「妄想」や「暴言・暴力」、「せん妄」、「うつ」などに分類されている「BPSD(周辺症状)」は、認知症の中核症状に伴い現れる特有の症状です。
実際に現れる症状の強さはそれぞれ個人差があり、認知症の種類によって現れやすい「BPSD(周辺症状)」もあります。
認知症介護をするうえでやっかいな症状とも言われていますが、BPSD(周辺症状)は、中核症状とは異なり、対応やケア次第で、症状が改善される場合があります。
今回は、この「BPSD(周辺症状)」の対応や治療法などについてご紹介していきたいと思います。
認知症のBPSD(周辺症状)とは
認知症になると、さまざまな症状がみられるようになりますが、それらは、脳の障害が直接の原因となって引き起こされる「中核症状」と、その中核症状によって二次的に引き起こされる「BPSD(周辺症状)」の、大きく2つに分類されています。
BPSDは「Behavior and Psychological Symptoms of Dementia」の略称で、認知症による行動や心理の症状を指します。
記憶障害(新しいことが覚えられない、記憶を保持できないなど)や見当識障害(場所や時間、季節、人物などの認識ができない)などが含まれる中核症状は、認知症になると必ず現れる症状になります。
一方、BPSD(周辺症状)は、中核症状により日常生活にさまざまな問題が生じるという不自由さと、本人のもともとの性格や心理状態、周囲の環境、人的関係、身体の状態、また、認知症の種類などの要因が複雑に絡むことによって引き起こされるため、人によって症状の表れ方が違うのが特徴的です。
BPSD(周辺症状)は、行動症状と心理症状の2種類に分けることができます。
徘徊 | 今いる場所が分からなくなる「見当識障害」が原因で迷子になり、結果的に「徘徊」となります。徘徊は、外だけでなく、家の中でも起こります。 |
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暴言・暴力 | 主に、認知症の中期以降に現れる症状です。感情を司る「前頭葉」が障害されることにより、感情のコントロールが難しくなります。もともと短気な方は、症状が強く出る傾向にあります。 |
拒否 | 「介護拒否」や「入浴拒否」などがありますが、拒否の理由は人によりさまざまです。認知症の方は、以前までできていた一連の動作をこなすことが難しくなったり、入浴・着替えといった行為そのものの意味が理解できなくなったりと、中核症状がもたらす不自由さから、不安感や焦燥感を持ちやすく、他人に会うことや外出することを拒否するようになります。 |
尿失禁 | 認知症により、尿意を感じづらくなることや、日常生活での動作が困難になることから、「尿失禁」を起こしやすくなります。また、トイレの場所が分からず迷ってしまったり、トイレの使用方法を忘れてしまったりすることも「尿失禁」の原因になると言われています |
妄想 | 認知症による「記憶障害」は、物を片づけたことや物を置いたこと自体を忘れてしまうことにより、誰かに盗られたと思い込んでしまう「物盗られ妄想」を起こします。このような被害妄想は、家族や介護者など、本人にとって身近な人が対象になりやすい傾向にあります。 |
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錯覚・幻覚 | 脳が障害を受け、脳の機能が異常な働きをすることにより、現実にはないものが見える「幻視」といった症状が現れるようになります。特に、レビー小体型認知症の初期~中期に多くみられます。 |
昼夜逆転 | 認知症による「見当識障害」は、昼夜の区別がつかなくなったり、体内時計に関わる神経の働きが弱くなったりするため、睡眠障害を起こしやすく、昼夜逆転の生活になりやすい傾向にあります。 |
うつ状態 | 自分の今の状況に悲観してうつ状態に陥ることがあります。特に、認知症初期の頃や、脳血管性認知症など、本人に病識がある場合にみられます。 |
執着 | 認知症になると、物事へのこだわりが強くなり、金銭や物に対して強く執着することがあります。認知症の方は、喜怒哀楽などの感情は比較的残っているため、本人に病識がなくても、自分にとってよくないことが起きているという不安は感じています。執着は、その不安を解消しようとする行為により起こるものだとされています。 |
作り話 | 認知症の「記憶障害」は体験したこと自体を忘れてしまうため、無意識のうちに記憶が欠如している部分を補おうと「作り話」をするようになります。 |
BPSD(周辺症状)は、〝さまざまな因子が複雑に絡んで生じる〟ことから、現れる症状には個人差があります。
また、認知症の原因疾患によっては、その認知症特有のBPSD(周辺症状)が表れることもあります。
「レビー小体型認知症」では、視覚を司っている脳の「後頭葉」という部分に、広範にわたり血流低下や糖代謝の低下がみられます。そのため、認知機能よりも、視覚や空間認識の機能の低下が大きく、他の認知症と異なり、錯覚・幻覚といった特徴的な症状が目立つようになります。
BPSD(周辺症状)が表れる原因とは
