認知症は、進行してくると〝異食行動〟がみられることがあります。身の回りの物をなんでも口にいれてしまうため、誤ったものを口にすれば、命に関わる危険性があります。
「それなら認知症の方をモノがない部屋で戸閉にしておけば」と、考える方もいると思いますが、本人にとってはストレスとなり、認知症の症状が悪化する原因にもなりえるため、おすすめはできません。
だからと言って、四六時中、介護者が付き添っているという対処もあまり現実的ではありません。
そこで今回は、このような症状が表れる原因や、適切な対処法などについてご紹介していきたいと思います。

目次

認知症による異食とは

認知症が進行し、重症になると、本来は食べられないものを食べようとする、〝異食〟という症状がみられることがあります。
ティッシュペーパーや紙、石鹸、洗剤、乾電池、タバコ、靴、自分のオムツなど、身の回りにあるものを何でも口に入れようとする、大変危険な行為です。
異食は、認知症の「行動・心理症状(BPSD)※」のひとつであり、認知症の中期以降に多くみられます。

※脳の障害が直接の原因となる「中核症状(記憶障害など)」によって表れる二次的な症状のこと。周辺症状ともいう。
表れる症状は人によりさまざまで、本人の性格や人間関係、心理状態、本人を取り巻く環境など、複数の要因により左右される。

異食が起こる原因としては、以下のようなことが考えられます。

■認知機能の低下
認知症の進行に伴い、認知機能が低下してくると、食べ物であるのかそうでないかの区別がつかなくなってきます。
さらに、判断力も低下してくるため、「とりあえず口に入れてみよう」という行動(口唇傾向)がみられるようになります。

■認知症による嗅覚・味覚障害や口腔内の感覚障害
失認(※)により、嗅覚・味覚障害や口腔内の感覚障害が進んでくるため、食べ物でないものを口の中に入れても、「これは食べ物でない」という認識ができず、吐き出さずにそのまま飲み込んでしまいます。

※視覚、聴覚、味覚、嗅覚、体性感覚といった感覚機能や精神機能は損なわれていないにも関わらず、対象を正しく認知できないこと。

■空腹である
脳の視床下部にある満腹中枢が障害を受けることにより、いくら食べても満腹感を得ることができず、空腹とは
関係なく常に食べ物を求めてしまうようになります。

■不安、寂しさ、ストレスなど
認知症の方は、認知機能は低下していても、喜怒哀楽などの感情は比較的保たれています。病識はなくても、今までできていたことができなくなるなどで、普段の日常生活で苛立ちや不安、孤独を感じたりすることが多くなり、その感情を解消しようとして異食に繋がることもあります。


また、異食により、特に気を付けなければいけない危険な物には、以下のようなものが挙げられます。

【口にすると危険な物(一例)】

・洗剤、漂白剤、殺虫剤、化粧品(化粧水など)
強い酸性やアルカリ性は、口内や咽頭、食道、胃の粘膜を傷つけ、悪心や嘔吐などを生じさせます。症状が激しい場合は血圧の低下や呼吸困難等が表れ、最悪、死に至る可能性もあります。

・ビニール袋
息を吸ったとたんに気管にビニールが詰まり、窒息を引き起こす危険性があります。

・ガラス片や画びょうなど
尖ったガラス片や画びょうなどは非常に危険で、喉や気管などを傷つける他、消化管穿孔(※)を起こす場合
もあります。
※食道、胃、腸の壁が、炎症や誤嚥などで穴があいた(穿孔)状態のこと。

・ボタン型電池、磁石
ボタン型電池が体液に接触すると電流が発生し、化学反応が生じて、体液がアルカリ性の液体に変わります。
アルカリ性はタンパク質を溶かす性質があることから、内臓の組織を破壊してしまいます。

・薬
錠剤が入っているシートごと飲んでしまうことで、喉を傷つけてしまったり、喉に詰まったりする原因となります。
また、薬の多量摂取は、意識障害を引き起こしたりします。

上記は、あくまで例になります。
この他にも、調味料類やプラスチック、タバコなど、気を付けていただきたい物はたくさんあります。

醤油や塩、こしょう、砂糖、油など、食卓にも出ていることが多い調味料類は、料理に使われているものなので、もちろん口にしても良いものです。しかし、多量に飲み込んでしまうと、調味料によっては、最悪、死に至る危険性があるものもあります。介護者の方は、食品だからといって、油断しないよう注意するようにしましょう。

認知症による異食の対処法

認知症の異食を目の当りにすると、つい、慌てて騒いでしまう方もいるかもしれません。しかし、認知症本人は、周りが騒いだことに驚き、異物を飲み込んでしまう可能性があります。異食は、常に穏やかに慌てず対応していくことが必要です。
本人が食べられないものを口にしているところを見ても、介護者側は、強い口調で怒ったり、騒ぎ立てたりはせず、なるべく穏やかな口調で話しかけ、対処するよう心がけるようにしましょう。怒られたこと自体は覚えていなくても、怒られたことに対するマイナスな感情は本人の心に残ったままです。そこからくるストレスは、同じ行動(異食)を繰り返してしまう原因となります。
例えば、認知症本人に、優しい口調で、本人の好物を見せながら、「こちらを先に食べましょうか」、「こっちの方が美味しいですよ」と、好物と交換を促すのもおすすめです。

