
▪5人でコグニサイズ
5人1組で行うコグニサイズです。歩行、あるいはステップ台などを使用してステップ運動と組み合わせながら、一人ずつ順番に声を出して数を数えていきます。4の倍数の時だけ声を出さず、代わりに手を叩きます。
▪3人でコグニサイズ
3人1組で行うコグニサイズです。「5人でコグニサイズ」と同様、歩行やステップ運動等の運動を組み合わせながら、しりとりを行います。ただし、普通のしりとりではなく、二人前と一人前の発した単語を言ってから、自分の単語を言い、繋げていきます。
国立長寿医療研究センターとパラマウントベッド株式会社の共同開発により誕生した、デュアルタスクエルゴメーター(運動負荷をかけて、運動者の体力測定やトレーニング等を行うスポーツ器具)を使用したトレーニングです。モニターには、記憶力や処理能力、視空間認知などの認知課題が表示され、負荷・回転数が変わるペダルを漕ぎながら回答していきます。
コグニサイズは、継続して行うことが大切です。1回の実施時間は短くてもかまいません。毎日決まった時間にトレーニングする習慣を身につけるようにしましょう。筋トレやストレッチなど、通常の運動と組み合わせるようにすると、より効果的です。また、コグニサイズは、運動と認知トレーニングを同時に行うというのが重要です。どちらか片方に意識が集中してしまうことのないよう気を付けましょう。
もちろん、コグニサイズだけで認知症が完全に予防できるというわけではありません。栄養バランスの良い食生活や質の良い睡眠、適度な運動等、健康的な生活習慣を心がけるようにしましょう。
コグニサイズを行うポイント
コグニサイズを無理して行うと、筋や関節が損傷する危険性があります。今まで体を動かす習慣のなかった方は特に注意が必要です。以下の10ヵ条を確認し、安全で効果的なトレーニングを心がけるようにしましょう。
1条 無理はしないで徐々に行う
2条 ストレッチしてから開始する
体が暖まっていない状態で急に運動すると、ケガにつながります。
3条 水分を補給する
水やスポーツ飲料を飲んで、脱水に注意。
4条 痛みが起きたら休息を取る
痛みは体からの危険信号です。痛みをこらえてまで行わないようにしましょう。
5条 トレーニング中の転倒に注意
ふらつきそうなときは、何かにつかまって行いましょう。
6条 少しの時間でもできるだけ毎日行う
7条 「ややきつい」と感じるくらいの運動を行う
実際には、脈拍数を測定して適正な運動強度で実施しましょう。
8条 慣れてきたら次の課題にうつる
9条 トレーニング内容は複数の種目を行う
筋トレやバランス練習なども取り入れて、異なる内容のトレーニングを複数行いましょう。
10条 継続がもっとも大切
運動の継続のためには実施記録やグループ活動が役立ちます。ひとりで行う時は1日の中で時間を決めて行うと良いでしょう。
≪出典≫国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター 「認知症予防へ向けた運動 コグニイズ コグニサイズ実施の10ヵ条」
コグニサイズは、あくまで、運動により身体の健康を促すことと、脳の活動を活発にする機会を増やすことで、認知症の発症を遅延させることが目的であり、コグニサイズ自体がうまくなることが目的ではありません。時には間違い失敗しながらも、自分のペースで、あるいは複数人と一緒に、楽しく行うことが大切です。
まとめ
今回は、「コグニサイズ」についてお話させていただきましたが、いかがでしたか。
「コグニサイズ」によって、実際にMCI(軽度認知症)の方が認知機能の低下を抑えられたという実験結果も出ています。誰でも実施しやすい内容のトレーニングとなっているため、自宅で気軽に行うこともできます。各自治体によって、コグニサイズ教室等も開催されているので、他者とのコミュケーションをとれる場にもなります。認知症予防のためにも、ぜひ、毎日の習慣として、取り入れてみてはいかがでしょうか。