認知症になると、暴言を吐くようになったり、暴力を振るうようになったりすることがあります。いくら認知症とはいえ、そのような身内の言動に、大きなショックを受けてしまう家族も多いのではないでしょうか。特に力のある男性が暴力的になった場合、身近な家族や周囲の方が大きなケガを負ってしまう可能性も考えられます。
そこで今回は、認知症の方が暴力を振るってしまう原因や、その対処法などについてご紹介します。

目次

認知症による暴言・暴力とは

認知症になると、周辺症状の一つとして、「暴言」、「暴力」の症状が表れることがあります。

周辺症状とは、脳が障害されることで直接的に引き起こされる中核症状により、二次的に起こる症状のことです。本人の気質や心理状態、本人を取り巻く環境など、さまざまな要因が絡んで引き起こされるため、その人によって表れる症状は異なります。
認知症の「暴言・暴力」は、家族や介護者に乱暴な言葉を発し、突然殴りかかってきたり、物を投げたり壊したりするなど、些細なことで激昂します。

認知症の「暴言・暴力」は、主に認知症の中期でみられます。
原因としては、主に以下のようなことが考えられます。

■脳が障害されることにより、感情のコントロールが困難となる
感情や思考、判断、意欲、自主性、創造性などを司る脳の前頭葉の部分が、何らかの理由により障害されることで、感情の抑制がきかなくなり、怒りや不安、恐怖といった感情が表に出やすくなります。感情のコントロールが困難であるため、一度激昂すると、興奮を抑えることが難しくなります。

■できないことや分からないことに対する感情
認知症では、新しいことを覚えたり、記憶を保持したりする能力が低下する「記憶障害」や、場所や時間、人物などが認識できなくなる「見当識障害」などが表れるようになります。今までできていたことができなくなったり、自分が今いる場所や目の前にいる人物が分からなくなったりするなど、日常生活の中で、苛立ちや不安を感じたり、混乱したりする機会が多くなるため、暴言・暴力の原因になることがあります。

■薬の副作用によるもの
認知症の進行予防や症状を軽減するために用いられる抗認知症薬は、薬の種類によっては、副作用により怒り
っぽくなってしまうことがあります。

■周囲の感情に影響されている
認知症の方は、たとえ認知機能が低下していても、〝感情〟が障害されることはほとんどありません。比較的末期の段階まで残っており、表情や態度から、相手の喜怒哀楽を読み取ることも可能です。相手がなぜそのような感情になっているのか、誰に対しての感情なのかまで理解することは難しいのですが、介護者の方が険しい表情をしていたり、イライラしていたりすると、認知症本人にも伝わります。
これが、「暴言」、「暴力」を引きおこす原因になることがあります。

■孤独を感じている
認知症になってから、誰かと交流する機会が減ったり、家族や周囲から冷たくされたりすると、本人は孤独を感じるようになるため、「誰にも必要とされていない」と思うようになります。このようなことが、暴力的な発言や行動が引き起こされる原因となることもあります。

■自尊心やプライドが傷つけられる
家族や介護者に悪気がなくても、気付かないところで本人を傷つけてしまっている可能性があります。認知症の
方は、病識がなくても、自分の能力が低下していることは自覚しているため、気を遣ったつもりで「できる?」、「大丈夫?」といった周囲の声かけは、逆に自尊心やプライドを傷つけてしまうことがあります。また、認知症の方を相手にしているからといって、周囲が真剣に話を聞かないことに対しても、本人はちゃんと感じ取っているため、これも自尊心やプライドを傷つける原因となります。

■体調不良
認知症の方は、体調が悪くても、具体的にどういった不調があるのかを、周囲に伝えることが難しくなります。
さらに、対処の仕方(病院に行くなど)や、なぜこんなに痛むのかなども分からなくなるため、苛立ちや不安から「暴言」や「暴力」に繋がることがあります。

■介護する側の暴力的な対応
認知症の方が、介護者から暴力的な扱いを受けている場合、本人の自尊心を傷つけることにもなるため、暴言・暴力の原因になる可能性があります。