理想的な社会生活には理想的な「人間関係」を築いていくことが必要です。しかし、実際のところ、「人間関係」には悩みがつきものです。日常的に私たちは、周囲の人とうまく関わっていくために、イラっときたことを怒らずやり過ごしたり、本当は自分のやりたいことがあっても我慢したりするなど、常にさまざまな感情をコントロールしながら生活をしていると思います。しかし、認知症の方は、脳が障害されることにより、感情をコントロールすることが難しくなってくるため、ちょっとしたことで、家族や介護者の方に暴言や暴力を起こしてしまう場合があります。
また、認知症になると、以前までは当たり前のようにできていたこともできなくなってくるため、日常生活での一つ一つの行動が、本人にとってはどれも困難な動作となります。
環境の変化にも敏感になり、引っ越しや親しい人との別れなどを理解して受け止めることが難しくなります。
BPSD(周辺症状)は、日頃から、ストレスや不安を感じやすく、気分が不安定なため、ストレスの多い状況に対し、自分の尊厳を守ろうとする傾向にあります。
認知症のBPSD(周辺症状)に対する治療
認知症のBPSD(周辺症状)は、脳の障害が直接の原因となって起こる「中核症状」とは異なり、対応とケア次第で、症状を改善させることが可能となっています。
BPSD(周辺症状)に対して行われる治療法は、大きく分けて、内服薬等を使用して症状の改善を図る「薬物治療」と、薬物を用いないで治療を行う、「非薬物治療」の2種類があります。
薬物治療
認知症を根本的に治すための特効薬は、現時点では開発されていないため、認知症に対する治療は、症状の進行抑制がメインとなります。
※BPSD(周辺症状)のうち、妄想やうつ症状、睡眠障害、怒りっぽさといった症状に対しては、薬を用いることで改善され場合があります。
BPSD(周辺症状)に使用される向精神薬は、基本的には精神疾患の方に用いられるものを使います。その人にどのような症状が現れているかで、必要なものが処方されます。
ただし、これらの薬は、不用意に投与し続けると、認知症の方の寿命を縮めてしまう可能性があります。最小限の適切な量を、適切な期間服用することが重要です。薬の種類によっては、抗認知症薬との併用が禁止されているものや、保険適用外のものもあります。持病があり、認知症以外に服用している薬があれば、必ず担当医に相談するようにしましょう。
認知症により処方される薬の中には、副作用があるものがあります。歩行障害や立ちくらみ、ふらつきなどが現れることもあり、それが原因で、転倒や骨折、頭部外傷が起こることも考えられます。家族や周囲の方は、薬の効果が現れているかなども含め、本人を常に観察することを心がけるようにしましょう。
非薬物治療
BPSD(周辺症状)は、はたから見ると理解されにくい行動も多いようですが、BPSD(周辺症状)が現れるのには、必ず原因があります。まずは、本人がなぜこのような行動をとるのか、症状の出現時間や誘因、環境要因などの特徴を探り、改善を図っていきます。
非薬物治療には、「リハビリテーション」や「レクリエーション療法」、「心理療法」、「音楽療法」、「アロマセラピー」などがあります。
回想法やリアリティオリエンテーションはこの中の心理療法に含まれています。
「回想法」は、楽しかった思い出や昔の自慢話などをしてもらい、周りに共感や経験を共有してもらうことによって、不安定になりがちな本人の気持ちを落ち着かせたり、認知機能の改善を図ったりします。若い頃に観た映画を鑑賞したり、昔住んでいた場所を訪れたりするのも回想法になります。
「リアリティオリエンテーション」は、現実見当識訓練ともいい、自分の名前や家族、今いる場所、季節などを正しく理解する練習を重ねることで、見当識障害の改善に繋げていく訓練です。
この他にも、編み物や園芸、陶芸、絵画など、趣味も積極的に取り組んでもらい、本人の気持ちの安定を図っていきます。
認知症患者のBPSD(周辺症状)の対応
BPSD(周辺症状)が現れた際、周囲の家族には、的確対応が求められます。
ここでは、BPSD(周辺症状)の対応の原則などについてご説明させていただきます。
認知症の方にみられるBPSD(周辺症状)は、個人によって異なるため、各家庭で症状に対する対応の工夫が求められます。
「問題行動」としてとらわれがちなBPSD(周辺症状)ですが、実際は、「事実の取り違え」と、それに伴う「失敗行動」ととらえることが可能です。
例えば、「物を盗まれた」といった「事実の取り違え」に対し、
・「否定しないこと・逆らわないこと。」
・「話題を切り替えて関心をそらす。」
・「認知症患者の認識(世界)に合わす。」 など
上記のような対応を周囲は心がけましょう。
また、「失敗行動」に対しては、
・「叱らない・説得しない。」
・「失敗しない環境を作る。」 など
「失敗行動の動機や心理を類推して、それを満たす。」といった対応をとるのが原則です。
「失敗行動の動機や心理を類推」する際は、以下の動機や背景が考えられます。
① 身体的不調、身体的不快、身体疾患に基づくもの
② ベッド、部屋、環境の不適応さに基づくもの
③ 食事に対する不快感の表出としてのもの
④ 周囲の人たちへの不満、あるいはその人たちからの愛情を求めるためのもの
