認知症になると、原因疾患によっては、「幻覚」や「錯覚」、「せん妄」の症状が日常的に表れることがあります。これは、実際に存在しないはずの人が見えたり、声が聞こえたりするため、周囲からすれば、理解できない発言や行動が目立ってくるのが特徴的です。
しかし、不気味と思われるような発言や、奇怪と思われるような行動をとっているからと言って、周りが全否定してしまえば、認知症悪化につながる可能性があります。認知症の方を安心させるためには、介護する側がどのような対処をしていくかが非常に重要となってきます。
そこで今回は、認知症の幻覚・錯覚・せん妄について、各症状の特徴や対処法についてご紹介したいと思います。
認知症の幻覚・錯覚・せん妄とは
幻覚
「幻覚」とは、実際には存在しないものが、本人には実在するかのように感じられる症状のことをいいます。存在しないはずの物が見える「幻視」や、聞こえないはずの声や音が聴こえる「幻聴」、その他「幻触」、「幻嗅」、「幻味」というように、五感すべてに症状がみられます。
幻覚 | 「黒い服を着た男の人が立っている」、「家の中に知らない子供がいる」、「亡くなった○○さんがそこに座っている」、「天井に虫がたくさんいる」など、細かな部分まで鮮明に見えるのが特徴です。本人にはリアルにみえているため、現実には存在しない相手に対して、話しかけたり、お茶を出したりすることもあります。 |
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幻聴 | 「自分の悪口を言われた」、「息子の声がする」など、聞こえるはずのない声や音が、本人にははっきりと聞こえてきます。命令口調であったり、自分を非難する声だったりと、幻聴の内容はさまざまです。 |
幻触(体感幻覚) | 「体中に針が刺さっている」、「脚に電流が流れている」、「お腹の中で虫が動いている」、「虫が腕を這っている」など、実際には触れていないのにも関わらず、奇妙な皮膚感覚や内臓感覚、痛覚などを生じます。 |
幻臭(幻嗅) | 「タバコの臭いがする」、「ゴムの焼ける臭いがする」など、実際にはない臭いを感じるようになります。自分自身が悪臭を放っていると思い込んでしまうのも、幻臭の一つです。 |
幻味 | 口の中に何も入っていないのに、甘い・辛い・苦いなどの味を感じたり、食べた物に変な味が付いていると思い込んだりします。「毒を盛られた」と被害妄想に繋がることがあります。 |
幻覚の一つである「幻視」は、特に「レビー小体型認知症」でよくみられる症状で、初期の頃から表れます。これは、レビー小体型認知症が、後頭葉という〝視覚〟を司る脳の部分にダメージを受けやすいとされているからです。そのため、認知症の典型である「物忘れ」よりも、幻覚の症状が初期の頃から目立つようになります。
幻視では、主に、人や小動物、虫などの生きているものが見えることが多く、実際にはそこにはいないはずのものが、本当に存在しているかのような生々しい現実感を伴います。本人からは色彩なども鮮明に見えることが多いため、描写が具体的であり、「亡くなった○○さんが部屋にいる」、「血まみれの人が立っている」など、時には周囲が驚くようなことを言ってきたりします。
また、幻聴は、「レビー小体型認知症」の他に、「アルツハイマー型認知症」でもみられる症状になります。
錯覚
「錯覚」は、実際にあるものや実際に聞こえてくるものを別の物と見間違えたり、聞き間違えたりすることです。例えば、錯覚の一つである「錯視」では、部屋にあるカーテンや壁の模様、布団のしわなどが、人の顔や動物にみえたりする他、周囲のものが歪んで見えたりもします。
また、加齢に伴い目や耳が悪くなってくると、怖さや不安を感じる環境にいる際に錯覚が起こりやすくなります。錯覚は、脳の障害に限らず誰にでも起こりうるものですが、認知症の方は、「妄想」など他の症状と重なることで、一度そう思い込んでしまうとなかなか自分で訂正することができないという状態に陥ります。
錯覚も、レビー小体型認知症でよく表れる症状の一つになります。
せん妄
「せん妄」は、入院や介護施設への入所、家族の死など、急激な環境の変化や体調悪化などが原因で引き起こされる意識障害の一種です。医学用語として具体的な定義もありますが、広義では、幻視や幻聴などの「幻覚」もせん妄に入ることがあります。
認知症は、脳の機能が急激に低下することにより意識障害が起こるため、アルツハイマー型認知症の中期やレビー小体型認知症の中期、また、脳血管性認知症の症状の一つとして、「せん妄」が出現することがあります。特に、身体や心の調子があまり優れない時に、すぐに症状として表れる傾向にあるようです。
ただし、せん妄は、発熱や感染、脱水、便秘、薬物の副作用などによる「内科的合併症」が誘因となることも多いため、認知症の方でも注意が必要です。的確な処置が行えない場合、昏睡や死に至る場合もあります。発熱や感染、薬の副作用などが原因の場合は、その原因を取り除くことで症状が回復します。
