認知症は、対策が早ければ早いほど症状の進行を遅らせることができ、良好な状態を維持していくことが可能となるため、いかに早い段階でみつけ、治療を行うかがカギとなります。早期発見のためにも、認知症の初期段階ではどのような症状が表れるかなどを理解しておくようにしましょう。
今回は、認知症の初期症状や早期発見のポイントなどについてご説明したいと思います。

目次

認知症の初期症状について

認知症とは

「一度正常に発達した脳の認知機能(記憶、思考、判断、理解、計算、学習、言語などの脳の機能)が、後天的な何らかの疾患により障害を受けることによって持続的に低下し、日常生活や社会生活に支障をきたしている状態」のことを「認知症」といいます。
以前は「痴呆症」と呼ばれていましたが、〝痴呆〟という言葉には〝愚か〟という意味が含まれており、侮辱的な表現であることから、厚生労働省は、平成16年に〝痴呆〟から〝認知症〟へ呼称を替え、〝認知症〟が行政用語として使用されることになりました。
認知症というと、「物忘れ」のイメージが強いという方も多いかもしれませんが、脳は身体の司令塔であり、あらゆる機能をコントロールしている重要な臓器であるため、脳が障害されてしまうと、思考や判断力、理解力、言語、身体能力などさまざまな機能に影響を及ぼします。

認知症の症状は、大きく分けて、「中核症状」と「周辺症状」の2つがあります。

【中核症状】

脳が正常に機能しなくなることで直接的に起こる症状を「中核症状」といいます。
中核症状には、主に以下の4つの症状があります。

  • 記憶障害
    初期の頃から表れてから、長く続く症状になります。記憶をすることが困難となるため、はじめのうちは、たった数分前にあったことを忘れてしまうなど、短期記憶が失われていきますが、症状が進行するにつれ、記憶を保持する力や覚えた情報を引き出す力も低下していき、ほとんどの記憶が失われます。
  • 見当識障害
    「自分は今どこにいるのか」、「時間の感覚が分からない」、「目の前にいる人は誰か」など、時間や日付、場所、人物などを認識する能力が低下していきます。
  • 実行機能障害
    物事を順序だてて考えたり、総合的に判断したりすることなどが難しくなります。例えば、料理をつくる手順が分からなくなる、同じものばかりを買ってしまう、不要な契約を結んでしまうなどです。
  • 高次脳機能障害
    読むことや書くこと、話すことや聞くことなど、言語に関する能力が低下することにより、会話や読み書きが困難となる「失語」や、以前はできていた一連の動作や行為(家電製品の操作や衣服の着替えなど)ができなくなる「失行」などの症状が表れます。脳血管障害や外傷性脳損傷などの後遺症として生じることが多い傾向にあります。
【周辺症状】

中核症状によって引き起こされる二次的な症状を指します。記憶障害により、物を移動させたこと自体を忘れてしまい、盗まれたと勘違いする「物盗られ妄想」や、見当識障害により、今いる場所が分からなくなることが原因で起こる「徘徊」などがあります。

また、「認知症」はあくまで状態を表す言葉であり、病名ではありません。認知症の原因となる疾患はさまざまあり、大きく分けると、神経変性疾患(アルツハイマー型認知症・レビー小体型認知症・前頭側頭型認知症)、脳血管障害(脳梗塞・脳出血)、その他(悪性腫瘍・感染症・頭部外傷)の3つに分類されます。

認知症の初期症状

認知症は、どこからが始まりなのかが分かりにくい症状であるがゆえに、認知症の原因疾患によって症状の表れ方もそれぞれ異なるため、どのような症状が出たら認知症を疑うかというのは難しい部分があります。ほとんどの場合は、「物忘れ」などの記憶障害をきっかけに、本人や家族が認知症に気付くというケースが多いようです。

認知症による「物忘れ」と加齢による「物忘れ」の違い

年齢を重ねるにつれ、身体のさまざまな部分が衰えてくるのと同じで、脳の機能も、加齢とともにだんだん低下していきます。60歳頃になると、記憶力の低下に加え、判断力や適応力などの衰えもみられるようになります。新しいことがなかなか覚えられなかったり、物忘れが目立ち始めたりするのは、誰にでも起こりうる自然な現象といえます。