怒りっぽくなる認知症のタイプ

アルツハイマー型認知症
認知症の中で最も患者数が多いとされるアルツハイマー型認知症では、気分や人格の変化が、進行中の症状として表れます。

レビー小体型認知症
レビー小体型認知症では、幻視やレム睡眠行動障害など、特徴的な症状が表れます。認知症の影響で怒りっぽくなるだけでなく、幻視や妄想によって暴力が誘発される場合もあるため、注意が必要です。

前頭側頭型認知症
前頭側頭型認知症では、感情のコントロールや理性などを司る前頭葉や側頭葉を中心に脳が障害されていくことから、性格が一変し、怒りやすくなることがあります。

認知症になると人格が変わるのか

最近、メディアが認知症を特集することが増えてきました。しかし、それによって受け手側が〝認知症〟に対して、過剰なマイナスイメージを持ったり、さまざまな誤解をしてしまったりすることがあります。
「認知症になると人格が変わる」というのも、誤解されやすい情報の一つです。
「それまで穏やかだった人が、認知症になってから突然激昂するようになった」など、認知症の「暴言・暴力」が目立つようになると、まるで人が変わったかのように感じられる方も多いかもしれません。
しかし、認知症の方は、症状の進行とともに認知機能は低下していきますが、その人らしさや人間性は心の中でずっと残り続けています。

認知症による「暴言・暴力」は、決して、人格が変化したからというものではありません。本人が、周囲から人として扱われなかった時や、自尊心を踏みにじられた時、人格が否定された時や、認知症であるからという理由で子供扱いされた時などに、反撃しようとする気持ちが、「暴言・暴力」を含む周辺症状(行動・心理症状 (BPSD))として表れます。
周辺症状は、主に、ストレスを感じやすくなると生じやすい傾向にあります。

また、認知症を発症する前の性格や気性、言動などが極端に表れやすいことから、もともと暴言や暴力行為が多かった方は、暴力的な部分がさらに強く現れるようになります。特に暴力を振るってしまう方は、健康だった時のかつての自分と比べ、悔しさややるせなさがこのような行為に結びついているのではないかと考えられています。
介護する側は、このような状況に悲観する必要は全くなく、むしろ、本人にまだ体力がある証拠だと考えるようにしましょう。

先ほどもお伝えした通り、周辺症状は周囲の環境によって大きく左右されます。
介護者が、認知症の方一人一人を「人」として尊重し、その方の「心」に寄り添った人間関係作りを心がけることが、認知症の症状自体を安定させることに繋がっていきます。
認知症の方が心を安定させ、その人らしい人生を送るためには、周囲が、認知症に関する正しい知識を身に着け、サポートしていくことが大切です。

認知症による暴言・暴力の対処法

認知症による「暴言」、「暴力」行為が起きた際、家族や周囲が、本人のために声をかけてあげても、なかなかすぐには興奮がおさまらず、場合によっては、状態が悪化してしまう可能性があります。本人の力が強ければ、家族や周囲の人がケガをしてしまう可能性もあります。本人や周囲の人の安全を第一に考え、十分注意しながら対処するように心がけましょう。

絶対に対抗せず、危険な場合はいったん離れる

突然、意味不明な怒りや興奮をぶつけられたり、暴力的な攻撃を受けたりしてしまうと、ついこちらも対抗したくなる気持ちになるかもしれません。しかし、強い言葉で言い返したり、興奮している本人を無理やり力で押さえつけたりしようとすると、かえって本人の興奮が増し、さらに暴れてしまう可能性があります。激昂している間は、無理に止めようとせず、まずは本人の怒りや興奮が落ち着くまで、見守るようにしましょう。暴力が始まっても、落ち着いて冷静に対処することが非常に大切です。

身の危険を感じた場合には、いったんその場から離れ、本人から物理的に距離を置くようにします。この時、他の家族、あるいは別の第三者が対応することで、本人の興奮がおさまることもあります。
近くに刃物類などの危険物がある場合は、必ず遠ざけるようにしてください。

本人の気持ちを受け止める

本人から話を聞くときは、怒った理由や原因を探ったり、否定や説得をしたりせず、まずは、本人の話をただ共感しながら聞いてあげるようにしましょう。また、日ごろから、話し相手になってあげたり、一緒に過ごしたりすることで、本人も少しずつ感情が安定するようになります。