せん妄の症状の一例
- 注意力散漫
- 奇声を上げる
- 異常に興奮する(落ち着きがなくなる)
- つじつまが合わないことを言う
- 荷物をばらまく
- 裸になってウロウロする
- 睡眠と覚醒のリズムが崩れる(昼夜逆転、夜眠れない など)
- 意識の混濁
- 幻視、妄想 など
せん妄の症状の表れ方
- 急に発生する(症状の出た時期を特定しやすい)
- 日中は特に症状は目立たないが、夕方や夜間にひどくなる(症状が変動する)
- 一時的に発生した後、おさまる
せん妄の原因
- 加齢によるもの
脱水、便秘、尿路感染、ストレス、睡眠不足、チアミン・ビタミンB12欠乏症、若年者では影響のない疾患や薬剤 など - 疾患によるもの
認知症、パーキンソン病、神経変性疾患、腎不全、癌、甲状腺機能異常 など - 入院、手術後
手術で使用する酸素や鎮静剤による影響、ストレス など - 薬の副作用
長期間服用していた薬剤を急に断った時に表れる場合もある
せん妄は、精神活動が活性化し、大声を出す・暴れるなど攻撃的になる「過活動性せん妄」と、精神活動が低下し、混乱してはいるが比較的沈静している「低活動性せん妄」、これらの2つが合わさっている「混合型せん妄」の3つに分類することができます。
「低活動性せん妄」と「うつ状態」は間違われやすいため、注意が必要です。
また、夜間に表れるせん妄は、「夜間せん妄」とよばれています。夜間せん妄の場合は、昼間になると症状が落ち着く傾向にあります。
幻覚・錯覚の対応法
幻覚や錯覚が起きやすい場所や時間帯があるのであれば、そこに原因が潜んでいる可能性があります。幻覚による症状は常に表れているわけではなく、誰かと一緒に過ごしている間は注意をそらすこともできます。例えば、症状の出やすい時間帯をある程度把握し、日頃から、その時間帯はなるべく本人のそばにいるようにするなど、出来ればご家族内で協力し合って対応してみましょう。
幻視や幻聴などは、本人以外には見えたり聞こえたりすることはありません。しかし、「人がいる」、「声が聞こえる」などの訴えに対し、家族や周囲の方は、「そんなものはいない」、「しっかりしてください」と、幻覚を否定するような言葉をかけるのは絶対にしないようにしましょう。本人は、常に怖がったり不安になったりしている状態の中で生活をしているため、そのような言葉をかけられてしまうと、混乱してしまい、不安な気持ちが余計に強くなってしまうことから、幻覚が悪化してしまう可能性があります。
家族や周囲の方は、幻覚の内容に合わせて演技をし、本人が安心する方向へと導くよう心がけましょう。幻覚の症状が出た際に、一緒にお茶を飲むなど、気をそらせるのもおすすめです。
特に幻視は、薄暗い場所で出現することが多い傾向にあり、部屋に置いてある家具やふすまの影などが原因となることもあります。部屋の見通しが良くなるよう、家具を配置したり、部屋が明るくなるよう、照明を工夫してみたりするのもおすすめです。間接照明は、家具などによって部屋内に影が多くなるため、なるべく使用は控えるようにしましょう。
干している洗濯物や壁のシミ、カーテンの模様、機械音、雑音など、錯覚を誘発するものがあれば、部屋から取り除くようにしてください。
幻覚などが原因で激しい興奮状態に陥っていると、転倒してしまったり、暴れて家族や周囲の人を傷つけたりする恐れがあります。このような状態の場合、まずは、落ち着かせることを優先するようにしてください。
「知らない人が部屋にいる」、「天井にヘビが這っている」、「部屋の壁に虫がたくさんいる」などを訴えてくる場合には、人や虫を追っ払うふりや片づけるふりをして、「もういません」、「どこかに行ってしまった」などと、同調し、本人が安心できるようにふるまうことが大切です。
例えば、殺虫剤の代わりに消臭スプレーなどを使用して、実際にまいてみるふりをするのもおすすめです。
幻覚によってみえる幻が、自分に危害を加える存在かもしれないと不安になる方もいます。この場合、危険なものではないということを伝え、安心させてあげることが大切です。
幻覚はずっと見えているというわけではありません。幻覚の症状が落ち着いた際に、危険ではないということを伝えるようにしてみましょう。
また、このような説明は、いつも診察してもらっている医師にしてもらうと、説得力もありますし、素直に話を聞いてもらいやすく、効果的です。一度で理解してもらえなくても、繰り返し説明を受けることで、納得してくれることもあります。理解すれば、本人が幻覚を見た際に、「先生が幻だと言っていたから大丈夫」と自分に言い聞かせることができるため、怖がらずに日常生活を送れるようになります。
幻覚は、レビー小体型認知症で多くみられる症状と言われていますが、脳血管性認知症でも、表れることがあります。
