〝認知症の症状〟といえば、まっ先に〝記憶障害〟をイメージする方が多いのではないでしょうか。
たった数分前の出来事を忘れたり、約束事を覚えられなかったりなど、〝記憶障害〟が頻繁になってくると、「もしかして、認知症なのではないか?」と、疑うきっかけになり、この〝記憶障害〟から『認知症』に気付く場合があります。
今回は、認知症の主な症状の一つである〝記憶障害〟が、どのように進行していくか、症状の対処法などについてご説明したいと思います。

目次

認知症の記憶障害とは

認知症とは、何らかの原因により脳の機能が障害され、持続的に脳機能が低下することによって、日常生活や社会生活に支障をきたす状態のことをいいます。認知症によって表れる症状には、大きく分けて、「中核症状」 と「周辺症状」の二つがあります。

「中核症状」とは、脳の神経がダメージを受けて機能しなくなることにより、直接的に引き起こされる症状のことをいいます。
中核症状は、認知症を発症すれば誰にでも起こるもので、認知症を引き起こす原因となる疾患によって、表れる症状もそれぞれ異なります。認知症の〝記憶障害〟は、その中核症状の一つになります。
また、中核症状が原因によって引き起こされる二次的な症状を、「周辺症状」といいます。記憶障害によって、 財布の置き場所を変えたことを忘れてしまい、誰かに財布を盗まれたと勘違いしてしまう「物盗られ妄想」などは、周辺症状の一つになります。

中核症状の一つである記憶障害は、その名の通り、〝記憶に関する障害の総称〟です。
〝記憶〟とは、物事を覚える「記銘」・覚えたことを脳に保存しておく「保持」・覚えていることを呼び起こす 「再生」の一連の現象のことをいいますが、認知症の記憶障害は、これらの能力が低下していくことによって引き起こされます。
その結果、新しいことを覚えたり、記憶を維持したりすることが難しくなる、自身が体験した出来事そのものを忘れてしまうなどの症状が表れるようになっていきます。

人は、歳をとるにつれ脳の機能が衰えてくることから、特に疾患がない方でも、加齢に伴う記憶力の低下は起こります。
この加齢による「物忘れ」と、認知症の「物忘れ」は、同じものではありません。体験の一部を忘れているのか・体験全体を忘れているのかが大きな違いになります。例えば、老化現象による「物忘れ」は、食事の内容を忘れてしまったり、財布をどこに置いたか忘れてしまったりなど、一部を忘れている傾向にあります。しかし、認知症の場合は、食事したことそのものを忘れる、財布をどこかに置いたこと自体を忘れるというように、体験そのものが記憶に残っていないことがほとんどです。
また、認知症による物忘れは、忘れてしまっているという自覚が本人にありません。経験した出来事にかかわる記憶を「エピソード記憶」といいますが、このエピソード記憶を丸ごと失うため、周囲が認知症と気付いてない場合、トラブルの原因になることもあります。
人間の記憶には種類があります。

【即時記憶】
超短期的な記憶。直前に起きたことの記憶
【近時記憶】
5分~10分前の記憶、あるいは、数日~数週間前の記憶
【遠隔記憶】
保持時間の長い記憶(数年~数十年前の記憶)

以上の3つに分けられます。記憶障害を引き起こしている認知症の方は、記憶をつかさどる脳の部分が障害されている状態であるため、記憶を保持することが苦手です。特に近時記憶に関しては、初期の段階から、記憶障害を引き起こします。
脳に深く刻まれている長期記憶は、認知症が進行してくると記憶障害がみられるようになりますが、即時記憶に関しては、認知症によって冒されることは少ないと言われています。

記憶障害の症例
  • 何度も同じことを話したり、聞いてきたりする
  • 新しいことを覚えることができない
  • 大事な約束事を忘れてしまう
  • いつも降りている駅を間違えてしまう
  • 火の消し忘れや蛇口の閉め忘れ、電気のつけっぱなしが目立つ
  • 薬の飲み忘れがある
  • 物のしまい忘れや置き忘れが多く、頻繁に探し物をする

認知症の記憶障害の進行の仕方

認知症による記憶障害は、認知症の初期の頃からみられる症状であり、長く続いていくのが特徴です。記憶障害の初期症状は、2~3年、長いと5~6年続き、ゆっくりと経過していきます。初めの頃は、短期の記憶が失わやすく、長期記憶が保たれやすい傾向にありますが、進行とともに悪化していくため、そのうち、長期記憶にも障害が及ぶようになります。
※〝短期記憶〟と〝長期記憶〟は、〝記憶の保持時間〟で区分された分類になります。

【初期】

認知症初期の頃は、5分~10分前くらいの記憶や数日前の記憶が失われていきます。(アルツハイマー型認知症の特徴) さっき話したばかりの電話の内容を忘れてしまったり、物を置いた場所を忘れてしまったりなど、「物忘れ」が目立ち始めます。
この段階では、数年前の出来事や子供時代の思い出はよく覚えています。