ここでは、実際に異食が起きた際の対処法をご紹介していきたいと思います。

【口の中を確認する場合】
飲み込もうとしているタイミングで、何を口に入れたのか確認する場合、いきなり口の中を覗こうとしたり、無理やり本人の口の中に手指を入れようとすると、噛まれてしまったり、口の中に入っているものを慌てて飲み込んでしまったりする可能性があります。

このような場合は、先ほどもお伝えしたように、本人の好物や違う食べ物を見せながら意識をそらさせたり、「歯を磨きましょうか」、「入れ歯を外しますね」といって声をかけたりして、本人が口を開けた時に素早く確認するようにしましょう。

【本人がなかなか口から出そうとせず、介護者側が取り出す場合】
上記のような対応で、本人がどうしても口から物を出そうとしない場合は、噛まれないように注意しながら、丸めた手ぬぐいやガーゼを巻いた箸などを本人の口に入れ、異物を取り出すようにしましょう。
なかなか口を開けてくれない場合は、鼻をつまんでみてください。反射的に口を開くことがあります。

【危険な物を飲み込んでしまった場合】
中毒性の高い漂白剤や、薬の多量摂取、電池(特にボタン型電池)、ガラス片などの尖ったもの、タバコといった危険物を飲み込んでしまった場合、あるいは、何かを飲み込んでしまった後に呼吸器系の症状が出ている場合は、すぐに病院に連れていくか、救急車を呼ぶなどして、ただちに医療機関で処置を受けるようにしてください。

電池や洗剤など、物によっては、飲み込んでしまった際の応急手当の方法が商品パッケージや説明書等に記載されている場合があります。「もしも」の時に冷静に対処する為にも、日頃から目を通しておくようにしましょう。
また、医療や介護の専門職の方、消防署などが開催する講習会等に参加し、さまざまな応急手当法を学んでおくのもおすすめです。

認知症による異食の予防

認知症本人のことを24時間ずっと目を離さずに見張るというのはなかなか難しいことです。異食行動は、周りを常にハラハラさせますから、介護者側にとっては大きな負担となります。ここでは、少しでも介護者側の負担が軽減されるよう、異食の予防法についていくつか紹介したいと思います。

口に入れると危険なものを身の回りに置かない

先ほどからお伝えしている、「口の中に入れると特に危険なもの(洗剤、漂白剤、電池、医薬品、タバコなど)」は、本人の手の届く場所や目につきやすい場所には置かないようにしましょう。

食べても良いものを同じ場所に置いておく

食べても良いお菓子や飲み物などは、日頃から置き場所を決めておくようにしましょう。本人の手の届くところにある場合は、ビニールやラップなどは、必ず取り除いた状態にしておいてください。

空腹の時間を作らないようにする

脳の障害により、認知症の方は常に空腹を感じるようになります。特に食事前の空腹時に異食がみられる場合には、おやつを食べる時間を確保したり、食事を小分けにして回数を増やしてみたりするなど、空腹の時間を作らないようにしましょう。
おやつとして、スルメやおやつ昆布、干物、干し芋など、食べるのに時間がかかるものをストックしておくのもおすすめです。

不安やストレスなどの原因になっているものを取り除く

異食などの「行動・心理症状(BPSD)」が起こる要因の一つに、不安やストレスなどがあります。介護者側は、その原因となっているものをできる限り取り除けるよう、本人の体調面や周りの環境などは常に配慮するよう心がけるようにしましょう。不安やストレスの原因がはっきりしなくても、なるべく本人を一人にさせないようにしたり、介護者側が常に笑顔で穏やかに接したりすることを心がけるだけでも、本人の不安な気持ちやストレスが軽減される可能性があります。

普段から簡単な作業を頼んでみる

認知症の方を介護する際は、本人に安心感を持ってもらえるような声かけももちろん大切なことですが、さらに、洗濯物をたたんでもらったり、料理を手伝ってもらったりなど、日頃から、何か簡単な作業をしてもらうのもおすすめです。「自分は必要とされている」と思うようになり、異食と同時に、認知症の進行を予防することに繋がります。
また、楽器の演奏や編み物など、本人の好きなことを積極的にやってもらうことで、食べ物への執着を抑えることができる場合もあります。

歯磨きの習慣化

食後は必ず歯磨きを行うようにするなど、歯磨きを習慣化することにより、本人の中で「食事を終えた」という感覚が残ることになるため、異食が低減される場合があります。
食事の時間や歯磨きの時間を一定にするなど、生活リズムを整えることは、生活リズムが崩れやすい認知症の方にとっては、進行を抑制する重要な習慣となります。