しかし、加齢による「物忘れ」と、認知症による「物忘れ」は全くの別物として考えるようにしましょう。特に、認知症初期の頃は、加齢による「物忘れ」との区別が付きづらく、家族など周囲の方がいつもと違う様子に気付いても、歳のせいだと思って見逃してしまうケースが多くあり、注意が必要です。

認知症による「物忘れ」と、加齢による「物忘れ」の大きな違いは、「体験したことを覚えているか・覚えていないか」にあります。
例えば、加齢による物忘れの場合、食事の内容を忘れてしまったとしても、〝食事をした〟という記憶は残っていますが、認知症による物忘れの場合は、食事をしたこと自体を覚えていないというように、体験したことそのものを忘れてしまいます。
さらに、〝物忘れをした〟という自覚がないため、記憶がところどころすっぽり抜けてしまうことにより、認知症本人も不安になってしまい、同じことを何回も聞いてきたり、「物を盗まれた」、「食事を与えてくれない」 などの被害妄想に繋がったりします。

認知症による物忘れ ・体験そのものを忘れる
・物忘れしている自覚がない
・時間が経つにつれ悪化していく
・判断力や理解力が低下している
加齢による物忘れ ・体験の一部を忘れる
・物忘れをしている自覚あり
・症状が悪化していくことはない
・判断力や理解力に問題ない

以上が、認知症による「物忘れ」と、加齢による「物忘れ」の違いの一般的なポイントになります。
この違いを理解しておくことで、認知症の早期発見にも繋がります。自身や家族の「物忘れ」に対し少しでも不安を感じたら、早めに専門の医療機関を受診するようにしましょう。

認知症の種類ごとの初期症状

次に、認知症の種類ごとの初期症状についてご説明させていただきます。

【アルツハイマー型認知症】

国内で最も多い認知症です。「βアミロイド」や「タウたんぱく」といった異常なタンパク質が脳に蓄積されていくことにより、神経細胞が破壊され、徐々に脳全体が萎縮していきます。記憶を司る海馬を中心に萎縮が広がっていくため、初期症状では記憶障害が目立ちます。記憶することが難しくなってくるため、直前の記憶から失われていくのが特徴です。進行は比較的ゆるやかであるため、物忘れなどの記憶障害もゆっくり進行していきます。最初のうちは、本人にも病識がありますが、時間が経つにつれ自覚が薄れていきます。この段階では、ほとんどの会話は問題なく返答できます。

【レビー小体型認知症】

〝レビー小体〟という異常なタンパク質の塊により、脳の神経細胞が壊されることで生じる認知症です。脳の萎縮はあまり目立たないため、CTやMRIなどの画像診断では判断が難しい傾向にあります。「パーキンソン様症状」や「幻視」、「レム睡眠行動障害」など、表れる症状に特徴があります。初期症状は、認知障害や幻視が初めに表れる方もいれば、先にパーキンソン様症状が強い方もいるなど、人によりさまざまです。一般的に、初期の頃は物忘れなどがあまり目立たず、周囲とも特に問題なくコミュニケーションがとれることが多いようです。進行するにつれ、認知機能や記憶の悪い時間帯が長くなっていきます。

【前頭側頭型認知症】

前頭葉や側頭葉の萎縮によって引き起こされる認知症です。ピック病と前頭側頭型変性症の2つの病気が含まれており、他の認知症に比べると発症割合は少ないものの、若年性発症例が多い傾向にあります。人格、言葉、感情、思考、理性などを司る「前頭葉」や、言葉を理解する、言葉を記憶するなどの役割を持つ「側頭葉」に障害が起こるため、記憶力の低下よりも、人格の変化や異常行動などが目立ちます。特に、初期症状の例として身だしなみに気を使わなくなった・異常な落ち着きのなさ・集中力散漫・愛情や親近感の低下、金銭管理ができなくなってきたなどの症状が目立ち始める傾向にあります。