【中期】

認知症が進み中期になると、初期の頃は比較的保たれていた数ヶ月前や1~2年ほど前の記憶が失われていき、その瞬間の事柄しか分からなくなるようになります。記憶がところどころ失われている状態になるため、時間の経過(現在と過去)が混乱し、数年前にあった出来事を、昨日あった出来事のように話をしたり、自分の生年月日は覚えていても、現在何歳なのかが分からないということなどが起きたりします。
物忘れ対策として利用していたメモなども、メモしたこと自体を忘れてしまったり、メモ帳をどこに置いたのかを忘れてしまったりするため、利用が難しくなります。
同時に、記憶障害以外の中核症状も目立ってくるため、自立した生活を送ることが困難になってきます。
認知症のご本人も、「日常的に問題なくできていたことができなくなる」、「周囲から責められる」など、不安やいらだちを感じることが増えてきます。今までは自信があったことを周囲から指摘されるなどして、自尊心も傷つきやすくなっているため、うつ状態に陥ることもあります。

【後期~末期】

一部を除き、ほとんどの記憶が失われます。自分の家族や学歴、仕事のことなどに関する「生活歴」にまで混乱が起こり、自分の名前すら思い出せなくなります。脳の障害が進むことで言葉も失われるようになり、徐々に会話も難しくなっていきます。 ※感情表現は乏しくなりますが、記憶障害が進行しても、喜怒哀楽などの感情は失われないため、本人を尊重する対応は最期まで重要です。

※身体で覚えた記憶は残りやすい
いくつかある記憶の種類の一つに、「手続き記憶」(技能の記憶)というものがあります。この「手続き記憶」とは、自転車の乗り方や楽器の弾き方、水泳、編み物など、同じような経験の積み重ねにより獲得された、〝身体で覚えている記憶〟のことで、これらは、「小脳」という部分が、記憶の長期的な保持に深く関わっています。認知症が進行しても、「手続き記憶」(技能の記憶)は、比較的保たれている傾向にあります。

認知症の症状や症状の表れ方は、認知症の原因疾患(脳のどの部分を障害されたか)によって異なるとご説明しましたが、海馬を中心に脳全体が少しずつ委縮していく「アルツハイマー型認知症」では、進行に特に大きな個人差はなく、多くの場合、病気に従って、上記のような共通の経過をたどります。
脳卒中の発作により引き起こされる「脳血管性認知症」の場合は、原因となる疾患の種類や疾患の重さなどにより、急激に記憶力が低下することもあれば、アルツハイマー型認知症のように、ゆるやかに進行していくこともあります。

認知症の記憶障害の対応法

次に、認知症の方の記憶障害に、周囲はどのように対応をしていけば良いのか、ご説明していきたいと思います。
記憶障害の対応のポイントは、以下の通りになります。

話は否定せずに受け入れ、本人を安心させる

特に初期の頃は、本人は、〝自分に何かおかしなことが起こっている〟と、自分の状態の変化に気付いており、記憶障害の自覚はなくても、繰り返す物忘れや記憶があいまいになっていることに、不安や焦り、苛立ちの感情が増え、怒りっぽくなったり、うつ症状が表れたりすることがあります。それと同時に、自分に何かおかしなことが起こっていることを認めたくないという気持ちも強く持っています。
そのため、周囲からの指摘や叱責には、過剰に反応してしまい、周りが、本人の言動を訂正したり、同じ言動を繰り返すことに対して怒ったりしてしまうと、本人が抱いている不安や苛立ちなどが余計悪化してしまう可能性があります。
認知症の方は、記憶が低下しても、喜怒哀楽の感情は失われていないため、「馬鹿にされた」、「叱られた」、「脅された」などの悪い記憶は残る傾向にあります。
周囲の人は、本人の言動に合わせ、笑顔で話を聞いてあげたり、穏やかに声をかけてあげたりして、まずは本人を安心させてあげることから心がけるようにしていきましょう。うつ症状が表れている場合には、一般的なうつ状態の人と同じように、「頑張れ」などの励ます言葉はかけずに、「みんなが心配している」、「いつも見守っている」といったことを伝えると、本人も安心します。うつ状態が長く続く場合は、担当医に相談するようにしましょう。

しかし、認知症の症状であるとわかっていても、同じ質問や同じ話ばかり聞かされていると、聞いている側もストレスを感じ、場合によっては〝介護うつ〟になってしまう可能性があります。例え、家族だからと言って無理をしたところで、介護者自身が不調になってしまえば、元も子もありません。デイサービスを利用したり、時々、親戚の人に来てもらったりするなど、日頃から認知症の方と離れる時間を作るようにしましょう。