認知症の方の「暴言・暴力」には、必ず理由があります。「暴言」や「暴力」の原因となっているものを取り除かなければ、根本的な解決にはなりません。〝話を聞く〟だけでは一時しのぎになってしまうため、本人の感情が少しずつ安定してきたら、同時に、怒りや興奮の原因となっているものを探すようにしましょう。体調不良や生活環境、睡眠不足、人間関係など、怒りの原因となるものは人によってさまざまです。複数の事柄が絡んでいることもあるため、少しずつ取り除いてあげるようにしていきましょう。

専門医や専門家に相談する

認知症による暴力行為が、あまりにも過激で悩んでいるという場合は、主治医や精神科医などにすぐ相談するようにしましょう。薬を処方してもらうことで、認知症によるイライラ感や興奮状態を沈め、落ち着いた日常生活を送れるようになることがあります。

暴言や暴力の兆候が見られると、施設への入居が難しかったり、たとえ入居ができたとしても、施設の職員への暴力を理由に、退所を迫られたりすることがあります。この場合、ケアマネジャーや地域包括支援センターの職員などに相談して、早めの解決策を試みるようにしましょう。

認知症による暴言・暴力の予防

他の作業で注意をそらす

普段から、本人が好きなことや没頭できるようなこと(編み物やハンドクラフト、読書、パズルゲーム等)をしてもらい、「暴言」や「暴力」を引き起こす原因となっているものから、注意をそらすようにします。ただし、本人が聴き慣れていない曲を流したり、好きじゃないことを無理にさせようとしたりすると、ストレスが溜まり、逆効果になってしまう恐れもあるため、注意するようにしましょう。

本人の様子は常に観察する

認知症の方は、日常生活を送るうえで、常に不安や混乱と隣り合わせの状態にいます。不安な気持ちになったり混乱したりを繰り返していると、さまざまな周辺症状(※行動・心理症状(BPSD))が生じやすくなるため、そのような機会がなるべく少なくなるよう、常に本人の様子を観察して、すばやくサポートできるように心がけましょう。

※周辺症状とは
暴言・暴力、妄想、徘徊、作り話、錯覚・幻覚、尿失禁、昼夜逆転など

適度なストレス発散を心がける

認知症の方は、周りの様子を感じ取りやすく、特に、悲しみや怒り、不安、恐怖といった負の感情に敏感に反応するようになります。
介護者は、認知症の方を介護していくうえで、イライラしたり、つい怒りそうになったりすることも多々あると思いますが、そのような時に無理に作り笑いをしても、認知症の方には負の感情が伝わってしまいます。認知症の方に伝わってしまえば、周辺症状が悪化する恐れがあります。
近年は、少子高齢化で、親を介護するとなった場合に、子供がすべてを抱え込んでしまうケースも多く、最悪の場合、介護者がうつ状態に陥ることもあります。

介護する方は、デイサービスやショートステイを適度に利用し、一時的に介護から離れる時間を作ることをおすすめします。ストレス発散で外に出かけたり、自宅でのんびりしたりなど、介護者自身の心の健康も守るようにしていきましょう。

ユマニチュードについて

認知症介護の技法の1つに、「ユマニチュード(仏:Humanitude)」というものがあります。ユマニチュードは、近年話題になっている包括的なケア技法(感覚・知覚・言語)であり、日本の介護施設や医療機関でも普及しつつあります。
1979年にフランスで生まれた「ユマニチュード」は、フランス語で〝人間らしさ〟を指し、「人間らしさを取り戻す」という意味が含まれています。
ユマニチュードは、ケアを行う方が、「見つめる」・「話しかける」・「触れる」・「立つこと(を支援する)」という人間の特性に働きかけることにより、「あなたは大切な存在です」というメッセージを相手に発信し、ケアを受ける方の「人間らしさ」を尊重し続けます。また、それを受け取る側(ケア対象者)は、言葉によるコミュニケーションが難しい場合でも、ケアを通じて、「自分が人間である」ことや「自分が尊重されている」ことを感じ取ることができます。


■ユマニチュードの基本(4つの柱)