かかりつけ医等に相談する

さまざまな対策を行っても異食が改善されない場合や、常に見守りができないという場合には、認知症で通っている、かかりつけ医に相談してみるのも一つの方法です。専門的な対処により、症状が落ち着く可能性も考えられます。
また、ケアマネジャーに相談し、ショートステイの利用や万が一の応急処置にも対応してくれている介護施設を検討しておくのも良いでしょう。

認知症による食に関する障害

これまで、「異食」が起こる原因や、その対処法・予防法についてご紹介させていただきましたが、認知症が進行し、中期以降になると、「異食」以外にもさまざまな食に関する障害が起こるようになります。
ここでは、認知症によって表れる、食に関する障害をいくつかご紹介したいと思います。

■味覚や食べ方が変わる
認知症の方は、進行とともに味覚が変化していきます。また、服用している薬の副作用などによって、以前より味が濃い食事(食べ物)を好むようになります。
特に、甘いものをよく摂取し、苦みや酸味はあまり好まない傾向にあるようです。
また、アルツハイマー型認知症の方やレビー小体型認知症の方は、初期の頃から嗅覚の低下が起こるといわれているため、認知症を発症し、早めの段階から、香りで食事(食べ物)の美味しさを感じるということが難しくなっていきます。
食事中も、主食・主菜・副菜といったものをまんべんなく食べていくのではなく、一つのもの(同じもの)をずっと食べ続けるようになります。
さらに、食べこぼしやかき込んで食べることが多くなるなど、食べ方も以前とは変わってしまうことが多いようです。

【対処法】
・食事中はテレビを消す、テーブルの上に注意力が散漫になるような物は置かないなど、本人が食べることに集中できる環境づくりを心がける。
・食事中、食べこぼしたり、食べ物やお皿で遊んでいたりしても、叱ることはせず、本人にエプロンを付け、テーブルクロスや床マットを敷くようにして対応する。
・食事を作る際は、だしを上手に活用するなどして、塩分や糖分は控えるようにする。

■食べ過ぎてしまう
特に、アルツハイマー型認知症と前頭側頭型認知症は、認知症の進行とともに脳の萎縮が進んでいくため、満腹中枢が障害されることで、満腹感を得ることができなくなります。さらに、認知症の記憶障害は、食事したこと自体を忘れてしまうこともあります。
また、自分ができないことや分からないことに対する感情、あるいは周囲の感情に影響されることによる日頃の不安や不満が、食べ過ぎに繋がることもあります。
これらの場合、本人に食事の記憶がないことが原因で、「家族が何も食べさせてくれない」と、近所の方に訴えてしまうケースもあります。

【対処法】
・症状が悪化する場合があることから、むやみに禁止しない。
・軽食を用意する、食事を小分けにして回数を増やすなど、空腹を感じる時間を少なくする。
※「徘徊」で運動量が多い方は、過度に心配する必要はない。

■嚥下障害
加齢、認知症の進行、薬の副作用などが原因で、嚥下機能(食べ物を飲み込む時の反射)が低下し、食べ物や飲み物が誤って気管に入ってしまう「誤嚥」が起こりやすくなります。それに伴い、誤嚥が原因で肺炎を起こしてしまう「誤嚥性肺炎」のリスクも高くなります。
よくむせる、食後に声がガラガラになる、(うまく飲み込めないことが原因で)食事中たくさんよだれが出るといったことが多い場合には、注意するようにしてください。
また、飲み込みにくくなるとはまた別に、「窒息」の危険性も高まります。
アルツハイマー型認知症では、認知症の中期から後期にかけて徐々にこのような障害が表れるようになりますが、レビー小体型認知症では、比較的早い時期からみられる傾向にあります。

【対処法】
・きざみ食はむせやすくなり大変危険であるため、片栗粉などを使ってなるべくとろみの付いた食事を提供するよう心がける。
・飲みやすくするため、水分を摂取する際は、液体ではなく、ゼリー状のものにする。(お茶ゼリーなど)

■食べなくなる
認知症が進行するにつれ、食への関心が薄れ、食事をとらなくなる場合があります。これは、認知症の「食べ過ぎ」より対応が難しいと言われています。

【対処法】
・食事の時間をずらしてみる。
・栄養補助食品を利用する。
・体の不調により、食事をとりたがらなくなっている可能性がある。認知症の方は、進行とともに、自身の身体の不調を言葉で訴えることが難しくなるため、便秘、口内炎、発熱といった身体の不調はないか、確認する必要がある。かかりつけ医に相談してみるのも良い。

まとめ

今回は、認知症による「異食」についてお話させていただきましたが、いかがでしたか。

認知症は、進行するにつれて、表れる症状が増えていきます。
特に何でも口に入れてしまう「異食」は、命に関わる危険性もあるため、家族の方は不安に感じていることもあるでしょう。
「異食」による事故を防ぐためにも、なるべく認知症本人にストレスがかからないよう、今回ご紹介した対処法や予防法を一度試してみてください。もし、介護者側の負担が大きいようであれば、現状に最適な対処法を医師やケアマネジャーなどに相談してみましょう。

facebook
twitter
line