これまで、幻覚・錯覚の対応法として、本人のことを否定せず、同調することが大切と説明してきました。
しかし、脳梗塞などの脳血管障害が原因で引き起こされる「脳血管性認知症」は、病識が比較的保たれているため、幻覚の内容に同調するより、症状についての説明を行うほうがおすすめです。
本人が納得できることも多く、幻覚・錯覚等の症状とうまく付き合っていけるようになります。
幻覚による症状は、薬物療法で改善することもあります。幻覚が頻繁に表れたり、激しい興奮がみられたりする場合には、早めにかかりつけ医や専門医に相談しましょう。
せん妄の対応法
せん妄は異常な精神状態をきたすことから、家族や周囲は驚く方も多いと思いますが、感情的にならず、相手を受け入れ、落ちついて対処するよう常に心がけるようにしましょう。
せん妄による行動や言動を無理に制止しようとすると、さらに興奮して暴言や暴力に及ぶ可能性があります。焦らずに、しばらく様子をみながら、ゆっくり穏やかに話しかけてあげるようにしましょう。
おかしな発言をしている場合には、幻覚が見えている可能性もあるため、その際は、本人の話に合わせて聞いてあげるようにしてください。
殴る・蹴るなどの暴力が出ている場合には、危険であるため、本人から少し離れ、しばらく様子をみるようにしましょう。
せん妄は、原因を取り除くことで、回復する場合があります。適切な対処をするためにも、家族や周囲の人が判断するのではなく、まずは専門医の診断を受けるようにしましょう。
なぜそのような行動をとっているのか、本人の話をよく聞いてあげることが大切です。
認知症本人は、常に不安や恐怖を感じています。介護者側は、話がおかしいと思っても否定することはせず、あいづちを打ちながら聞くようにしましょう。話している側も、安心するようになります。
機械などから出る音や光を適切に調節、あるいは避けるようにし、なるべく静かな環境で生活できるようにします。
時計や写真、カレンダーなどのよく見慣れた物や、メガネや補聴器など周囲の状況を把握するための補助器具は、本人のすぐ手の届くところに置き、すぐ使える状況にしておくと良いでしょう。
環境の変化は本人にとって大きなストレスであるため、部屋の家具配置などはできるだけ変えないようにしてください。ストレスは、せん妄の症状悪化に繋がってしまいます。
高齢になると、夜の睡眠が浅くなる傾向にありますが、さらに認知症の方は、朝起きて夜眠るという生活リズムに関わる神経の働きが弱くなっているため、睡眠障害(昼夜逆転)を起こしやすくなります。
夜になると家の中を歩き回ったり、壁を激しく叩いたりするなどの様子が見られる場合には、「夜間せん妄」の可能性が考えられます。この夜間せん妄は、高齢者の場合、発熱や脱水、便秘などが原因で引き起こされるケースもあり、そわそわして落ち着かず、夜眠れなくなったり、奇声を上げたりします。いつもと様子がおかしいと感じた場合は、便秘を疑ってみたり、こまめに水分補給するよう家族や周囲がサポートしたりするようにしましょう。
夜間せん妄は、介護する側をかなり疲弊させてしまうため、本人にはなるべく夜に眠ってもらえるよう、日中に積極的に活動してもらうことが重要です。デイサービスやショートステイなどを利用して、毎日の生活リズムを崩さないように心がけましょう。
なんだかおかしいと思ったら、早めに受診
認知症は、早期発見が非常に重要となります。早いうちから治療を行っていれば、その分早めに対処できるため、認知症の進行を遅らせることができますが、発見が遅くなればなるほどほど、治療の効果は薄くなります。 最近気になることが続いたら、早めに病院に行って検査を受けるようにしましょう。
認知症の診断は、認知症の専門外来である「物忘れ外来」以外にも、神経内科や脳神経外科、精神科などでも対応しているところがあります。自分が行きやすいと思うところを選択するようにしましょう。
認知症はある程度進行すると、自分は病気であるという自覚がなくなってくるため、受診を嫌がる人も出てきます。しかし、家族の言うことは聞かなくても、医師の言うことは聞くということもあるため、医療機関の受診はかかりつけ医などに進めてもらうようにしましょう。年に1回実施されている高齢者検診などを利用して、一緒に検査を受けてみるのもおすすめです。受診を嫌がっていても、実際に病院に行くと態度を変え、案外スムーズに受診してくれるケースも多いようです。
まとめ
今回は、「認知症の幻覚・錯覚・せん妄」についてお話させていただきましたが、いかがでしたか。
認知症による幻覚・錯覚・せん妄の症状が表れている場合、家族や周囲の方は、日頃から接し方や生活環境などに配慮することがポイントとなってきます。
症状がひどい場合は、薬の服用で抑えられることもあるため、早めに医師に相談するのが良いでしょう。
デイサービスなどを利用しながら、家族や周囲に負担がかかりすぎないようにするのも大切です。