【脳血管性認知症】

脳出血や脳梗塞、くも膜下出血など、脳血管障害が原因で引き起こされる認知症です。
多くの場合、脳卒中の発作で脳血管障害が起こり、脳の機能が急激に低下し認知症の症状が表れますが、無症状の微小梗塞が多発する多発性脳梗塞の場合には、原因となる疾患が本人も気付かないうちに徐々に進行していくため、それに伴い、認知症の症状もゆるやかに進んでいきます。前者では、認知症の症状の始まりが比較的はっきりしていますが、後者では、病変が小さいことなどから、いつから発症したのか時期が曖昧です。
また、脳血管性認知症は、脳のどこの部分が障害を受けたかによって、表れる症状が異なります。脳血管障害により、情報伝達が最短ルートで行えなくなることから、以前はできていたこと(仕事や家事など)の「段取り」が悪くなったり、動作全般がゆっくりになったりします。先に、手足のしびれや麻痺、めまい、吐き気など、一過性の神経症状を繰り返してから、認知機能の低下が目立つ傾向にあります。
※重い脳卒中を引き起こした場合は、身体的治療が一段落した後、認知症の症状が表れていないかなど、検査をすることがあります。

脳血管性認知症は、発症原因が明確であるため、予防するための対策をとることができる唯一の認知症です。初期症状に早めに気付き、健康管理やリハビリ等を行うことで、症状の悪化を防ぐことも十分可能ですが、脳卒中が起きる前兆なども気にかけておくと良いでしょう。
※脳卒中が起きる前兆としては、「目がまわるほどの立ちくらみ」や「ろれつが回らない」、「頭痛が続く」などがあります。

認知症を早期に発見するポイント

認知症は、ほとんどの場合、記憶障害から始まります。その後、意欲低下や性格の変化がみられるようになり、 周囲が気づくようになるケースが多いようです。周囲や家族からみて、以下の項目に当てはまる言動や行動があれば、認知症の初期症状の可能性があります。
認知症の早期発見のめやすとして、参考にしてみてください。

□同じことを何度もいう、何度も聞いてくる
□午前中に話したことを、午後にはもう忘れている
□人の名前やものの名前が出てこない
□ものを置き忘れたり、しまい忘れたりすることが多くなった
□財布や大事なものを盗まれた、お釣りをごまかされたなどと訴えることがある
□待ち合わせの時間や場所を間違えた
□同じ食品を続けて買ってきてしまう(主婦の場合)
□つくり慣れているはずの料理の手順がわからなくなった(段取りができない)
□毎日、同じ服ばかり着ている
□だらしなくなった
□日課にしていたことをやらなくなった
□好きだったことに興味を失ったように見える
□ちょっとしたことですぐ怒ることがある
□買い物で代金を払うときに、小銭を出さないで毎回お札を出す
 (組み合わせて支払えない。財布が小銭でパンパンになっている)

以上の項目は、医学的な診断基準ではありませんが、「認知症」と診断された方の家族が気づく、認知症の方の日常生活での変化になります。思い当たる項目がいくつかある場合、まずは、本人が普段からお世話になっているかかりつけ医に相談してみると良いでしょう。
かかりつけ医がいない場合は、市区町村の相談窓口や保健所・保健センター、地域包括支援センターなどを活用するのもおすすめです。

認知症の診断に関しては、「認知症外来」や「もの忘れ外来」といった認知症の専門外来がある医療機関の他、 「精神科」や「心療内科」、「神経内科」なども受診可能です。あらかじめ受診をする前に、インターネットや市町村等で配布されている〝病医院マップ〟などで調べておくのもお勧めします。また、認知症の疑いがあるご家族の日頃の様子をメモしておけば、診断の際に役立つため、準備しておくのも良いでしょう。

認知症になるとすべて記憶がなくなってしまうのか

〝「認知症」というと「物忘れ」というイメージをお持ちの方が多いのでは?〟ということを冒頭でお話しました。実際、記憶障害は認知症の初期の頃から表れることが多く、ご家族の方が「認知症なのではないか」と気付くきっかけになった項目も、「同じことを何度も言ったり訊いたりする」、「約束事を忘れる」、「置き忘れやしまい忘れが多くなる」など、記憶に関するものが多い傾向にあると言われています。
しかし、人間の記憶には種類があり、認知症になっても、記憶の種類によっては維持されやすいものもあるため、〝認知症の人はすべての記憶が失われてしまう〟というのは誤解になります。