生活環境を整える
  • 1日のスケジュールを組む
    認知症初期の頃から、規則正しい生活パターンをあらかじめ決めておきましょう。要介護者は、ある程度時間割に沿ったような生活を毎日心がけておくと、1日の中で混乱する機会が減り、たとえ「物忘れ」が起きたとしても、生活に支障がでにくくなります。
    1日のスケジュールは、目につきやすいところに貼っておくのがおすすめです。また、病院に行く曜日や時間帯はできるだけ変えないようにしましょう。
  • よく使用する物は置く場所を決めておく
    毎日使用する物、頻繁に使用する物は置く場所を固定しておき、使用後はすぐに定位置に戻すようにしておきます。認知症の方にとって環境が大きく変わることは、混乱の原因となり、認知症の悪化に繋がります。できれば、部屋の模様替えも控えるようにしましょう。
  • メモを用意する
    記憶障害は、新しいことを覚えることが困難となるため、初期の頃であれば、メモを利用することにより、物忘れを補うことが可能となります。メモを決まった場所に張り付けておくようにしたり、目につきやすい場所に貼っておいたりするのもおすすめです。
  • 調理器具や家電は安全性の高いものを
    記憶障害の方に多いのが、「火の消し忘れ」です。例えば、鍋ややかんを火にかけても、記憶障害のある方は、数分経つと火をつけたこと自体を忘れてしまうため、本人は火がついているとは思いもせず、消し忘れてしまいます。特にアルツハイマー型認知症の場合は、「もしこのまま火事になっていたら」という重大性にあまりピンとこない方が多いため、周囲の人が何らかの対策をとる必要があります。
    炎を用いないIHクッキングヒーターや自動消火の機能が付いている調理機器の使用、難燃性の床マットや寝具への取り換え、仏壇のろうそくは電気式のものにするなど、安全性の高い家電や家具へ取り入れるようにしましょう。認知症ご本人の生活習慣を把握して、周囲が先回りした行動をとることが大切です。
食事の後片付けはしばらくしない

認知症の記憶障害により、本人は食事をしたこと自体を忘れているため、「まだ食べないのか」と、何度も聞いてくることがあります。この場合、「今準備をしているから待っていて」と話し、気をそらす方法がありますが、食事をした後はすぐに後片付けをせず、食べた後の状態を本人に見せておくのもおすすめです。すぐに片付けをしないことによって、食事をした記憶をとどめる手助けとなります。

服薬の管理は周囲の方が行う

記憶障害により、薬の飲み忘れや飲みすぎが起こる可能性があるため、服薬管理は必ず周囲の方が行うようにしましょう。薬の種類によっては、重篤な症状を引き起こす場合も考えられます。薬の数はあらかじめ数えておくと管理しやすくなります。誤飲により喉を傷つけないよう、薬は1個ずつ切り離さないようにしましょう。飲み終えた薬の袋やプラスチックシートは捨てずに、お薬カレンダーに戻しておくという方法もおすすめです。

認知症の本人は認知症の自覚があるのか

認知症の方が、たった数分前や数時間前の出来事をすっかり覚えていないのにも関わらず、「自分は物忘れをしていない」と、断言するなど、自分の健康上に問題があることを自覚していないかのような振る舞いをすることは、実際にあることです。
「物忘れ外来」では、この病識の有無を利用し、明らかな記憶障害がある人に対して、「自身の物忘れがひどいと思うか、また、異常だと思うか」といった問いかけをし、「いいえ」と答えた場合は、認知症の確率が高いと判断されています。

しかし、実際のところ、認知症の症状がまだ軽度の段階である頃は、本人自身にも病識があると言われています。
「変わってしまう自分」や「失われていく自分」に対して、違和感を抱いている方がいるのも事実です。それと同時に、周囲に自分が普通じゃないことを気付かれたくなかったり、その場の空気を壊したくなかったりなどの気持ちも存在しているため、その場を取り繕う会話をするようなっていきます。このような心理状態である時に、周囲の人からボケ扱いをされれば、「行動・心理症状(BPSD)」が悪化することは言うまでもありません。

確かに、認知症が進行すれば、自分が認知症であるという自覚もだんだん薄れていきます。しかし、感情が失われていくわけではないため、周囲が、認知症の人の不可解な行動に対し、理解を深めていくことが大切になってきます。認知症の方の不安な気持ちや焦る気持ちに寄り添うことは、認知症の方を支えていくうえで最も重要なことになるのです。

まとめ

今回は、「認知症の症状」の中でも、周囲が気づきやすい「記憶障害」についてお話させていただきましたが、いかがでしたか。
今現在、〝物忘れ〟が増えてきて「認知症ではないか」と不安に感じている方も、高齢のご両親を持つ方も、「認知症の記憶障害」とはどういった特徴があるのか、どういった点に気を付ければよいのかを理解しておけば、疑わしい症状があった際に、早めに対処することができます。
記憶障害は、認知症の方の精神面にも大きくかかわってくる問題でもあるため、なるべくいつもと変わらない日常生活を送るためには、認知症ご本人だけではなく、周囲のサポートも必要不可欠になってきます。
「認知症による記憶障害」は、周囲の理解と配慮によって、認知症のその他の症状の悪化を抑えることもできるため、看ている側の対応は大きなポイントになるでしょう。

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