⑤ 自己防衛ための、または自分の世界の秩序を守ろうとしてのもの
⑥ 自らの見当識、あるいは過去の生活パターンに従ったために起こったもの
⑦ 世話、思いやり、お節介といった他人への気持が裏目に出たもの
≪出典≫一般臨床医のための認知症における精神症状と行動障害対応マニュアル
認知症の方は、自分の訴えたいことを言葉にするのが苦手であるため、「失敗行動」は、言葉ではうまく伝えられない認知症の方からのメッセージと考えるようにしましょう。
住環境の整備も
認知症の原因疾患では、片麻痺や手足の震えといった身体症状も認められるため、住環境の整備も必要となってきます。
1)日常生活の支援
トイレ:洋式化、洗浄装置、手すりの設置、段差の解消、寝室の近くへの設置
浴室:手すりの設置、浴槽をまたぎ易くする、段差の解消、床の滑り止め
居室内外:段差の解消、イスの使用、適切な照明の設置
玄関:段差の解消、手すりの設置
2)介護の負担の軽減
トイレ:面積拡張、段差の解消、洋式化、手すりの設置、寝室の近くへの設置、床や壁の材料の変更、汚物用シンクの設置
浴室:面積拡張、シャワーチェア、手すりの設置
寝室内:ベッドの導入、ポータブルトイレの使用、面積拡張
居室内外:スロープの設置、段差の解消、手すりの設置
3)安全性の確保
トイレ:鍵を外から開けられるように、段差の解消、手すりの設置
浴室:浴槽の温度設定ができるように、滑り止め、段差の解消
寝室:家具の角を丸くする、安全な暖房器具の設置
玄関:段差の解消
4)快適な環境の確保
浴室及び脱衣室:温度差をなくす
寝室:温度を一定に
居室及び住居全体:自由に動ける広さを用意
5)わかりやすさの確保
文字・絵による表示、トイレなど強調したい場所に照明を当てるなどの工夫
6)馴染みの環境づくり
使い慣れた家具や写真を身近に取り入れた住まいの工夫
7)家庭生活の保全
家族にとっても暮らしやすく、体力や能力を維持できる配慮。貴重品や書類などを保管する場所の工夫や介護者が休める部屋を用意
8)失禁への対応
トイレ、廊下、浴室、居寝室など住居全体で掃除のしやすさや臭いへの対応
9)徘徊への対応
外出を制限したり徘徊を察知するための、鍵や徘徊感知装置の工夫
10)認知症の進行への対応
1)~9)に記したような住まいの工夫は有効であるが、認知症の進行に伴う環境整備の見直しも必要
≪出典≫一般臨床医のための認知症における精神症状と行動障害対応マニュアル
認知症の人を介護する家族の心理変化
認知症高齢者を介護する家族の心情は、段階をふみながら徐々に平穏を取り戻していくと言われています。
ここでは、その心理変化についてお話したいと思います。
認知症になり、それまでしっかりしていた人に理解できない言動が現れ始めると、「この人がまさか」という信じられない気持ちになります。
また、身内が認知症になったということを認めたくない気持ちもあり、認知症を否定したり、一人で抱え込んだりします。
認知症の症状が進行することにより周囲が振り回され、怒っても説明しても本人には通じないため、介護する家族側は無力さを感じ、本人とのかかわりを拒絶しようとする人も出てきます。介護者側にとっては一番辛い時期でもあります。
認知症の症状はどんどん進行していきますが、この頃になると、だんだん、「怒ってもイライラしても仕方ない」と、家族が割り切れるようになります。最初の頃の「とまどい・否定」や「怒り・拒絶」を乗り越え、この段階に進むと介護に対するストレスもなくなってきます。
その人をあるがまま受け入れられるようになり、認知症の理解も深まってきます。こうすると本人は不安がるといった傾向もつかめるようになり、「自分も認知症になるかもしれない」という考えを持つことで、できる限り本人の気持ちに沿った介護をしようという気持ちになることができます
家族が認知症になってしまったことがショックで否定したくなったり、本人の言動に対して怒りたくなったりする気持ちももちろんあると思いますが、認知症の方を介護する際は、とにかく、「病気である」と割り切る気持ちが大切になってきます。
本人のことを思い、本人のことを考え、良かれと思ってあれもこれもと頑張りすぎる方もいるかもしれません。しかし、それでは、認知症本人はやりたくないことを強制されている気分になりますし、家族側は心と身体がもたなくなります。
介護者が切羽詰まってピリピリしながら介護を行えば、それは認知症本人へも自然と伝わり、介護拒否が出る場合もあります。
介護者である家族が、「私には、ここまでしかできない」、「認知症は進行性だから仕方ない」と、ある程度割り切って、余裕をもった介護対応ができれば、お互いに良い関係を築くことができるかもしれません。
まとめ
今回は、「認知症のBPSD(周辺症状)」についてお話させていただきましたが、いかがでしたか。
「BPSD(周辺症状)」が複数表れているとしても、認知症の進行を少しでも抑制する為には、周囲が怒らず、冷静に対処していくことが大切です。
認知症の方を介護するうえで、やっかいとされている「BPSD(周辺症状)」は、症状の現れやすい時間帯や環境などをしっかり把握し、本人から少しでも原因を取り除いてあげられるよう、普段から周囲が観察をしていくようにしましょう。