そこで、ここでは記憶の種類についてご説明したいと思います。

展望記憶 将来に向かっての記憶、つまり、予定に関する記憶。
作業記憶
(ワーキングメモリ)
必要な情報を一時的に保持し、これから行う行動や作業を進めるための超短期的な記憶のこと。
近時記憶 5分~10分前の記憶。あるいは、数日~数週間前の記憶。記憶を司る海馬の働きにより、脳に〝仮登録〟されている。
長期記憶 脳に深く刻み込まれている、古い記憶のこと。(10年前や20年前の記憶など)
手続き記憶 身体で覚えている記憶(自転車の乗り方、楽器の弾き方など)

以上が、主な人間の記憶の種類になります。
この中で、認知症が苦手とするのは、「展望記憶」、「近時記憶」、逆に得意とするのは、「作業記憶(ワーキングメモリ)」、「長期記憶」、「手続き記憶」になります。

認知症の記憶障害では、初期の頃から「近時記憶」の障害がみられます。これは、認知症により、記憶を司る「海馬」やその周辺が、萎縮により機能が低下しているため、新しい記憶をインプットすることが難しくなるためです。
「近時記憶」は、〝海馬に仮登録〟され、ある程度残りますが、時間が経過するにつれ、脳が〝覚えておかなくても良い情報〟と認識すると、その記憶は脳から消えてしまいます。しかし、認知症の方の場合は、海馬へ記憶を〝仮登録〟することも困難となるため、近時記憶を保持しておくことが難しくなるのです。認知症であるかを調べる簡易テストには、3つの語を記憶する記憶するテストがありますが、認知症である場合、5分以上経過すると忘れてしまう傾向にあります。

「展望記憶」は、「数時間後」、「明日」、「1ヶ月後」など、少し先の自分の行動の予定の記憶のことです。
これらは、日常生活や社会生活に非常に密接に関わっている部分といえます。例えば、料理中に火をつけっぱなしにしてしまったり、仕事の大事な約束をすっぽかしてしまったりなどは、周囲に迷惑をかけたり、信頼を無くしたりすることに繋がります。

認知症の方が得意とする「作業記憶(ワーキングメモリ)」ですが、これは超短期的な記憶のことです。例えば、「目的地までたどり着くための道順」は、目的地にたどり着くまでは保持されていなければなりませんが、目的が達成されたとたんに、消失しても良い記憶となります。健康な人でも、たいていの方は自然に消えてなくなるでしょう。認知症の方は、この作業記憶(ワーキングメモリ)が働いていることから、挨拶程度の何気ない会話であれば、こなすことができます。

「長期記憶」というのは、その人自身の意識とは関係なく、脳が重要であると判断し、忘れることができない、 回想レベルの記憶のことを言います。長期記憶には、楽しかった記憶だけでなく、怖かった・恐ろしかった記憶など含まれます。
認知症が進行した方でも、何十年も昔のことを鮮明に覚えているのは、この長期記憶によるものです。ただし、 認知症の悪化が進むと、古い記憶にも障害がみられる場合があります。

「手続き記憶」は、自転車の乗り方や編み物、楽器の演奏など、身体で覚えた記憶のことで、これらは、海馬ではなく「小脳」という部分で記憶されています。他の記憶とは脳の働きが異なり、海馬の機能が低下しても維持されていることから、介護の際には有効利用していきたい部分になります。

このように、認知症の方は得意とする記憶と苦手とする記憶があります。重要なのは、介護する側が、これらの記憶機能を区別する必要ということです。何気ない会話でも、家族と一緒に体験したことや、その時に感じた感情、時間を共有することができれば、認知症の方が、自尊心や安心感をもって暮らすことに繋がります。

まとめ

「認知症の初期症状」についてお話させていただきましたが、いかがでしたか。

今回、お話したように認知症の初期症状は、認知症の種類によってそれぞれ特徴があります。
現状、記憶に関する事柄がきっかけで、「認知症かもしれない」と気付く方(家族)が多い傾向にあります。
認知症は、現在の医療では、完治させる方法がないため、進行を遅らせるためには、早めの対策が重要となります。
今回の初期症状のチェックポイントを参考にしながら、ぜひ早期発見に役立ててみてください。

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