・見る
真正面から相手の目を見つめることで、「自分はあなたに関心がありますよ」という意思表示と、平等な関係性を伝えます。
対象者が、車いすやベッドにいるからといって、上から見下すのは絶対にしないようにしましょう。また、顔を合わせる時も、近すぎず離れすぎずで、適度な距離を意識するようにしましょう。

・話す
ゆっくり、やさしく、穏やかな口調で、前向きな言葉を用いて話しかけます。意図した反応がない場合でも、自分の動きを実況中継する「オートフィードバック」を用いて、言葉を絶やさないようにします。

・触れる
身体介助を行う際などに、手のひらから触れるようにするなど、なるべく広い面積で、柔らかく、ゆっくり触れることで、優しさや愛情を表現します。無理やりだったり強い触り方だったりする場合は、相手に攻撃性を感じさせてしまいます。身体を触る順番は、肩や背中など、敏感ではないところから順に触れていき、敏感な部分(顔や手など)はいきなり触れないようにします。

・立つ
可能な限り立つ時間を作ると、関節や軟骨に栄養が行き渡り、呼吸器系や循環器系の機能が活発になることで、血流がよくなり、褥瘡の予防になります。立って歩くことは、知性や社会性などを獲得し、人間としての尊厳を自覚する手段であるため、歩行が可能な場合は、なるべく歩く機会を作ります。

ユマニチュードでは、上記の「4つの柱」を使います。
そして、「5つのステップ」の手順に基づいてケアを行います。

①出会いの準備[来訪を伝える]
やり方は、3回ノックして3秒待つ、3回ノックして3秒待つ、反応がなければ、1回ノックして室内に入ります。
ノックすることによって室内にいる人に「誰かが自分に会いに来たこと」を知らせる。それにより、相手は受け入れるかどうかを選択できます。
②ケアの準備[相手との関係性を築く]
これからのケアについての話はせず、「自分はあなたに会いに来た」というメッセージを伝えます。正面から目を合わせ、3秒以内に話始めます。前向きな言葉だけを選んで話しかけ4つの柱のうち「見る・話す・触れる」の3つの技法を用います。
3分以内にこれから行うケアの同意を得ることができなければ、いったん諦めます。
③知覚の連結[心地よいケアの実施]
4つの柱のうち、「見る・話す・触れる」の少なくとも2つ以上を同時に使いながら、「あなたを大切に思っている」というメッセージを継続的に伝えます。いくらやさしい言葉で語りかけていても、視線が合っていなかったり、優しく話しながら手を掴んだりするなどの行動は、メッセージに矛盾を生じさせます。自分が発するメッセージに調和を持たせましょう。
④感情の固定[ケアの心地良さを記憶に残す]
認知症の症状が進行しても、感情に伴う記憶は最期まで残るとされています。ケア終了後は、ケアが心地よかったことや、「あなたと一緒に過ごすことができて嬉しかった」というようなポジティブな言葉をかけて、ケアを素敵な経験として感情記憶に残します。
⑤再会の約束[次回のケアを容易にするための準備]
認知症の方に、「また会いましょう」と伝えましょう。言っても覚えていないかもしれませんが、介護者に対してポジティブな感情が残っていることにより、自分に優しくしてくれた人がまた会いに来てくれるという喜びや期待の感情は記憶に残ります。

ユマニチュードは、介護する側と介護される側両方を尊重することで成り立つ、基本的なケアの手法です。 「認知症高齢者」として扱うのではなく、「一人の人間として尊重する」ことで、ポジティブな関係を築いていきます。

まとめ

今回は、「認知症による暴言・暴力」についてお話させていただきましたが、いかがでしたか。

たとえ、認知症であると頭では分かってはいても、実際に家族から暴言を吐かれたり暴力を振るわれたりすると、ショックを受けてしまう介護者も少なくありません。しかし、認知症による暴言や暴力には、理由があるため、怒り出すきっかけが分かれば対応しやすくなることもあります。もし、原因がわからず、自分自身で対処しきれない場合は、専門医に相談し、薬を処方してもらうようにしましょう。
介護者側が体を壊してしまわないように、このような悩みは一人で抱え込まず、周囲で協力し合うことが大切です。相談する相手や協力者が身近にいない場合は、ケアマネジャーや地域包括支援センターに相談するようにしましょう。

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